畑シリーズ

芋茎で足を衝く





「・・・僕も暁に所属していれば良かった!」

「んまあ、不謹慎ですわ!」

がっくり項垂れたツヨシの背中を、アンは思いっきり叩いた。






間違っても、顔の4分の3が布で覆われているような男を信じてはならない。
それが今回の教訓だった。

草の里に赴任が決まった時、あまりにも簡単にカカシは承諾した。いつもであれば、小言の一つ二つは言ってくるものなのに、草影であるツヨシのことも酷く嫌っているのに、嬉々として私を送り出した彼を、怪しいと感じた。

時期的にも、まだ子供や二人の将来についても十分話し合えていないというのに彼は特にその話題を持ち出さなかった。まるで、既に結論は出ているとでも言うように。

そりゃ、カカシの考えることなんて手に取るように分かる。と、言ったら嘘になる。
けれども、私たちは似ているから、自分が相手の立場であったら、と考えて相手の行動の先を読むことは容易にできる。
もし、逆の立場だったら、私は女を子供もろとも、カカシの目の前で殺すくらいのことはするだろう。
私は、愛なんて語らない。
最終的に、醜い独占欲が体を支配するだろう。

木の葉の里内で浮気をさせる気なんか毛頭ないから、カカシの相手はどんな状況であれ、他里の人間だ。同胞じゃなければ、殺すのはたやすいし、子供を孕んだ女をやるのはそう面倒じゃない。

その場合、カカシはどうするか?何もしない。その女がいなかったときに戻るだけ。私は彼を愛し続け、彼も私を愛し続ける。それで、全て解決する。彼が望むなら忘却術でもかけてあげてもいい。


もしもカカシが私と同じことを考えているとすれば、彼は私の子供を始末しようと動くだろう。


しかし、それ以外の可能性もある。彼が私に愛想を尽かしてしまった可能性、もう愛していないという可能性、様々な可能性が頭を過ぎって不安になった。「捨てても良いよ」なんて、彼には言ったけど、あれは戯言。ああ言っておけば、彼が私を捨てないと読んだからだ。

不安にかられた私は、里を出る前、夕顔に、はたけカカシの監視を頼んだ。




彼は、誰よりも賢く、誰よりも冷静で、人の良心の使い方を知っている男だった。それを、すっかり忘れていたのだ。


「暁のメンバーの子供を孕んだ彼女は傷ついている。里の脅威になる可能性もあり、俺に対する罪悪感もあって酷く苦しんでいる。彼女を助けたいんだ」


それが大義名分らしい。

夕顔は酷く傷ついたような顔をして私に報告してきた。私は彼女の報告を聞きながら、どこか安心したのを覚えている。最低な親を持ったな、とお腹をさすった。


その瞬間、敵は定まった。
暁でも、木の葉の里でもない、自分の夫。強くて、勇敢な木の葉の業師。


草影室をウロウロ歩き回りながら、解決策を見出そうとしているのか、それとも自身を落ち着かせようとしているのか、ツヨシは時折頭をかいたり、唸り声を出したり、窓ガラスを割ったりしていた。その物音を聞いたアンは驚き、草影室に慌てていってきて荒れていたツヨシを椅子に押さえつけた。



「最悪だ。降ろしましょう。今すぐに」

椅子に座ったツヨシは開口一番にそう言った。それに対し、は呆れた表情で言葉を返す。



「人の話を聞いていましたか?もう降ろせませんし、降ろしません」

「正気ですか!?ああ、でも、そうですね。とりあえず、はたけカカシとの離婚の手続きでもしましょうか。アン、伝書鳩を!」



今までの話を聞いていなかったアンだが、二人の会話から、に子供ができたこと、ツヨシが離婚させようとしていることだけは理解できた。そして、厳格な面持ちでに諭すように話す。



さん、あなたは離婚すべきではありませんわ!夫婦たるもの、健やかなる時も病める時も、仲睦まじく最期の時まで寄り添い、愛し合うべきですわ。だから、木の葉にお帰りなさい」

「いや、ここに来ているのは任務ですから」

「何で急に真面目!?」


が手を軽く振ると、アンがショックを受けたように額に手を当てる。真面目だろうと不真面目だろうとアンにとってはの行動全てに動揺するらしい。忙しい奴だと他人事のようには思った。



それから、半年間任期終了まで、は任務に明け暮れた。





************














「ほ、本当に暁の奴との子供なのか?お前の子供だって可能性は?」

酒酒屋で久しぶりにカカシと酒を交わしていたアスマは、彼から噂の真相を聞いて酒でほのかに赤みがかっていた顔をさっと青くした。勤めて明るく軽い口調で返すが、最初の方はどもったし、最後の方は知りつぼみになってしまった。隣に座っていた紅に肘で脇をつつかれて、意識を戻すが、頭は未だ真っ白だ。



が言ってるんだから、間違いないでしょーよ」

「あー、写輪眼でも見えねーもんがあるんだな」

もっと、マシな言葉は出てこないのか、とアスマは自分の頭を殴りつけたくなった。

「あのね、写輪眼をなんだと思ってるわけ?」

「いや、血継限界は謎が多いから分かると思ったんだ」

そうカッカするなよ、などとは間違っても言えない。カカシの怒りがひしひしと伝わってきて、アスマは全身に嫌な汗をかいた。固まるばかりで一向に話を進めないアスマに呆れた紅は身を乗り出して、カカシに質問を投げかけた。



は生むの?」

「生まなきゃ、母体が傷つくってさ」

「じゃあ、生むのね」

「ま、そーだね」


普段、そんなに酒を飲まないカカシが今日は一升瓶を右手にし、顔を真っ赤に染め上げている。床には、すでに3つの瓶が転がっていた。酒を浴びるように飲むとはまさにこの事だと、アスマは場違いにも感心する。


「離婚するの?」

おいおい、そんな所まで突っ込んで聞くなよ、と紅を止めたくなるが、どうなんだ、とカカシに聞きたい気持ちが勝って、結局アスマは無言を貫いた。


「まさか」

「じゃあ、と一緒に育てるのね?」

「まさか」

「はあ?カカシ、貴方酔ってるの?」


そう問う紅の顔も茹蛸のように真っ赤だ。

「お前ら、他人事のように言ってるけどな。自分の身に起きたと思って考えてみろ!」

そう急に叫びだしたと思ったら、カカシはそのまま机に伏して寝入った。典型的な酔っ払いの姿だ。紅はそんなカカシを複雑な表情で見ながら、摘みのピーナッツを口に入れた。




「アスマなら、どうする?」

「こういう場合、お前なら、どうして欲しい?」

「あら、質問を質問で返すなんてずるいわ」

「答えづらい質問をしてくる方が悪い」












君を心底愛している自分は、最低な行為をするかも知れない。

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