21万打企画

ルシウス編


暑くて湿気の多い日本では扇風機が欠かせない。そう苦い顔をして言っていたを思い出し、ルシウスは苦笑した。そんなものなくとも涼むことくらい杖一振りで可能だ、と思っていた彼が、それすらも必要ないと思い知るのは日本に来た初日だった。日本の魔法省に行き彼が最初に受けたのは熱い抱擁や熱烈な歓迎でもなく、ギラギラと燃え上がる太陽と同様上がった体温が、一気に氷点下までさめるほどの冷たい視線だった。



「気にしないで。皆、西洋人を実際に見るのが初めてで緊張しているの」



日本魔法省の小さなカフェテリアでが自分用に牛乳とルシウスのためにコーヒーを頼んでいると、彼の周りには多くの東洋人が集まってきた。何をするわけでもなく、ただ彼を舐めるように見ているのだ。

窓の外から、店のカウンターから、隣のテーブル席からいたるところから視線を浴び、ルシウスは背中に脂汗をかいて、の帰りを待っていた。彼女からコーヒーを受け取って、この状況はなんなんだ、と問いただすと、おどけたように彼女が肩を竦めたのでルシウスは怒気を含ませて声を発した。



「・・・、私は杖を向けられて平気な人間ではない」

「はいはい。メイリン!その杖を降ろしなさい。それができなければ、台湾に強制送還よ。それと、ここにいる者たち全員に告ぐ。地下牢入りたくなければ、今後一切彼に目を向けてはいけません」




が手をパンパンと大きく叩くと、今までルシウスを突き刺していた視線は一斉に床に伏せられ、まるで重力が働いたようにその場にいた全員がルシウスに向かって膝間づいた。今まで、騒然としていたカフェテリアがしんと静まる。ルシウスが驚いてを見ると、彼女は「儒教思想、官僚主義が浸透しているの。上下関係は闇側以上に厳格よ」と笑った。



「これで、満足かしら?」

「いや、ここまでは要求していない」


「あっそ。じゃ、これからのスケジュールについて話すわね。まず、最初に日本魔法省の大臣に会ってもらうわ。それからボディチェックを行って、現在アジア魔法界のトップに立っている総書記に挨拶してもらって、あ、わざわざインドからご足労頂いているんだから、くれぐれも失礼のないようにね。そんで、次に、アジアの軍事力や教育なんかについて知りたいでしょうから、そうね、学校や軍事基地を案内するわ」



「公にしても良いものなのか?」

「『信頼醸成のため、ある程度の情報公開も必要』というのが上の意思」

「なるほど」

「アンタは運が良いわ。今日はアニメーガスのテストがあるのよ」


「アニメーガスだと?あれは法律で禁止されている魔法だ」



「アンタ達のルールではね。私たちには私たちのルールがある。アジアでアニメーガスは合法よ。アジアの魔法使いは10歳になるまでに全員に習得する義務が課せられるのよ。勿論、危険な魔法だから、毎年死者が出るけどね。去年は受験者全員が死んだわ」


「・・・信じられない」


「大丈夫よ。今日テストあるから、その様子が見れるわよ」

「そういう意味じゃない。君たちは同胞の死を悼まないのか?」

「アジアの為に生き、死ぬことは名誉なことよ?」


「狂ってるな」


「ルシウス。アジアの魔法使いと杖を交えるときがくれば、闇側は文字通り、蟻一匹、卿の近くに通してはいけなくなるわ。その蟻こそ、私たちの仲間の可能性があるから」



は杖を一振りして近くにあった花瓶を蟻に変え、小さく笑った。


「東洋の魔法使いは、少ない。だからこそ生き残るために必死になったわ。必死になった人間ほど恐ろしいものはない。血を流したくなければ、アジアを裏切らないことね」


「脅しか」

「脅しじゃないわ。本気よ。私たちはもうずいぶん前から杖を構えている。」

「去年の夏はシリウスがここに来たはずだが、彼からは、そんな話は聞かなかった」


「アイツ、ずっとバイクの話していたから。HONDAのどのバイクが良いとか、SUZUKIが最近の流行だとか、そんな話しかしなかったわ。あと貿易摩擦をどうにかしろとか、マグルの歴史も勉強したことないくせに物知り顔でそんなことを言っていたわ」


「なんてことだ」

「彼が日本に来て学んだことは『日本のホームレスは物乞いをしない』ということだけよ」


「最悪だ。あんな奴に任せるんじゃなかった」


「それでも、彼は純血よ。あ、そうだわ。今夜、純血だけが集まるパーティーがあるの。参加したら良いわ。アンタなら歓迎されるはずよ」


「・・・日本にもそんな集会があるのか」


「どこにでも、既得権保護目的で集まる団体はあるものよ。・・・でも、彼らはアンタ達に若干の不満を抱いているわ」

「魔法省じゃなくて、闇側を?」


「ええ、闇側を。混血をリーダーにして『純血主義』を掲げているインチキ集団だってね」


「・・・それは」


「彼らはアンタたちに『誇りある純血』として恥ずかしくない行動を望んでいるわ。ルシウス、大切なのは肌の色じゃなくて『血』なのよね?」


「・・・我々、純血一族も、いつまでも彼の良いなりであり続ける訳ではない。いずれは、実権を握るつもりだ」




は頷いて、牛乳入りのマグカップを目線まで持ち上げた。











「同胞よ。我々は貴方を歓迎する」






ルシウスもコーヒーカップを目線まで持ち上げた。







「「純血に繁栄と栄光を」」











交わされた杯
交差する思惑

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