この噂を聞いて、興奮したのはもっぱら若いくのいちで、木の葉に訪問してくると聞き入れ黄色い声をあげた。
もし、見初められたら、次期草影候補の恋人、後に妻となり、彼が草影になった暁にはファーストレディだ。
そして、その噂を盛り上がらせる最大の要因は、その次期草影が眉目秀麗、才色兼備だという御意見番の評価にあった。
そんなこともあり、木の葉の年頃の独身くのいちたちは、シンデレラストーリーを妄想する日々を送っていた。
受付所では正座をしている女の姿と、教えを諭すように同じことを繰り返し言う男の姿があった。
「、お前、ぜーったいに粗相の無いようにするんだぞ!ぜーったいにだぞ。」
「イルカ中忍、、耳にたこができるー!」
「謙譲語どころか丁寧語も使えないんだから、口を開いちゃ駄目だぞ!わかったな」
「きゃー、早く王子来ないかなー、ドッキドキ。」
「っ、お前、だからさっきから言っているだろう。色目も絶対使うなよ。」
はーい、と元気よく返事はするが、その視線の先はイルカではなく、左手に持っている手鏡で、
先程から、体の至る所にシュッシュッと忙しなく香水をを吹きかけている。
「はぁぁ」
出来の悪い部下のため頭を抱える、どこまでも面倒見の良いイルカがいた。
時を同じくして、ここは木の葉のあん門の下。ナルト、サクラ、サスケ、カカシ班の面々がいた。
今回、カカシ班が、次期草影の送迎、兼、護衛任務を請け負うことになっていたためである。
常日頃から火影襲名を志しているナルトは、目をキラキラさせ、
ミーハー心丸出しのサクラは赤い顔をしてやはり脳内ではシンデレラストーリーを展開、
一見サスケは興味なさげだが、草の里で一番強い奴と聞いて内心はりきっていた。
カカシ班の中で、一番落ち着きを払っていたのは、やはりカカシであっただろう。
ことに、ここ最近は若いくのいちからの告白もなく、ファンクラブも草影の話に花を咲かせているのか音沙汰も無い。
いつにもなく、カカシは上機嫌であった。
果たして、御意見番の意見に嘘偽りは無かった。
どこに出しても恥ずかしくない容姿を持って、性格は明るく優しい印象を受ける。
里一つ任すのに申し分ない青年であった。
「はじめまして、柴野ツヨシと申します。あ、そんなかしこまらないで下さい。 僕は草影候補ではありますがに、ただの忍びですよ。 それに、本当なら送迎もいらなかったのにな・・・いや、困った。」
その美貌、優しさ、カリスマ性に「きゃーきゃーきゃー」とサクラは真っ赤になり、今にも卒倒しそうだった。
そうなると、面白くないのはナルトで「俺としょーぶだってばよ!!」と指をさして、声を張り上げた。
「お前らなぁ、護衛対象に何やってんの。 いや、すみません。こいつら、まだ忍者一年目でして、あ、俺は」
「はたけカカシさんでしょう?」
「・・・あ、知ってました?」
「ビンゴブックにも載っていますし、 ・・・それに、あの人の相棒ですからね。ええ、知っていますよ。よく」
「え?」
「今回、僕は公的な理由でここに来たわけでは、ないんですよ。本当に私的な ・・・個人的な我侭で来たんです。 ・・・それは後ほど火影様にお伝えしますから、案内お願いできますか?」
この時、カカシは言い知れぬ不安を抱いたのだった。
受付所を通り、火影室。カカシ班、、イルカが後で待機する中、火影と次期草影は言葉を交わす。
「よくぞ、参ったのう。ツヨシ殿。おぬしが来ると聞いて、木の葉の若いくのいちは、この一週間、舞い上がっていたぞ。」
「そんな、大げさな。」
「大袈裟なものか、うちの受付嬢なんか、新しく香水を買いおったぞ。」
「え、ちゃん?」
カカシがを睨む。は、その視線を受け流し、「あーん、内緒って言ったのに、火影様ったらイケズっ」などと、茶目っ気たっぷりに言ってのけた。
直後、イルカの拳骨がの頭に下ったのは言わずもがな。その様子をツヨシは眉を顰めて伺っていた。
「して、お主は何用で木の葉に参ったのじゃ?挨拶回りにしては、ちと気が早いように思えるのだが」
「はい、草影に就任する前に、一つ心残りがありまして。此度は、お願いを申し上げに参りました。 不躾だとは思いますが、どうしても ・・・あの5年前、兎の暗部面を付け、その名を轟かせた木の葉の『赤い目の兎』と試合って見たいと・・・、 それだけを思いやってまいりました。」
カカシがドサッとイチャパラを落とす。
「相了解した。」という、火影の了承の言葉に、今度はがこける。
彼女の前に積み上げられていた書類が勢いよく床に広がった。「こら!!」イルカがすかさずを叱ったが、この声は二人の耳には終に届くことは無かった。
アパートの一室で、畳に忍具を広げる女が一人。
「なーにが、次期草影の願い聞き入れぬわけにはいかぬからのう、ほっほっほっだよ。ただの年寄りの余興じゃないの。」
愚痴りながらもせっせと忍具の手入れをする。
医療パックの薬の消費期限の確認も怠らずにする。
「まさか、覚えているとは思わなかったけどな。」
まだ、草の里と木の葉が同盟国で無かったころ、草に盗まれた巻物の奪還任務のとき、ツヨシと剣を交えたことがあった。
結局、相打ちで終わったのだが、女と引き分けだったのが悔しかったのだろうか、「次、あったら、貴方を絶対倒す」と豪語していた。
「大昔のことを、いつまでも根に持ちやがって、女々しいやつ」
自分のことは棚に上げて、偉そうに言うであった。
夜が開けたら、明日は試合だ、雲に隠れて見えぬ月を恋しく感じた。
かくして、伝説の暗部と今を騒がす次期草影の対決の噂は、里中に広まった。
火影は正式試合と認め、中忍選抜採集試験に使う会場を二人の対決の場として設けた。
観客席には若いくのいちから、シカクやチョウザのような上忍までいる。そして、
「緊張して寝れなかった。」
低い声を出すカカシ。
「おいおい、柄にも無いこと言うなよ。 今日は本当に雪か槍か降ってきそうなんだからよ。 なんたって、あの『赤い目の兎』と草影に任命されるほど力を携えた男が勝負するんだからな」
この日、上忍師は部下を引き連れて試合の観戦をすることを決めていた。
半分は下忍のため、もう半分は自分の興味のため。
そんあこともあり、会場は中忍試験なみに賑わい、ごった返していた。
忍の一部では賭け事まで始める始末。
「やっぱ、アタシは次期草影候補のツヨシに団子100本賭けるわ!」
「あら、アンコ、もっと愛郷心を持つべきだと思うわ。私は兎に一升瓶賭けるわ。」
俗世の代表的な遊戯である賭け事に参加しても、上品さを失わない紅。しかし、その目はマジだ。
「ゴホ、しかし、兎は一体何者でしょうね? カカシ上忍と同じぐらい、お強い方だと噂には聞いていますが、暗部引退後はその消息を絶っていますし。 コホ。謎の多い人物ですね。実に興味深い。」
「さぁな俺は興味ねーよ。元暗部のカカシ上忍に聞けばいーじゃねーか。」
が暗部に所属していたことは知っていても、「赤い目の兎」が彼女であることを知らないゲンマは至極つまらなそうに千本を揺らしている。
その話を横で聞いていた周囲の忍びが、一斉にカカシに視線を送る。
カカシは猫背の体をさらに丸くした。
「あー、それが、俺も素顔どころか本名すら知らないんだよね」
自分で言いながら、胸に痞えを感じるカカシであった。
それを隣にいたアスマが察し、慰めの言葉を送る。
「でも、ま、兎も暗部は引退したんだし、素顔で現れるんだろ? ってことは、今日この会場にいる全員がその顔を拝めるってわけだ。
木の葉は大きいといっても、狭い里だ。どこの誰だかなんて面みりゃ、一発で分かるさ。」
試合時刻10分前になると賑やかだった観客席が静まった。
いつまで経っても、「赤い目の兎」が現れないからだ。
不穏な空気が辺りを包む。火影が呆れ顔になって、口を開く。
「あのタワケ。ツヨシ殿、アヤツがもし時間通りに現れなかった場合は不戦勝に・・・」
「いえ、火影様。僕は一時間でも、三時間でも、一日でも待ちます。いえ、待たせてください。帰郷したら、もう彼女と試合うことは出来なくなるんです。」
試合時刻1分前。
会場のどこからともなく、歓声が上がる。
ツヨシの対戦相手が現れたのだ。
カカシは手に汗をかくのを感じ、一度右目をじっと閉じて、恋焦がれていた人物の気配がある方へ顔を向け
・・・その目をゆっくり開く。
「・・・え、・・・そんな、嘘だろ」
カカシの周囲にいた忍びたちも一様に動揺を隠せなかった。
アスマは日をつけたばかりのタバコを落とした。
「「「「「なーんで、暗部衣装とお面付けてるのー!!!!」」」」」
現実はそう甘くない。と実感する、特上、上忍の面々であった。
かくして、試合開始時間ぎりぎりに現れた『赤い目の兎』もといは
「いやー、すいません。緊張して眠れなくて。ははは」と悪気もなさそうな口調で飄々といってのけた。
勿論、心の中でサクラとナルトは「はい、嘘!!」と突っ込みをいれていた。
そして、ナルトは呆れたように隣にいるカカシを見て、口をすぼめた。
「カカシ先生そっくりだってばよ。」
素顔を見れなくて肩を落としていたカカシも、少しも変わっていない元同僚に苦笑する。
「ま、俺らは似た者同志だったからね」
審判をかってでたのは木の葉の青珍獣マイト・ガイ。
「ライバル対決なんて、青春じゃないか!!俺は感動したぞ!!」
涙を流しながら、火影様に審判役を自分に任せるようにと申し出たのだ。
「それでは、これより、『赤い目の兎』とツヨシ殿の試合を始める!
両者とも前へ。ルールは簡単だ。
両者、面を被り、先に相手の面を割った者を勝者とする!何か質問は?」
もツヨシも、このルールに一瞬怪訝そうな顔をしたが、その真意を察してあえて質問はしなかった。
この勝負は里の威信に大きく関わるのだ。
草の里の最強の忍びと、木の葉の里の屈指の忍び、どちらが勝っても負けても波紋を呼ぶだろう。
ことに、ツヨシは次期草影を約束された忍びである。
大怪我を負ったら、ましてや死なれたらどうなるか、想像に安い。くだらない理由で戦争なんて真っ平御免だ。と言うことだろう。
「健闘を祈る。」ガイが、ツヨシに犬の面を渡す。
ツヨシが面をつけると、くのいちたちが黄色い声を上げた。会場が盛り上がる。
特に、に向けての声援の中には、年配の忍びからか野太い声が聞こえ、言ってる内容も「ぶったぎれー」だの「つぶせ」だの激しい。
「いや、厚い声援ですね。貴方に大怪我負わせたら、無事に帰れそうになさそうだ。」
「ところがどっこい、アンタの面は割ったら、私は確実に木の葉の若いくのいち共に殺される」
「ははは、貴方と冗談を交わせる日が来るとは、うれしいですね。あの日の決着をつけるため、此処に来た甲斐がありましたよ。」
「いやー、女の面は殴れないんじゃない?王子様?」
「いやいや、そちらこそ、 僕が次期草影候補だからって、態と負けるなんてことしないで下さいよ?
今日こそ貴方の面を割らせていただきます。」
この言葉を聞いて、陰ながらツヨシに声援を送るカカシだった。
とツヨシがにらみ合う。
ガイは親指を前に突き出し、歯を煌かせ、声をはり上げた。
「試合開始!!」
最初こそ黄色い声援や、野次の応酬などが続いていたが、5分も経つと、観客席から一切声が漏れることが無かった。
ある者は、二人から発せられる殺気に声を上げるどころか、指一本動かすことが出来なくなり、
ある者は、目の前の光景に恐れおののき気絶し、
ある者は目を瞬きもせず、その試合に見入っていた。
地獄絵さながらのすさまじさであった。
試合開始と同時に、が螺旋丸を二発ぶっ放したのだ。
これには「卑怯だぞ」と意味の分からない野次が飛んだ。
ツヨシがギリギリでそれを避けると、くのいちから黄色い声が上がり、その声を消すように、またもやが攻撃を仕掛けた。
土遁火遁・龍火の術を使い、龍が吐く炎のようにおびただしい量の火炎が一直線に突き進み、ツヨシを捕えてその身を燃やした。
観客席から悲鳴が上がる。
が、次の瞬間、ツヨシはの後ろに表れ、大刀でを横に真っ二つに切った。
ボフンと言う音がして、が消える。
このような、狐と狸の化かし合いような戦いが続いた。
因みに二人ともルールを完全に無視。
ガイが、「面を狙えー!」と叫ぶが、戦闘中の二人の耳に届く筈も無なかった。
ツヨシと兎の試合を見ていて一番驚いていたのはゲンマだった。
後ろにいる中年組みに振り返って、木の葉の受付嬢と何かと仲の良いシカクを探すと、その席まで移動した。
「シカク上忍、あれは…まさか」
「ああ、お前は幼じみだったな。人の戦闘スタイルなんか、そう変わらないからな。 ああ、お前が思ってる通り、あれは…」
そこで、シカクは言葉を噤んだ。ゲンマ以外の気配が背後にしたからだ。
「盗み聞きとは、いただけないな。カカシ」
カカシの気配に全く気づかなかったゲンマは、内心舌打ちをした。
「…あれは、誰ですかシカクさん」
「はぁ、カカシ、俺には可愛い可愛い妻子がいる。お前にばらしたのが、兎に知れてみろ。何されるか分かったもんじゃねぇ…。 悪いが・・・」
「ああ、シカマル君、優秀な忍びになりそうですもんね。あー、一人息子でしたっけ? ・・・無事、中忍になれると良いんですがね。最近は上忍の指導の行き過ぎが、下忍を追い詰めることもありますが…」
「お、お前ら、変なトコばっか似てんじゃねーよ!!」
シカクの悲痛な叫びも熱気を帯びた会場では、ないものとして捕えられた。
試合が開始してから、激しい死闘が繰り広げられて2時間が経過したころ、二人の様子に変化が見られた。
ツヨシの動きが鈍くなってきたのだ。
は、ここぞとばかりに攻撃をしかけた。
今度の螺旋丸は当たり、ツヨシが壁に突き飛ばされた。
が手にチャクラを溜めながら、ツヨシのもとに駆けた、雷切りでツヨシの面を割ろうとする。
観客たちが息を飲む。
その瞬間、素早く片手で印を踏んだツヨシが「口寄せの術」と小さく呟いた。
ボフンとその場にふさわしくない音が響きわたり、
会場は静まった。
ツヨシが出した亀が、の顔面に直撃したのだ。
ぴりぴりぴりと、兎の面にひびが入り、はその場に蹲った。
カランと、面が落ちた。
その様子を呆然として見ていたガイだが、自分の役割を思い出し、右手を上げる。
「勝者、柴野ツヨシ!!」
歓声は沸き起こらない。
沈黙が辺りを支配した。
呆気ない終わりが迎えられた今、観客全員の最大の関心事は、「赤い目の兎」の素顔にあった。
あれから、シカクからは何の情報も得られなかったカカシも、身を乗り出して、その顔を拝もうとする。
ツヨシがの元に駆け寄り、引き起こそうと手を出す。
ゆっくりと、が顔をあげた。
「!!!!」
その姿に、全員が目を見開いた。
兎の面がまた付いていたのだ。
本気でずっこけるカカシ。
「あの馬鹿」と呟いて呆れるゲンマとシカク。
その徹底さに、意味も無く驚嘆する会場の人々。
「やっぱ、カカシ先生にソックリだってばよ。」
カカシの素顔を見ようとした時、カカシの口布の下にもう一枚口布が付いていたのを思い出したナルトが一人、納得するように言ったのであった。