脱線

11. 四旧打破
旧思想・旧文化



、数学のノート貸して」

さ、先週の理科のプリント持ってる?」







中間テストの次期が近づいてくると、周囲は一層騒がしくなってくる。部活や趣味に時間をつぎ込み現実逃避を始めるものもいれば、友人を勉強させまいとして必死に放課後の予定を組む者も現れる。そして、この時期は、人だけでなく、物と金が生徒間で忙しく動き回るのであった。も学生生活を営んでいる身として、その上手く作られたシステムの中に存在していた。




「私のロッカーの中にコピーしたものがクラスの人数分置いてありますから、ご自由にお持ち下さい」




のノートは綺麗で見やすく、さらにテスト範囲を確実に網羅していた。しかも、ここまで勉強すれば50点、さらにこの応用問題をやれば70点、それ以上の点数はこの問題を解ければ取れる、という風にご丁寧な解説付きで、のクラスメイトはテスト前になると彼女のノートを借りにくるようになったのだ。今では、クラスメイトだけではなく、その噂を聞いた者や、元クラスメイトも利用しているので相当の人が教科書代わりとして、彼女のノートを使っていた。



「お前さん、毎度毎度ようやるのう」

「仁王さんも、いかがですか?私のノート、結構評判良いんですよ」

「わしは教科書で十分じゃき」

「そうですか」




その日の朝、席に着くなり仁王に話しかけられたは、どきん、と心臓を高鳴らせたが、仁王がすぐに会話を終了させてしまったので、少し気が沈みテンションが下がった。
勿論、はノートのレンタルを善意でやっているのではない。貸しはしっかり清算する。例えば、席を譲ってもらったり、くじ引きに細工をしてもらったり、見舞い人を代わってもらったり、その他諸々のことをやってもらう。世の中、ギブ&テイクなのだ。風紀委員は真田の推薦だったので、免れようも無かったが、はこうして、悠々自適な学校生活を送っていた。勿論、ノートを貸すだけでクラス中を従わせることは不可能なので、度々違う手も使ったが。


朝の号令がかかり、生徒たちが一斉に席に着くと、教師が咳払いをして近頃学校付近で起こっている暴力事件の注意を呼びかけ、それから中間テストの話をし始めた。良い高校に入り、良い大学に入り、良い企業に就職する。で、金持ちになってモデルと結婚しろ、それが男のロマンってもんだ!と、位高々に叫び、女子生徒の顰蹙(ひんしゅく)をかった。それから思い出したようにの名前を呼んだ。



、お前。今回も、また赤点取ったら補習させるから。そのつもりで」

「・・・補習ですか?一体何の権限があって、私にそんなものを受けさせるおつもりなんですか?」

「いや、俺、お前の担任だから権限はあるからね?そこんとこ、よろしく」

「何で私が」

「お前さー、1年の3学期から、ずっとテスト用紙が白紙なんだけど、舐めてんの?義務教育舐めてんの?ってか、何で落第しないの?背後に政治家の影がチラついてるな。これ」


「毎回勉強のしすぎで寝不足になんですよ。で、テストの時間は睡眠タイムに・・・」

「ほう、寝不足。ずっと寝不足。なるほど?OK、分かった。今回のテスト前日は、ちゃんと寝ろ。勉強しなくて良いから」


そんなイイカゲンな教師の発言にクラス中から野次が飛ぶ。



「うちは私立だ!ゆとり教育なんて関係ない!今回は30点以下取った奴は全員補習だ」




仁王が驚いたように隣の席に座っているを見ると、彼女は爪をガリガリと噛んで机を睨みつけていた。そして、彼女がぽつりと「泣き黒子のせいだ」と呟くと、仁王は無意識に自分の口元にある黒子を撫でた。








********************















「はあ!?お前、何やってんだよ!?」



景吾はから補習の話を聞くと運転手をの家まで向かわせた。の家の使用人は玄関に一列に並んで景吾を迎えると、の部屋まで案内し、が帰ってくるまでに景吾は彼女のクローゼットから適当な服を何枚か選んでトランクの中に詰め込んだ。そしてが学校から帰宅すると、「今日から俺の家に泊まれ」と言い放った。


「まだ、テスト1週間前ではありませんよ」

「そんな悠長な事言ってられるか!俺の婚約者が補習を受けた、って事実が世間に知られたらどうなると思っているんだ」

「地球が滅亡するんですか?」



立海の中間または期末のテスト一週間前になると、景吾は必ずを自分の家に呼んで、自ら勉強を教えていた。寝る間も与えず、教科書を丸覚えさせるようなスパルタで、は本当にその一週間が嫌いだった。完璧を求めるのは良いが、それを他人に強要しないでくれと、何度言っても相手には通じない。そのうち一種の言語障害だと割り切るようになったが、それでも、寝れない、食べれない、動けない、の三重苦にいつもヒーヒー言う。



「それに用意しないと、着替えとか」

「俺が適当にトランクの中に詰め込んだから大丈夫だ」

「でも、下着とか」

「それも入れといた」

「はは、冗談ですよね」

「何がだ」

「ちょ、貴方、非常識ですよ!」

「あ、お前、『下着は全て豹柄です』って言ってたの。あれ、嘘だったんだな」

「はあ!?」

「全部、桜色だったじゃねーか」



声にならない悲鳴をあげ、顔を真っ赤にして、その場にしゃがみこむと、は自分の髪をくしゃくしゃと乱暴に掻いた。今にも発狂しそうな彼女を見て、景吾は何か悪いことをしただろうかと首を傾げる。景吾にとって、は自分の婚約者であり、将来の妻であった。家族である認識が強いため、女として意識することがなく、平気でこういうことをやる。もそのことは十分知っていたが、下着を見られ、しかも触られたのは、さすがに予想できず心の準備もできていなかったため羞恥心が体中を駆け巡る。それから、は跡部家に着くまで一言も景吾と口をきかなかった。







景吾の部屋はのカラフルでメルヘンチックな空間と違い、整然とされていて、色はモノクロに統一されていた。無駄なものは全て倉庫においてあるようで、そこには必要最低限のものしかおいてなかった。が景吾の家に置いていくぬいぐるみや漫画が、妙に浮いている。お茶を持ってきた執事に人払いを頼み、をソファにかけさせると、景吾はの肩に両手をついた。そして、いつも以上に真剣な面持ちでを見る。は間近で景吾の顔と向き合うと、少し目を潤ませて、うっとりとした表情を見せるので、景吾は話を聞いてもらいたい時はいつもこうしていた。実際にちゃんと話を聞くかは別として、自分に夢中な女を見ていると気分がよくなるし、気分が良ければ頭に血が上ることも少ない。




、よく聞け。お前は俺の妻になる人間なんだ。それをもっと自覚してくれ」

「自覚があるので、毎日3回電話してるし休日には会ったりしているんですよ」

「あのな、もっと誇りを持てって言ってんだ」

「誇り」

「そうだ。誇りだ」




は噛み締めるように、景吾の言葉を口にする。





「誇り高き跡部家の跡取りの、俺の妻として自覚を持て」


「すまねえ、べジータ。オラは、地球の皆と生きていく」





が最後まで言い終える前に、景吾は教科書の角で彼女の頭を思いっきり殴った。



「とにかく、試験開始までの2週間、俺の部屋で寝泊りしろ」

「え?何で?」

「いつものように、部屋を宛がうと、絶対に夜更かしするからだ」

「テスト期間中でも息抜きは必要ですよ。テレビも漫画も無い部屋でどうやって生活しろと?」

「ぐだぐだ言うと携帯も没収するぞ」

「・・・知っていますか。こういうのって軟禁って言うんですよ。犯罪ですよ。変態」


「よし、携帯没収!」













*****************












穏やかな風が吹く午後2時の校庭に、ピーと高い笛の音が響く。ジャージへと着替え終わり、どこか浮かれた様子でふざけあっていた生徒たちが、一斉に教師の方へ顔を向ける。今時は珍しくもなくなった体育の女教師は、全員の顔を確認するとにっこりと笑みを浮かべ、来月行われる体育祭について話し始めた。




「それでは、二人三脚の相手をくじで決めます。男女ペアだから、男の子はペアの女の子をサポートしてあげるように」





小箱に入ったくじを、生徒に引かせながら、二人三脚の説明をしていく。

手筈は整っていた。は緊張と興奮から手に汗をかきつつも、口端を少し持ち上げる。この日をどれほど待ち望んでいたか、他の人たちには分かるまい。体育祭で行われる毎年恒例の男女混合の二人三脚は、ペアになった男女が高い確率でカップルがなることで有名だ。なかなか進展しない仁王との関係に変化をもたらすものとして打って付けのイベントだとは感じた。



「どうせ、おんしと一緒じゃろう」



いつの間にかの隣に来ていた仁王に、は肩を揺らして驚いた。その様子を見て、くっくっと銀色の長い髪を揺らして笑う。



「おんしも驚くんじゃのう」

「驚く事だってあるさ、人間だもの」





は咄嗟に相田みつをの名言を返したが、仁王はそれを冗談と取らず、「それは知らんかったのう」と皮肉を込めていった。ひしひしと伝わってくる嫌悪感を気付かないわけでもないが、見てみぬ振りはの専売特許だった。例え、今日彼が私を嫌っていたとしても、明日はどうなるか分からない、もしかしたら、世界中の誰よりも私を愛してくれるかもしれないし、そうでなくとも好意を抱くようになるかもしれない、と期待をよせる。


次々とくじが引かれ、最後に仁王も引いた。






「100メートルか。おんし、足は速いのか?」


「人並みには」

「運動部にも所属しとらんし、俺とはキツイかもしれんのう」


「そうかもしれませんね」

「そこで提案なんじゃが、くじを他の奴と変えっちゅーのはどうじゃ?お前さんのためでもある」

「因みに仁王さんの100メートルのタイムは、どのくらいなんですか?」




仁王は、今朝のニュースで福島の中学生が日本新記録で11秒28を出したことを思い出し、にその数字を言った。すると、は小さく笑った。人を小馬鹿にするような笑みだった。



「でしたら、私も11秒台なので問題ありません」

「プリッ」

「安心して下さい。仁王さんの足は引っ張りませんよ」




の言うことが本当であれば、引っ張るのは自分の方である、と仁王は感じたが、今更そんなこと言えないので口を噤み、4分の1に折り畳まれているくじの紙を丁寧に広げた。青いインクによって「15」と書かれたその紙を見て、の紙に赤いインクによって書かれた「15」の数字を想像し、大きく溜息をつく。




「絶対、優勝しましょうね」



人の気も知らないで、軽やかにそう言うを、仁王はキッと睨み付けたが、は気にせず鼻歌を歌う。




「そんな怖い顔してどうかしたの?」

「・・・幸村」




ジャージを肩に羽織った幸村を見て、相変わらず華があるな、と思った仁王だったが、すぐに「ちゃんと着んしゃい。また体調崩したら大変じゃき」と注意を促した。


「不機嫌だね」


「周りの奴らが、馬鹿みとうに浮かれてるのが気に食わんのじゃ」


「仕方ないよ。好きな子と組めたら、紐で相手を自分の体に縛りつけられるんだよ。これほど、おいしい競技も無いと思う」




適当な理由をつけて仁王が言葉を返すと、幸村は肩を竦めて、そんな言葉を返した。すると、彼の様子を伺っていた女子たちが一斉に黄色い声を上げる。は「下品な人」と呟き、それを聞き取った仁王も今回ばかりは彼女の意見に同意した。



「幸村、言葉は選びんしゃい」

「考えてることは皆同じだよ。ね、さん?」

「貴方と一緒にしないで下さい」

「あれ。怒った?」

「それより、おんしは誰とペアだったんじゃ」

「今、探してる所。16番の女の子知らない?」





幸村がそう言うと同時に、近くにいた女子が「惜しい!私、15番だった」と騒いだ。そこで、仁王は首を傾げ、もう一度自分の引いた紙を確認する。目を何度か目をしばたたかせ、凝視する。それから、隣にいたを見た。彼女は肩を震わせ、顔を真っ青にして自分のくじを穴が開くほど見ていた。



、おんし、何番じゃ?」

「何かの間違いです。そんな筈ありません。こんなことが許されて良い訳・・・」




ブツブツと呟き始めたを無視して、彼女の紙を取り上げて数字を確認する。「16」と書かれていた。自分が持っている「15」と、の「16」を比べながら、似ているが全く違う番号だということを認識すると、仁王は心の中で「よっしゃ」と叫んだ。





そんな二人を見ながら「失敗することもあるさ、人間だもの」と幸村は呟いた。







神の前で人は無力だ。







*****************

















「あれ、ちゃんは?」



娯楽が無い景吾の部屋に2週間も滞在するのは無理だ、と思い至ったは電話で豪を呼んだ。ピリピリした空気を少しでも和やかにする為に、彼女は部活で忙しい彼を「昔、助けてやった恩を返しなさい」と説得し、景吾の家に招いたのであった。しかし、景吾の部屋に上がり、の姿が見えないことに気付くと豪は机に向かって問題集を解いている景吾に声をかけた。



「トイレだ。二人三脚で好きな奴と組めなかったからって落ち込んでる」

「そんな、小学生じゃないんだから」

「アイツはいつまで経ってもガキなんだよ。好きな友達と組めなきゃ、喚くし騒ぐ」

「そうすれば、大概誰かが慰めてくれたり、助けてくれたりするからね。自分が恵まれていることを知ってるんだよ」

「迷惑だ」

「で、勉強は捗ってる?」


「アイツに教える為には俺が完璧に理解してないとダメだろ?だから、問題を解いてんだが、まあ、なんつーか、あれだ。複雑なんだよ。豪、お前、数学得意だったよな。これ分かるか?」


「どれどれ・・・」




景吾から問題集を受け取り椅子に腰をかけて、問題を読んだ豪だったが、すぐに問題集の表紙と裏表紙を確認した。しかし、出版社どころか題名もない、ただのプリント集のようで豪は頬を軽くかく。


「これ、どこの問題集?」

の学校の」

「立海大付属中学校だよね?」


大学入試用の問題集、間違いじゃないよね?と聞きたくなる衝動を抑える。



「ああ、うちの学校よりもレベルが高いらしい。だから、アイツの成績も毎回悪いんだって言ってたけど、これなら少し納得できるよな」



いや、納得できないよ。中学生が解ける問題じゃないって、と思いながらも引き攣った笑みを返す。



「まあ、俺なら今日中に全部解けるけどな」

「徹夜って体に良くないと思うな」

「仕方ねーだろ」



景吾君、ちゃんに騙されてるよ。という言葉を呑んで、「愛だねー」と無難な言葉を返す。は景吾に抵抗の意を示す為にやっているが、必ず景吾は完璧に問題集を終わらせ、に教え込もうとする。つまり、が行っているのは、自分の首を絞めていることなるのだ。馬鹿だなぁ、と思いながらも、豪は決して指摘しない。



「今はお父さんと暮らしてるんだから東京から神奈川の学校に通ってるんだよね。氷帝に来れば良いのに」

「親しい友達がいるから離れたくないんだろ」

「でも、ちゃんが他の男に取られちゃうかもしれないじゃん。最悪だよ。それ」

が?まさか」

「でも、景吾君に内緒で合コンに参加したんだよ?監視下に置いてないと不安じゃない?」


彼女が合コンに参加したことを知った時は確かに腹が立ったが、それだけだった。不安とか悲しみとか嫉妬は一切感じず、ただ、蔑ろにされたことが屈辱的で許せなかった。景吾はプリントの問題を解きながら「それほどでも、ねーな」と豪に言葉を返した。


「僕は嫌だな。昨日夢で見たんだよ。ちゃんがヤクザみたいな男の人連れてきて『私の良い人です』とか言って、それで景吾君を指差して『貴方はもう用済みです』って言っちゃうの」


「おい、口が笑ってるぞ」




豪は景吾にそう指摘されると、口元を引き締め真剣な表情をつくった。



「て、ことだから、ちゃんを氷帝に入れたほうがいいと思うんだけど」

「全然論理的じゃねーし、訳わかんねーよ。だいたい、アイツが氷帝に来たら俺がテニス部だって、ばれるじゃねーか」


「ばれたら、いけないの?」

「全世界どころか、全国制覇すらしてねぇのに、そんなこと言えるか!」

ちゃんは、そこまで景吾君に期待してないよ」


「うるせぇな!」




景吾が立ち上がって豪に怒鳴った所で、ガチャリとドアが開いた。豪は顔を覗かせたを見てぎょっとする。いかにも沈んでます。というオーラが漂っていて、近くに寄りたくない危ない雰囲気がある。そんな様子のに対して、景吾は丸くまとめたプリントで、自分の肩を叩き、「、今夜は寝かせないぜ」と言った。


足を大きく開けて、胸を張って立つ景吾の姿を見て、は額に手を当てた。





「仁王立ち」

「二人三脚のことは忘れろ」




「仁王絶ち?」










***************













試験開始の合図が教師により出されると、クラスにはプリントを捲る音が響き、カッカッと鉛筆を動かす音が聞こえてくる。連日連夜の猛勉強を経て、体の限界が来ていただが、補習を受けるとなると亜久津と遊べなくなる、そう思って名前を記入していく。


満点を取らなければいけない訳じゃない。半分、いや、3分の1さえ、解けば良いのだ。そう自分を励まして、設問を読むが、ぐらりと視界が歪む。景吾によって教え込まれたのは数学というよりも、根性とか自分の限界とか、そういうものだった。睡魔が襲う時期は三日前に過ぎ、今は吐き気が襲う。昨日から何も口にしていないのに胃がムカムカする。目を細めて今にも瞑りそうになった。



その時だった。カタンと小さな物音が聞こえて、はっとしては隣を見る。




「雅治様?」と、普段口にしない呼び方をする。の視線の先には寝ている仁王の姿があった。テスト用紙は名前だけ書かれて、問題は解かれていない。昨日、テニス部が練習試合だったことを思い出し、は頬を緩めた。




30点以下の点数を取る人間はこのクラスにはいない。

寝てもいない限り。




















「はい、先生」



放課後の教室に残る人間は少ない。日直の号令と共に何人かの男子は我先にとドアに向かって走り出し、他の生徒たちも、部活や委員会、各々の用事のためにすぐに教室から去るのだ。そして、残ったのは補習組の仁王と、そして担任の教師だけだった。



「先生はとても悲しい」

「私はとても幸せです」

教師はの目の前に立ち、机に勢いよく手を置いた。


「何で、白紙で出した!」

「補習を受けても良いかなと思ったからです」

「良い訳ないだろ!親御さんは泣いてるぞ」

「パパは『ただで少数制授業が受けられるなんて得だな』と言ってました」




良い争いを始めた二人を横目で見ながら、仁王は過去の自分を叱咤していた。いくら練習試合で体力を消耗していたからと言っても、テスト中に寝るなんてどうかしていたと十分反省し、同時に、これから一週間と一緒に放課後を過ごさなければいけないと考え、頭を抱える。




「先生、補習用のプリントを持ってきましたよ」

「ああ、幸村、ありがとう」

「いえ、先生こそお疲れ様です」

「満点とったお前に補習を受けさせなくちゃいけないのは、正直面倒だが、お前は良い奴だから許すよ。生意気なお前だけは許さないけどな。

「え?」

「『え?』じゃない」

「どういうことですか。何で幸村さんが?」

「入院していた期間の埋め合わせだ。出席日数が足りないから」


幸村は少し恥ずかしそうに、頭をかくとを見て目を弧に描き笑う。


「よろしくね」


わなわなと手を振るわせながら、は憎悪の目を持って幸村を睨み付け、反対に仁王は目をパアアと輝かせた。そして、幸村の手を握ると感激したように声を張り上げる。



「幸村、おんしは、ほんに天使じゃ。神の子じゃき」


その隣では「社会のゴミめ」と呟いた。




「大げさだな。そんなに俺と補習を受けたかったの?」




幸村は仁王の手をゆっくり下げさせると、仁王の隣の自分の席についた。それから、「ああ、そうか」といかにも、今思いつきました、というような声をあげて、を見た。



さんと補習を受けたくなかったんだね」



そう指摘されて、は目を大きく開けた。の抱く幸村のイメージは噂でほとんど形成されていたが、それは実際に会ってみて話してみて、噂に違わず、穏やかで包むような優しさを持っている人間だと思った。だから、驚いた。おいおい、話が違うぞ。ずいぶん攻撃的な人間じゃないか。なんだ、二重人格か?そっくりさんか、双子の弟かもしれない。



唖然としているを見て、幸村がおかしそうにクスクスと笑うと、は頭に血を上らせ拳にぎゅっと力を入れた。



「もう一度入院しては、いかがですか?」

「また一緒に入院する?で、こないだの続きでもしようか」

「なんじゃ、それ?」

「ああ、仁王、こないだが言ってたこと本当なんだよ」






開いた口が塞がらないとはこのことだと思った。
そして、その日、は初めて気絶というものを経験した。




その後、保健室に運ばれたは、景吾の手配によって、すぐに跡部家の車によって家まで送られた。部活を途中で切り上げ、に向かった景吾は、ぐったりした様子でベッドに横たわっている彼女を見ると、驚いた表情をし、それから近くに駆け寄った。



「大丈夫か?」

「・・・景吾さん」

「補習があったんだってな」

「テスト30点以下でしたから。本当すみませんでした」

「いや、お前は頑張った」


「そんなこと、ありません」

「補習、ショックだったんだろ?」



目を伏せたを見て、景吾は眉を顰めて、の髪を撫でた。



「悔しかったか」

「ええ、腸煮えくり返りました」

「・・・。いや、どんだけだよ」

「私、こんな惨めな気持ちになったの初めてです」

「まあ、確かに今回のテスト結果は悪かったかも知れねーが、次、また頑張れば違う結果が出るだろ。あんま気に病むな」

「ええ、次は絶対上手くやります」

「日頃から努力を怠るなよ」

「勿論、念入りに計画を立てますよ」

「ああ、何事も準備が大切だからな。部屋に夕食持ってくるよう言ってくるから、それまで大人しく寝てろ」



そう言っての額にキスを落とすと、景吾は部屋を後にした。バタンとドアが閉まる音を聞くと、はふとんの中に潜り、体を丸めるように両手で膝を抱え、唸った。









「私に楯突いたこと、絶対後悔させてやる」

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