「なんで、貴方がここにいらっしゃるの!?」
「そんなの決まっているじゃないですか。僕の妻になったからです。ね、さん?」
穏やかな日差しが差し込む午前10時、草の里の受付にアンの悲痛な叫びが響いた。
同盟を組んでいる木の葉の新しい特派員の話は、が草の里に着いたその日に里中を駆け巡り、1週間経つと誰もが知る存在となったのであった。
それは単に余所者が珍しいということではなかった。
草の里は木の葉の人口の3分の1しかない小さな里だ。その為、里の威信を強めるためにも、多くの里と同盟を組み、頻繁に特派員を交換し合っているし、強い忍びであれば草影に忠誠を誓うことを条件に里に迎えることもある。一部では、暁のようなテロの温床になっていると噂されているほどである。
では、何故今回が有名になったのか。
それは草の里において、類まれな不真面目で不謹慎、不調法な人間だったからだ。
その噂を広めたのは受付嬢であるアンだったが、少数精鋭を誇る草の里に、毛色の変わった猫が紛れ込んできたぞ。と、皆こぞってを見に来た。
そして、里の人間が見たのは、アンに里を案内されているにも関わらず手鏡しか見ていない栗毛の女だった。露出の激しい服を着て、ビューラーで睫の角度を上げている。アンがする里の説明よりも、目を大きくパッチリさせることに夢中のようだった。
そして、若い男と目が合うとしきりにウィンクを飛ばしていた。
の様子を見て、木の葉の里は何を考えているんだ、と、年配者は憤り、若い男たちは喉をならした。
若くて独身のツヨシがいるから、里の女たちは男と付き合わない。付き合って噂が広まったら最後、草影の恋人になれないからだ。そんなわけで、里の男たちは尻の軽そうなの登場に色めき立った。
そして、1週間経たずして、は草の里一のアバズレの冠を頂戴したのであった。
「貴方、最低ですわ!」
が報告書をツヨシに渡すため受付に通ると、アンが立ち上がっての襟元を掴んで涙ながらにそう言った。
「貴方なんか草陰様にふさわしくありません。私認めませんから!」
がツヨシの妻でないと知ったあとも、アンは度々につっかかってきていた。会うたびに、一方的に文句をつけてきて、途中で泣き始め、そのうち地に伏して拳を地面に叩きつけるという恥ずかしいことをやってのける。そんな光景も日常のものとなってきた。
「でも、男好きだし?人類皆恋人みたいな?」
「どれだけ汚れていますの。私なんて23年間草陰様だけを思って生きてきましたのよ!」
「あはっ、まさか処女ぉ?」
「そ、それが、何か問題でも」
頬を真っ赤に染めたアンを見て、マジかよ、と一瞬動揺しただったが、すぐにいつものだらしない笑みを浮かべた。しかし、この里には色の任務とか無いわけ?と、一抹の不安と疑問がよぎる。
「私の処女は草影様に捧げるんです!」
「アン、冗談ばかり言ってると、本当にお嫁に行き遅れますよ」
アンが、人が少ないとは言え、一応公の場だというのにとんでもないことを叫んでいると、ツヨシがクスクスと笑いながら受付に現れた。白いマントを揺らしながら、たちの元に歩いてくる。
「貴方も、もう良い年なんだから現実を見なさい」
「冗談なんかじゃありません!私は心底草影様をお慕いしておりますわ。女として、この身も心も貴方様に捧げます」
「いや、結構です。さ、さん別の部屋でじっくり、お話ししましょう」
「草影様!!」
特派員の仕事は任務先の兵力の調査報告が主たる仕事で、訓練や任務を共にしたり、アカデミーの子供たちにどのような教育指導をしているかを見ることによって、里の能力を図る。良いところは参考にし、悪いところは指摘することもあり、そうやって互いに里の力を強めていくのが趣旨である。
の前任者は、草の里で積極的に訓練や任務に参加していたようで、その資料は多くあった。しかし、一方で、アカデミーや暗部についての記述が見られなかった。きっと、教育指導については軽んじて、暗部については恐れをなしたのだろう。は同胞の浅はかさを呪った。
そういうわけで、昼はアカデミー、夜は暗部で仕事をするという激務をこなすことになったのである。草の里の暗部は大して強くもないのに、無茶な任務を押し付けられて毎回酷い怪我をして帰還していた。根本的な編成が必要だと感じながらも、特派員の自分がどこまで口を挟んで良いのか分からず、は報告書をできるだけ押し付けがましいようにならない言い回しで書き上げ、草影であるツヨシに渡した。
草の里は外から見れば、少数精鋭の忍集団であったが、実際にはツヨシという絶対的な指導者がいるからこそ成り立っているのであり、彼が死んだらすぐに滅びそうな脆弱性を孕んでいた。
それは、ツヨシ自身が感じていた。
最近、里の一部の人間たちが不穏な動きを見せているらしい。強いという理由で集められた他里の抜け忍や里を持たない忍たち、所謂『余所者』が、この里を乗っ取ろうとしているらしい。が、しかし『余所者』という理由だけで、疑うには証拠が少なすぎるし、本当に忠誠を誓っているものもいるのだ。片っ端から疑うのは、里の権威と信用を落とすことになりかねない。草影の求心力も地に落ちるだろう。
大掛かりな監視ができない。里の者たちに警戒心を示す彼らが情報を漏らすはずも無い。
まさにお手上げ状態だった。そこにが現れた。
ツヨシは里の状態を事細かにに伝え、は手を貸すことに了承した。
草の里に恩を売っておいて損はない。そう、ツヨシは言った。も、同様そう思った。
後は、昔が間者狩りを木の葉でやっていた手順と同じだ。
夕方になると、男をホテルに連れ込み味方か敵かを識別、今回は相手が多いので黒だと分かった奴は泳がせる。時が来れば全員まとめて始末する。それが、草影の要望だった。
草陰室に入ると、はすぐに調査内容を報告した。それを渋い顔をしながらも聞きいれる。仲間だと思っていた相手に裏切られるのは辛い。それは何処の里でも同じだ。
「あと2ヶ月続け結果を出します」
がそう言うと、ツヨシは力なく笑った。
「貴方が来てくれて本当に助かりました。半年と言わず、このままうちの里に留まり続けてはいかがですか?」
「その件についてなんですが、ちょっとご相談が・・・」
「何ですか?やっぱり、僕と結婚したくなりましたか?いつでも歓迎します」
「この里で子供を生ませて頂けませんか?」
「・・・子供?いや、そんな急に言われても・・・いや、全然困らないし、むしろ大歓迎ですけど。あ、今夜うちに来ますか?」
「草影様」
「こう見えても部屋は綺麗にしてあるんですよ。」
「草影様」
「それに、風呂場も広くて二人で入れます」
「草影様!」
「・・・あー、そうですよね。そういうことですよね。分かってます。はい」
肩を落として椅子に座ると、ツヨシは机に伏し大きくため息をついた。
「奇跡が起こったんですね」
「はい」
「カカシさんはさぞお喜びでしょうね」
ツヨシが皮肉を込めて言う。
「いいえ」
意外な言葉にツヨシは勢い良く顔を上げた。は目を伏せて苦笑した。
「カカシは子供を殺すつもりです」
奇跡を信じるか?神を信じるか?愛を信じられるか?