脱線

09. 安内壌外
不安要素






「アイツ、全国大会優勝候補やったんや!」





部室にあるテレビアニメに夢中になっていた芥川は、忍足のやかましい声に現実に戻された。部長である景吾いないのを良いことに、放課後部活が自主練だと知ると、忍足はずっと部室の雑誌整理に励み、芥川は眠気を抑えてテレビを見ることに集中していた。


声をかけられた芥川はいかにも「迷惑です」という表情を貼り付けて、忍足を見た。







「これ、誰だと思う?」




彼が芥川の目の前に出したのは、グラビア特集の枚数が他の雑誌よりも多い忍足が気に入っている三流雑誌だった。埃のかぶったそれは、2年前の古いものだった。彼は舌で指を舐めてページを開き、机に散在するお菓子の横に置いた。



「こないだ、会うたメイドや。どこかで、見たことあるなって思っとったんやけど」



忍足は得意げにメガネを押し上げた。



「見ぃ、ドンピシャや!」


雑誌には、立海の学園祭で会った女子が体育着で写真に載っていた。「なんや、この子。メイド服着とったから分からんかったけど、ええ足してるやん」と、吟味するように顎に手を添える。『陸上女子長距離のホープ、喧嘩で出場権剥奪』と大きく見出しに書かれている。



「俺、あの子にもう一度会いたくなってな。作戦を考えたんや」



雑誌を一瞥した後、すぐにテレビ画面に視線を向けた芥川の顔を両手で掴むと、忍足はいかにも「これから、くだらなくて面白くもない長話をします」という風に目を怪しく光らせ、口を開いた。



忍足の話が終わる頃には、芥川の好きなアニメも終わっており、画面はニュースに移っていた。「ありえなE」と言いながら、うな垂れる。





次期総理大臣候補だと言われている官房長官が「私が、党を内側からぶっ壊す」と、良く分からないことを豪語している。「自分の党をぶっ壊すて、頭おかしいんとちゃうか」と胡散臭げにテレビを見て忍足は笑った。
不況になってから、右肩下がりの支持率を上げようとしているのだろう。メチャクチャなことを言っているが、意外と民衆は付いていく。今の政権にほとほと愛想はつかしているが、それを壊してくれるというなら今の政権に投票してやっても良い、と賛同する人間が少なくない。



これは一種の集団催眠ですね、と偉そうなコメンテーターがこれまた偉そうに言ったが、「改革だ」と、居丈高に真顔で言う官房長官の言葉に勝るコメントはできていなかった。




『俺が一番嫌いな政治家だ』



自分たちが小学校高学年で、まだこの政治家がそんなに有名ではない頃、景吾がそう言っていたことをふと思い出す。

飴玉を口に放り込み、ニュースを見ている忍足を置いて部室を出て、グラウンドを走っている体育の補習生を見て飴玉を噛み砕いた。


そろそろ、委員会で仕事を終えた彼が戻ってくる時間だ。











**************










「合コンですか?」



「そう、合コン。ま、お茶飲んでカラオケ行くだけよ」



朝、教室に入ると、自分の席で学年1の厚化粧女と呼ばれている友人が、携帯をいじっていた。日に当たると角度によっては金髪に見えなくもない茶髪を携えたその少女は、が席の前まで来ると、グロスを塗りたくった唇を動かした。



「どうせ暇でしょ?賭博ばっかやってないで、たまには生産的な活動しなよ」



合コンのどこが生産的な活動なのか分からないが、「はあ」と話を合わせる。



「それに3年になってから、うちら全然遊んでないじゃん」

「半登校拒否の貴方と、どう遊べと」

「迎えに来てくれたって良いじゃん」

「こう見えても、私も色々忙しいんですよ」

「競馬とか、麻雀とか、トランプとか?」



が隣の席を見ながら「クラブ活動とか」と言うと、少女は「雅治、のこと嫌ってるよ」と悪気もなさそうに言い、それから、まるで動物虐待をしている現場を目撃したように蔑んだ目を向けて「仕組むの、やめてあげなよ。かわいそうだよ」と、を非難した。その言葉に、はわざとらしく「うっ」と唸り、苦しそうに胸を押さえるポーズを取った。



「ですが、私には」

「婚約者がいたって関係ない。恋のない人生は、中身のない貯金箱と同じよ。それにね、合コンでの婚約者以上に素敵な人で、なおかつお父様が納得するような人を見つければ良いじゃない?」


「ですが」

。よく聞いて」

お前こそ、よく聞け。と、は思った。
彼女は、の肩に両手を置いた。



「女たるもの現状に甘んじず、常に向上心を持たなければいけないのよ」

どこの体育会系だ。


「男を顔だけで判断するなんて愚の骨頂。まずは身に付けているものから男の懐具合を見る。それから性格は、できるだけ押しに弱くて太っ腹な感じがベスト。記念日は覚えてなくても言えば物を買ってくれるような大らかな人が狙い目。まず、一人捕まえたら、後は条件を上げて乗り換えていけば良いの」


お前はキャバ嬢か。


勢い良く腕を振りながら、抑揚をつけて話す彼女の国語の成績は確か2だった気がする。



「新しい出会いに鼓動を高鳴らせ、席に着いたらまず狙いを定め、虎視眈々と獲物を食らう機会を待ち、集団と離れた所でがぶりと首に噛み付き、個室でバリバリむしゃむしゃと頂戴するの」



一体何の話だ。サバンナの話か?いや、エイリアンの話かもしれない。

いまいち、彼女の話す内容が理解できないながらも、は懸命に相槌を打った。そうすれば、たいていの人は満足げな顔を返してくれると知っていたからだ。案の定、彼女も満面の笑みを浮かべた。



「じゃ、決まりね。合コン相手は、氷帝テニス部のレギュラー。4対4で、参加者は私と、それから」



他に誰か行く人―!!と人差し指を天井に向けて大声で言うと、今まで耳をそばだてていたクラスの女子がどっと彼女の方に押し寄せてきた。









**************








「なんや、お前か」

「私は仕組んでませんよ」



と忍足は互いの顔を見ると同時に言葉を発したのだった。
忍足は予め用意していた台詞を放ち、は彼を見て勢いよく幹事の少女を振り返ると、「私は無実だ」とでもいうように両手を上げた。




そんなハプニングに見舞われながらも、合コンは小洒落たファミレスで行われ、8人の中学生たちは飲み物を頼み互いに自己紹介を交わした。



「次期総理大臣候補の娘の、です」


今にも、清き一票をよろしくお願いしますとでも、言い出しそうなに、忍足は「したら、俺は合衆国大統領候補の息子やな」とツッコミを入れた。

整った顔立ちをした男子たちを相手に、女子たちのテンションは上がり、会場は盛り上がっていた、・・・ように思えた。約1名、いや2名を除いては。



「どういうことですか。新たな出会いどころか、4人中3人は、私の知り合いなんですけど」



頼んだメロンソーダーのストローに口を付け、空気を送り泡立たせる。


「しかも初対面のあのキノコ頭、どう見ても、人数合わせに嫌々来ましたって顔してますよ。しかも、年下じゃないですか」


自分から一番離れた席に座る男を見て、そう指摘する。

「かわいいじゃない。私、好みよ」


小さい声で交わされる会話は、レストランに流れるポップミュージックにかき消される。



「しっかし、奇遇やな。まさか、こんな所で会うなんてな。運命ちゃうか?」



の前の席を陣取り、白々しくそう言った忍足に対して、「それは素敵な運命ですね」とは感激して涙を拭く真似をする。それから、忍足の隣にいた少年に親しげに挨拶した。



「久しぶりです。つよし君。私の記憶が正しければ貴方はサッカー部だったように思いますが」



が怪訝そうに少年を見ると、「そうよ。2年連続優勝を果たしてる氷帝サッカー部のキャプテンよ」と代わりに少女が自慢げ答え、「あれは、私の獲物だからね」と、に耳打ちした。は「テニス部じゃないじゃないですか」と友人を非難した。

それから、豪の隣を見て会釈をした。



「なんや、鳳とも知り合いなんか?」

「今朝方ぶりですね」



はい、とスポーツマンらしく爽やかな笑顔を見せた鳳の顔を、忍足は目を大きく見開いて、マジ?と呟いた。

さんとは、多摩川の土手でよく会うんです」

「話まではしませんが、ね」



それからしばらくして、会話の流れが普通の合コンらしくなると、はお役目御免とでもいうように口を閉ざした。そして、彼らの会話を聞きながら、男性陣は幹事である忍足以外は無理やり連れられてきたなと、悟ると、メロンソーダーを一気に飲み干してお代わりを頼んだ。



途中、席替えが行われると、は豪の隣に付くことになり、豪は「さては、仕組んだな」と笑った。勿論、ただの偶然だったが、も悪戯っ子のような顔をして人差し指を立てた。

「国会議員の娘ですからね。こんなこと朝飯前です」

「それじゃあ、国会議員が全員不正をしていて狡猾そうに聞こえる」

「違うんですか?」

「だって、それなら僕の父が取り締まらないといけない」


わざと怖い顔をつくった豪を見て、は肩を竦める。

豪は、景吾に会う前からの長いつきあいになる。何人も大臣を輩出している松岡家と元警察庁長官を含めエリート警察一家の柴田家は繋がりがあり、彼とは跡部家ほどではないが、家族ぐるみの付き合いがあった。休日には景吾と三人で何度か遊んだこともある。



「景吾君は元気?」

「彼が元気じゃなかったら、今頃こんな所でお茶なんかしてられませんよ。ナースコールがかかって『看病しろ』って言われるに決まってるじゃないですか」

「相変わらずだね。でも、なんでここにいるの?」

「それはこっちの台詞ですよ」


ここは危険区域です、直ちに退出しなさい、と、はすかさず言った。草食男子とまではいかないが、どちらかというと草食系の彼の身を案じたのだ。彼女の考えを見透かすような目をしてから、豪は頬をかいた。

「大丈夫だよ。昔とは違うんだからさ」


幼稚舎時代、彼はその名に合わず体が小さくて大人しいという理由から、他の園児の虐めの対象になっていた。それを、当時テレビの戦隊ものの影響を受けていたが正義を振りかざして、助けていたのだ。そのころと、彼の印象は少しも変わっていおらず、彼女にとっては保護する対象だった。しかし、それを指摘するのは、男の彼には侮辱に聞こえるかもしれないと考えてやめた。


「そうですね。お互い年をとりました」


「いや、待って。何でそういう台詞に繋がるの?年寄りくさいよ」


豪は不満を露にした。


「『格好良くなったよね』までは求めてないけど、せめて『身長伸びたね』、くらい言ってよ」


「『格好良くなったよね』『身長伸びたね』」

「いや、分かる?モテてモテて仕方ないんだよ」


頭をかいて照れたように笑った豪に、は店のメニューを投げつけた。










ファミレスを出ると、カラオケに行こうということになったが、日吉がテニスしに学校に行くと言い出し、それにが見学しに行くと賛同したため、二人はその輪から外れ、電車に揺られていた。別れ際に、他の女子たちは意味深に笑いかけてきたので、も気前良くウィンクを返した。それに対して、忍足は悔しそうな顔をした。





「本当に学校に来るつもりか?」

日吉は、眉を寄せて嫌そうにを見た。


「行くつもりは全くなかったんですが、そういう顔をされると行きたくなりますね」



日吉がムスッと黙り込んでしまったので、退屈になったは欠伸をもらした。口を手で押さえたを、日吉はちらりと見た。厳密には彼女の薬指に嵌められている指輪をだ、が。


「あんな所に出席して良いのか、彼氏持ちだろ?」

「ああ、指輪のことですか?婚約者ですよ」

日吉の視線の先に気付いたは笑った。
「婚約者?」

「ええ、自分を世界の中心だと思っている勘違い屋さんです。しょうもない目立ちたがり屋で、結婚式なら花嫁に、葬式なら死体になりたがる人なんです。」

彼の扱いには、とても困っているんです、そう言って彼女は眉を垂らした。

「・・・壮絶だな。それは」

「自分が主人公でいなければ気が済まない性分なんです」

「なるほど」


そんな婚約者に嫌気が差して合コンに来たのか、と納得する。
電車が混雑してくると、は杖をついていた老人に席を譲り、その後は日吉とではなくその初対面の老人の話し相手をしていた。そんな彼女を見て、悪い人間では無さそうだと判断する。何駅か目で、老人が降り、日吉の隣に再び座ると彼女は思い出したように日吉を見た。


「貴方、生意気そうな顔してますね」


良い人間でもなさそうだ、そう日吉は思った。








*****************













200人の部員を抱える氷帝のテニス部の顧問の榊と部長の景吾は肩を並べて、レギュラー候補の見回りをしていた。人数がここまで多いと全員を見ることはできないが、ある程度試合に勝っていてこれから伸びそうな戦力は準レギュラー部員として繰上げ、アドバイスをし個人の能力を伸ばしていく。試合の翌日であり、レギュラーがテニスコートを使わない日は準レギュラーを監督するために時々景吾は部活に訪れていた。レギュラーメンバーがいないと分かっているため、見物人はほとんどおらず、男子部員の声とボールの音だけがコートに響く。


景吾が、榊が座っているベンチに置いていたタオルを取りに来た時だった。休憩をしている2年の笑い声が聞こえてきて、その内容に景吾は眉に皴を寄せた。



「聞いたか、鳳と日吉。忍足先輩に連れられて合コン行ったんだってよ」

「マジで?」

「サッカー部の豪も一緒だ」

「うわ、最強。完全武装だな。忍足先輩張り切ってるー」


タオルで汗を拭きながら景吾は、面倒な先輩を持つと大変だな、と他人事のように鳳と日吉に同情した。息抜きになれば、それはそれで良いんだが。

景吾がスポーツドリンクに手を伸ばした時だった。一人の部員が声を張り上げ、コートの外を指差した。


「あ、あれ、日吉じゃね」


休憩中の部員全員が、目を向けた。景吾も例外では無かった。


「うわ。日吉の奴、女連れて歩いてるぜ。展開、早っ」


日吉の隣で歩いている立海の制服を着た女子を見て、景吾は手にしていたタオルとペットボトルを落とした。だったからだ。



「はあ!?」


急に後ろから現れた部長に、2年は驚いて一斉に景吾を見た。何故だか、分からないが、緊張の糸のようなものがピンと張られたのを、この時部員は感じた。そんな空気を読まず、フェンスの中に入ってきた日吉は景吾に話しかけた。日吉の後を追って、もフェンスの中に入り、興味深げにテニスコートを見る。



「あ、部ち「お前、何やってんだよ」

「え?レギュラーは休みの筈ですが」

「違う。お前じゃない。そっちの女に俺は言ってるんだ!」



部員の目は景吾から日吉、日吉から景吾に移り、最終的にに集中した。
彼女はベンチを見ると、「あ」と口を開け、人差し指を突き出した。








「チカン」




景吾は嫌な汗をどっと背中にかいた。


振り返らなくても分かった。
彼女が指差した方向には監督の榊がいることを。





監督になんてことを言うんだ、とカッと顔を赤くした景吾だったが、後ろから聞こえてきた言葉に顔を青くした。



「君は、あの時の」



が何故か馴れ馴れしく親しげに言葉を交わす様子を見て、景吾は目を剥いた。



え、あの時の?って、どの時の?まさか、監督・・・



そう思ったのは景吾だけじゃなかった。
近くにいたテニス部員全員が心の中で思ったことだった。




動揺を露にする周囲をよそに、は日差しが眩しくて仕方が無いといった感じで手を額にかざし、さも当然のようにベンチまで堂々と歩いていき、ポケットからハンカチを取り出すとベンチの上にかけて座った。ゆっくりとした穏やかな動作で、しかしどこか威厳を感じさせられるような彼女の行動に一瞬目を奪われる。が、しかし、景吾はすぐに我に返った。




「何でここにいるんだ」

「ごきげんよう。景吾さん」

「質問に答えろ」

「景吾さんの学校に私がお邪魔することに何の問題があるんですか?」

「そうか、よし分かった。100歩譲って、お前がここに来るのは良いことにする」


こめかみをピクピクと震わせながらも、声を絞り出す。


「・・・これだけは真面目に答えろ。お前、合コン行ったのか?返答によっては」


容赦しないぞ、という前には景吾の言葉を遮った。


「行きましたよ」


ガツンと頭を殴られたような感覚を抱いた景吾は、額に手を添えた。


「それ、どういうことか、分かって言ってるのか?」


なんて、屈辱。彼女の行動は、自分に対する侮辱にしか思えなかった。ふつふつと怒りが沸いてくるのをどうにか抑えながら、を親の敵でも見るように睨つける。



「まさか、高校生になるまで、合コンはダメとか言いませんよね」



景吾の般若顔を見て、は警戒の色を浮かべた。今にも「お父さん、頭固いよ。周りの子だって皆行ってるよ」と口を尖らせて言いそうな雰囲気があった。そんなふざけた様子の彼女に、景吾は監督が座っているのにも関わらずベンチを蹴って、怒鳴った。


「言わねーよ!」

「ですよねぇ。信頼してますよ」


「それ以前の問題だ!!」

「・・・と、言いますと?」


「これは、一体どういうことだ?」



景吾は、日吉の肩を掴んでの前に乱暴に押し出した。日吉をちらりと見てから、は景吾が先ほど落としたペットボトルをゆっくりと拾いあげ、蓋をあけて中身を飲んだ。景吾にとって、その行動は、考える時間を稼いでいるようにしか見えなかったが、飲食の最中に言葉をかけるのはあまり行儀がよくないので黙って耐える。



「お持ち帰りされちゃいました」


は全て飲み干すと、けろりとそう言った。
が勝手に日吉に付いて来たのに、何故か受身口調で、しかも表現が下品だ。どこまでも、ふざけた女だな、と呆れながら日吉はを見た。

周りの部員は、ヒューヒューとはやし立てたが、景吾は、二人をよく知っていたから状況を正確に理解できた。事実はこうだ。が合コンに行き、嫌がる日吉を無視して氷帝まで付いて来た。そういうことだろう。景吾は目を閉じて、頷くと、日吉を冷たい目で見た。




「日吉、グラウンド5周」

「え?」


八つ当たりなのは十分承知の上だった。が、景吾のプライドはエベレストより高い。自分が飼っている犬が他の人間に付いていったら、飼い主として立つ瀬が無い。本来ならば、犬自身にそういうことを教え込まなければいけないのだが、残念ながら犬は学習能力が低い。ともすれば、解決策は一つしかないのだ。



「ああ、5周じゃ足りないか。そうだよな。じゃあ、10周」



面倒な先輩を持つと大変だな、と景吾はどこか他人事のように思った。


「あ、あの部長?」

「20周、早く行け。嫌なら・・・3「い、行きます!」



日吉がコートから出て行くのを見送ってから、景吾はの方に振り向いた。



「お前は反省文10枚」

「え、あ、ちょっと待ってください」

「そうか、足りないか、じゃあ2」

20枚と彼が言う前に、は慌てて彼の言葉を遮った。



「貴方はここで何をしているんですか?」

「は?何って見て分かんねーのかよ」

「いや、全く」


「テニスだよ。テニス」

「何でテニスしてるんですか?」

「決まってるだろ。そりゃ、お前、俺が・・・」

「貴方が?」



景吾はが持っているペットボトルを取り上げて口を付けたが、中身が無いことに気付いて舌打ちした。そして、落としたタオルを拾い上げるとかいてもいない汗を拭い、テニスコートの奥、グラウンドで走っている生徒を見て目を細めた。




「・・・補習生だからだ」



その瞬間、自主練をしていたテニス部員が全員ピタリと動きを止めた。














翌日、部活に出た忍足が、テニスコートにマリーちゃんが現れたことを知って、やっぱり悔しがったのは言うまでも無い。日吉はその日のことを語らなかったし、部員も二人のやり取りが印象的で日吉が連れてきたことまで忍足に話さなかった。







マリーちゃん伝説は人々の好奇心と探究心、そして少しの恐怖心をあおぐ。



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