脱線

02. 調整政策
生産第一・技術第一





「俺の女になるなら、下品な言葉を一切使うな。敬語を使え」


この間、顔に泣き黒子を持つ男の子をパパがくれた。綺麗な顔をした子だったので最初は女の子だと思っていたけれど一人称が「俺」なので、男の子なのだろう。日本の法律では確か女の子同士の結婚は認められて無かったはずだけど、おじいちゃんは、法律を作れる立場にあるので、婚約者が女の子でも不思議ではないと思った。

男の子は私が誕生日やクリスマスにもらったどのプレゼントよりも素敵なもので私はとてもうれしくなった。飛び切り綺麗なお人形さんだから、あの日は、壊さないよう大切に扱わなければいけないなと思っていた。

「それと『跡部君』じゃなくて、『景吾さん』だ。復唱しろ」

髪の毛が金髪で目の色素も薄いから、イギリス人のように紳士なんだと思っていたけれど、近づいてみると彼からは辛気臭い昭和の香りがした。まるで時代錯誤なことを平気で言う。驚くほど横柄で傲慢で、人を見下す傾向があった。あ、これは最初からか。

彼が結婚できる年になるまでに、私は彼に相応しい女性にならなければならないと彼は言っていたが、あれから一週間経って現実を思い知ったのだろう。私を調教すると言ってきた。私と結婚することは決定事項で回避不可能なことであると知り、自分でどうにかしようと思ったのだろう。彼は無駄に向上心旺盛な人だった。




コミュニケーション力を養うため、毎日、朝昼晩の電話を義務付けられ、茶道と華道教室に通うよう言われた。それから、語学を嗜むようにと重い辞書を押し付けられた。

他にも色々言っていたけれど、ブラウン管の中の体操のお兄さんに夢中だったのであまり覚えていない。彼の話は長くて困る。週に2,3回、私の家に訪れて説教くさいことを言ってくるので、たまにガムテープで口を塞いだ。家政婦さんに見つかって怒られたこともあったし、彼から反撃されて乱闘になったこともあったけど、まあ、関係は順調だった。年が明けて、小学校に入った後も私たちは相変わらずの関係で、週に2,3回会っては喧嘩し、仲直りし、大人たちに連れられて遊園地や動物園に行ったりした。正月やクリスマスなどイベントもこなし、社交界のダンスパーティーなどにも出席したが、ダンスは足の踏みつけあいになり、私たちが踊る曲は「破滅へのロンド」と呼ばれた。

因みに、小学校は彼と違う所に行った。彼には怒られたけれど、四六時中一緒にいたら、私の自由がなくなってしまう。そんなわけで、別居中のママの家がある神奈川の小学校に通うことになった。


こんな感じで日々は過ぎていった。私は妥協できる範囲であれば、彼に従った。無駄な労力は使いたくなかったし、キャンキャン吠える犬には餌をやっておくのが一番良いとパパが言っていたからだ。話し方は敬語にしたし、お稽古だって通った。あ、茶道教室の場所を間違えて空手教室に通い始めてしまったけれど、まあ茶道も武道も、大差ないと思う。




そして、その日も彼はうちに我が物顔で入ってきた。リビングでテレビを見ながらポテトチップスを食べて寛いでいる私に向かって、「愛が足りないのがいけなかったんだ」と言った。彼の手には「ペットのしつけ方」と書かれた本があった。彼はたまに失礼でとても非常識だ。是非、私に語る教養とやらを彼自身に身に付けてもらいたい。

「お前が俺を好きになれば、俺の言うことをちゃんと聞くようになるはずだし、結果を出そうと努力する。何で、今までこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。」

興奮気味に語る彼を横目に、私は袋に口を付けポテチの残骸を流し込んだ。こういう行儀の悪いことを彼は嫌っていたが、今日はそれも注意せずに本に書かれている内容をぺらぺらと饒舌に話していった。それを右から左に流しながら、チャンネルを変える。

「おい、聞いてるか!?テレビばっか見てんじゃねーよ!宿題は終わったのか」

「勿論、終わっていますよ」

「嘘だな。見せてみろ」

この家にはきっと盗聴器か盗撮ビデオが仕掛けられているに違いない。そう思うことがある。

「さっきの話ですが、貴方が愛される努力しなければないと思います」

「あーん?」

「私に愛されたいんですよね?」

彼は私が座っているソファーに腰掛けて、顎に手を乗せて何か考えているようだった。3時台に面白い番組を探すのは至難の業で、結局私はニュース番組を選んだ。胸の大きい新人のアナウンサーがつっかえつっかえ必死にスポーツ記事を読んで解説している。

それから、画面いっぱいに精悍な顔立ちをした男がアップで出てきた。無精髭が目立ち少々野蛮な感じもするが、男か女か分からない中性的で、綺麗な顔をしている少年をいつも見ている所為で、とても新鮮で魅力的に見えた。


「お前は、どんな男がタイプなんだ」


ためらいがちに聞いてきた彼に、私は迷わず画面に映っている男性を指差した。画面の右端には「テニス界のサムライ・越前南次郎」と書いてあった。

「テニスか」とポツリと呟き、電話を借りるといってリビングから立ち去った。ニュースは芸能記事に移っていて、私はジャニーズ系のお兄さんたちが踊って歌うのを見て鼻息を荒くした。










翌週の日曜日、彼が私の家に来なかったので、私はパパと映画「マリー・アントワネット」を見に行くことにした。その後、ファミレスに入った。パパは私の話も碌に聞かず、つまみとビール、そして私のためにチョコレートパフェを頼んだ。
  


「景吾君は部活を始めたらしい。これから忙しくなるんだとさ」

「何の部活ですか?」


「ん?ああ、サムライがどうとかこうとか言ってたな」

「剣道ですか?」

「いや、もっと軟弱な奴だったような気がする」

「・・・文化系ですか。書道とか?」

「もっとマイナーで、こう、・・・なんだっけ。俺もボケが入ってきたな」

「ああ、マンケンですね」

「マンケン?」

「漫研。漫画研究部のことですよ」

「へえ、初耳だ。そんなもんあるのか」

「ええ」


そこで、パパの興味が薄れたのか、話は終わり彼は運ばれてきたビールを飲むと、チーズを齧って映画のパンフレットを見た。


「しかし、まあ、世継ぎが生まれなくて非難されるったぁ、王妃も大変だな。どうだ、景吾君とは?いずれ夫婦になり、家族となるんだ。仲が良いにこしたことはない」

「彼との仲ですか?・・・うーん、微妙」

「まあ、今は科学技術があるからな、セックスしなくても子供は生まれる。もっとも彼が正真正銘の男であればの話だが。安心しろ。日本の科学技術は世界に誇るべきものだ!」


がはは、と笑うパパを前に私は目の前にあるパフェにスプーンを差し込んだ。

これは私が小学1年生の時の話である。


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