三日月が怪しく光って、その存在をいつになく主張していた。真夜中の待機所はしんと静まり返っており、カカシは愛読書で、アスマはタバコで各々時間をつぶしていた。
ジジとタバコの焼ける音がして部屋には煙が充満していた。
換気をするような輩はここにはいない、健康管理は大事だが、タバコの煙で死ぬ忍びなど聞いたことも無いのである。が、この日は違った。カカシは、小さく溜息を付くと本をポーチにしまい、窓を開けた。
辺りは暗闇が広がっており、少ない街灯が夜道を照らしているが、虫が無駄にたかるだけで何の意味もなしていなかった。それでも、上忍であるカカシの目には、先程から殺気を飛ばしてきていた人物がはっきりと映っていた。
「なんか用?・・・ハヤテ」
カカシが面白くなさそうに言うと、ハヤテが暗闇からぬうっと姿を現した
「カカシさん、話があります」
「何よ、ハヤテ、いつになく神妙な顔しちゃって」
「夕顔に近づかないで頂けますか?」
窓から白い煙が出て闇夜に消える。
「・・・それは都合が良すぎなんじゃなーい?」
いつもの眠たそうな表情で飄々と言ってみるが、一瞬眉がピクリとつり上がったのはハヤテの見間違いではない。
「私は恋人が苛められていて黙っていられる程殊勝な男ではありません。もし、今後このようなことが続くようでしたら、誤って刀を抜いてしまうかもしれません」
一言一言はなすたびにカカシから殺気を向けられ、恐怖でひざが笑いそうに成るが、そこはハヤテも木の葉の特上、必死に耐えてカカシを睨んだ。
「悪いけど、俺も刃を向けられて黙っているほど優しい人間じゃないんだよ。あんまり、馬鹿なことを抜かすようなら、誤って殺ーすよ?」
くくくと喉を鳴らして言うが目が笑ってない。
「おい、物騒なこと言ってんじゃねーよ」
一触発の状況をみて、ソファーで暢気にタバコを吸っていたアスマが立ち上がって二人の間に入り、カカシを宥めるが、カカシの表情を見て唖然とした。月に照らされた顔は、いつもより青白く不健康そうに見えたが、青い目が不気味なほど光っていた。空腹で狂った獅子のように殺気を帯びていた。ハヤテに目配せをして一旦帰ってもらい、勢いよく窓をしめた。
「カカシ、お前一体何のつもりだ」
「・・・こっちは妻を差し出したんだ。非難される覚えはない」
目を逸らしたくても逸らせない、そんな状況で、先に逸らしたのはカカシのほうだった。ふいっと顔を背けて持ち場に帰ったカカシの背中は、『木の葉の上忍』のものではなく、ただの男の背中だった。
一瞬見せたこの男の苦渋の表情をアスマは決して忘れないだろう。
尾獣の情報を集めに行くのは、人が活動している昼間で、暁の人間は里に追従している忍びに比べてずいぶん健康的な生活をしていた。延々と広がる群青色の空の上、黒い点が二つ音と同じ速さで動いている。
デイダラとサソリだ。
目当ての尾獣を得た直後のため、黒いコートにはところどころ焼け焦げている。サソリが無口なせいで、先に口を開くのは専らデイダラの役目であった。
「旦那、あの女いつ殺すんだ?うん」
「嫌なら、お前が殺せばいいだろう。俺は面倒はごめんだ。」
「オイラは木の葉の忍びが嫌いだ。大蛇丸にしろ、イタチにしろ、あの里には碌な奴がいないぞ。うん」
「文句を言う割には、女の作った飯を毎回美味そうに食ってるな。」
「旦那は空腹って感覚がないから、そんなこと言えんだよ。うん。」
「いや、ほかの奴らも食ってないだろ。毒を盛られて死んでもしらねーぞ」
「オイラが毒で死ぬかよ」
洞窟の前に着き、結界を解除し中央に歩を進めると鼻歌が聞こえてくる。つい、先日までは考えられないものだった。扉を開けるとソファに座り机の上に足を乗せ、手鏡を見ながら前髪を整えているがいた。誰も彼女の身だしなみなど気にしていないというのに、よくそんなことをする気が起きるものだと感心する。
サソリは、に目を合わせることもなく自室に向かい、デイダラだけがその場に残った。今まで、何かと暁の家事全般を請け負っていた鬼鮫は例外だが、暁のメンバーは基本的にと接触したがらない。
理由は複数存在するのだろうが、たぶん、一番の理由は殺さないためだ。彼女の特技は人を苛立たせることだといっても過言ではない。彼女のそばにいると、頭が痛くなることが多いし、あのしゃべり方は聞いているだけで疲れ、殺意が沸く。こうして、万が一殺してしまった場合の面倒を避けるため、との接触は極力避けられていた。
鬼鮫を除けば、メンバーの中で最年少のデイダラだけがにちょっかいを出す存在となっていた。
短慮で浅慮、後先考えないのは若さのなせる業だと、暁のメンバーがせせら笑っていることをデイダラは知っていたが、持ち前の好奇心と探究心がへの関心を促していた。先日の甘味屋の件も記憶に新しい。
勿論、接触に比例して殺意も半端なく膨張して言っているのだが・・・。デイダラはコートを脱いでに投げつけると、彼女の隣に腰掛けた。
「、仕事だぞ。元に直せ。うん」
コートを顔面でキャッチした彼女は、軽い悲鳴をあげたが、手鏡を落とさなかったところを見ると、彼女の運動神経は自分たちが考えているよりも良いものなのかもしれない。
「あーん、デイダラちゃん!ものは大事に使わなきゃいけませんって学校で習わなかったの?」
「学校なんか、行ってねーよ。オイラが他人から教わるもんは何もない。うん」
腕を組んで偉そうに言ってみると、はかわいそうなものでも見るような目つきで、デイダラを一瞥し、ため息をついた。
徐にソファーの下から裁縫道具を取り出すと、その中からガサガサと針と糸をを探す、銀色の針がキラリと光って自らの危険性を誇示していた。は糸先を口に含むと、針穴を眺めて眉をひそめた。
デイダラは、の時おり見せるこういう表情が嫌いではなかった。
長いまつげに縁取られた栗色の目が歪むとき、ズクリと胸の奥が疼くのを感じる。
それは理解のできない感情で不愉快に近いものだが、顎に当てた手が自分の口が弓なりになっていることを感じると、満更でもないことを知る。
「、縫い物って、超苦手ー」
恐ろしいことだが、この口調さえどうにかしてくれたら、食指が動いたかもしれない。他の奴らが知ったら、愚か者と笑うだろうか、罵るだろうか。
「グサッとやって、サクッと終らせろよ。うん」
「グサッとやって、サクッとね」
「って、うん?今、ブチって音がしたぞ。」
「テヘ」
口から吐き出されるため息も、今では呆れからのもので、苛立ちのものではなくなっている。その事実に驚き、戸惑い、言い知れぬ焦燥の念を抱く。
果たして、殺意が好意に変わることなんてあるのだろうか。
大いなる実験が幕を上げる。