兎シリーズ

赤い目の兎:根拠のない先入観のたとえ

伝説の暗部に勝利した武勇伝を新たに残した次期草影候補の噂は収まることなく、 未だくのいちたちの心を鷲づかみし、その余韻を残していた。

このため、に対するカカシファンのくのいちの(地味だけど陰湿な)イジメが少なくなり、 ここ最近は書類整理が捗っていた。


「今日も残業しなくて済みそうだな。後はやっておくから、家に帰ってゆっくりしろ。」


イルカがの頭を撫でる。 ツヨシに正体がいとも簡単にばれた事で面目を失い、 カカシに対して消化できない複雑な感情を抱き、何かと悩む日々を送っていたは、 疲れていた。 それを敏感に察してくれたイルカに、申し訳なく思う半面喜びを感じる。 そして、その配慮に心から感謝したのだった。

新しい忍具を買い揃えたり、空っぽの冷蔵庫に食料を詰め込んだり、 頼んでも無いのに先日送りつけられてきた自来也の本を捨てたり、 やることは色々あった。


は素直にイルカの言葉に甘えたのだった。




*********





夕日が木の葉の里を赤く染め、穏やかな風がの髪をなびかせた。 片手に持ったビニール袋がすりあって、安っぽい音を出す。 いつもは気にしない長閑な田舎風景が、今日は心に染みる。夕暮れを見て感傷に浸るなんて、ずいぶん老けてしまったように思う。

「嫌だな。」


「なーにが?」

「!!」

「あー、ごめーんね。気配出すの忘れてた。」


カカシが、心底済まなさそうに、頭をかきながら謝罪を述べる。本気の謝罪だと伺える。 は顔には困惑を浮かべながらも、内心ハラワタ煮えくり返る思いであった。 いくら思考に耽っていたからといって、近くに忍びが寄ってきたのに対して気づかなかった自分に、そして、謝罪するカカシに対して怒りを感じた。


「ね、イルカ先生から聞いたんだけど、もう任務終ったんでしょ? これから夕飯食べにいかなーい?」


イルカ、今すぐにその世話好きな性格を直せ。先程の感謝も忘れ、そう心の奥で叫ぶであった。

今日は一人で家に帰ってゆっくり休みたいと思うは、控えめに断る。


「きゃっうれしい!!…でもぉ、さっき買った秋刀魚さんが腐っちゃうからぁ。また今度ねっ?」

「えっ、秋刀魚?俺の好物なのよ。それ。気が合うね。じゃ、今日はちゃんちで夕飯食べようか。」


カカシは、何故か今日夕飯をと食べたいらしく、1歩も引かない。 は笑顔を浮かべながらも、その握りこぶしにはチャクラが出て、ビニール袋が今にも千切れそうであった。

「・・・本当そうねー!!、ダーリンと好みが一緒で、超うれしー!! これって愛ねっ!!」

なかば、やけくそで返事をしたのであった。








俺の想像に反して、ちゃんの部屋は殺風景だった。 俺の部屋も、そう物が溢れてる訳でもないけれど、人が生きていれば、 物は本人が望まなくても増えていくわけで、それなりに私物がある。 なのに、ちゃんの家には生活感が全く無い。

「そんな、ジロジロ見ちゃっ、恥ずかしいっ。」

「ああ、ごめん。もっと、ぬいぐるみとか、ピンクの装飾品で埋め尽くされてるイメージがあったから」

「ピンクの装飾って、いやん、ラブホじゃないんだからっ」

「・・・」

そう言いながら、はカカシを中に引き入れ、座布団を出し座わるように薦めると、一人台所にいってしまった。 呆然としながら、カカシは部屋を見渡す。 カカシの家にさえ観葉植物のウッキー君がある。ここには、何も無い。 布団派なせいもあるが、10畳の部屋にはちゃぶ台、箪笥、ゴミ箱があるだけで、他は埃一つ無い。 彼女が何を考えて、このような状態を保っているのかは知らないが、 忍びとしては尊敬の念を抱けるほどの徹底ぶりだ。


呆気に取られている間に、カカシの前にはお茶が置かれていた。ほんのりと上品な匂いが立ち上る。 お茶を手にし、カカシは台所に目を向けた。の後姿が見える。 結婚願望など無いが、愛する人とならそれも良いのかもしれないと、柄にも無く思うのであった。

ふと、油のはねる音が耳に届く。

嫌な予感がした。


パタパタと、が台所から駆けて来る。


「はーい、お待たせしましたぁ!!の超力作!!



秋刀魚の天ぷらー!!」



カカシはお茶をブッと噴出した。


「ちょっ、秋刀魚の天ぷらって何、初めて耳にしたんだけど!!」


「ダーリンのために一生懸命作ったのよぉ。テヘ」


天使のような悪魔の微笑みとは、このことだと思うカカシであった。




カカシが四苦八苦しながら天ぷらを食べている姿を、実に愉快な気持ちで見ていただが、 先程の会話からしてもカカシが何らかの意図を持って夕食に誘ったのは明らかであったため、その目的を模索していた。

先手必勝の忍びの世界、相手の行動を常に把握しておかなければ、安心できない、どこまでも忍者なであった。

秋刀魚の天ぷらを食べ終わるとカカシはへ視線を向けた。

しかし、目が合うと気まずそうにすぐ視線を逸す。


その女々しい姿にはコメカミに筋を浮かべたのだった。


「今日は、言いたいことがあってきたーんだ。」

「ええっ!!!?なぁに?ダーリン?かしこまっちゃって」

大げさにリアクションを取り、カカシに言葉を促す。


ちゃん、・・・俺たち別れよう。やっぱり、こういう関係はよくないと思う。」


・・・どんな関係?
あれ、私たち、キスどころか、手も握ったことも無いよね。もはや夕食をたまに共にするだけの関係じゃね?

アカデミー生もびっくりな清い関係だよね。


「木の葉一の阿婆擦れ」と「木の葉一の寝業師」が揃って、突きあうのは晩飯だからね。


なんか、この間は試合直後だったのもあって興奮して、「特定の女を作った」だのなんだの言っちゃったけど、あれ、この関係って恋人でよかったんだっけ?


「一度、自分の気持ちにケリを付けたいんだ。だから、本当にごめん」


あれ、これって吉報?朗報?快報?棚ぼた?

幻術でないことを確かめるため、「解」の印を組む。




・・・現実だった!!



感動のあまりに涙さえ出る。距離を置けば、もう自分の心が揺れることも無いだろう。

悩みの種、元凶が自ら立ち去ってくれるとは、何たる幸運か。




ただ飯は食えなくなるけど、面倒ごとは確実に減る。 カカシのファンからのイジメとか、カカシを狙っている刺客の攻撃(正々堂々本人を狙えよ)とか。 何よりも受付の仕事を邪魔するやつがいなくなる。


ちゃん泣かないで、ごめんね。」


の心の中では、「バイバイありがと〜さようなら〜」と、シャ乱Qの「ズルイ女」が流れ始める。(古い)








ちゃんは俺が別れを告げると、驚きをあらわにして、現実だと思いたくなかったのか「解」の印を組んだ。 そして、現状を理解すると泣き出してしまった。



俺は胸に抱き寄せたいと思う気持ちを押さえ込み、その場を離れようとした。 ちゃんが、急に顔を上げ「あ」と一声だし、俺のほうに駆け寄る。

俺は自分を戒めながらも、欲求に勝てることも無く、手を広げ彼女を胸に迎え入れようとした。 が、彼女はそのまま俺の横を通り過ぎ、箪笥の中をゴソゴソ引っ掻き回し始めた。 探し物が見つかったのか安堵のため一息つき、振り向いて満面の笑みを俺に寄越した。


「これ、餞別ねっ!」


彼女の手にあるのは、イチャパラシリーズ最新刊。

そして、彼女は俺を玄関まで導くと、それを渡した。


「・・・あー、ありがとう。・・・うれしいよ?」


「アハ、もうれしー、(廃品回収に出す手間が省けて。)テヘ」


バタンと閉められたドアの前、

わびしく一人たたずむはたけカカシ(26)。







銀髪の髪を、慈愛に満ちた月が照らした。
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