兎シリーズ

兎の字 :「兎」と「免」の字形が似ているところから、免職を言う隠語

木の葉の里は今日も平和である。

青空の下、子供たちが元気よく遊び、受付所にもその掛け声が響く。


倉庫でいつも惰眠を貪る女が今日は不在だ。 先日の怪我は、医療忍者の挙仙術をもってしても治ることはなく全治1ヶ月の入院を余儀なくされた。 カカシの知る限り、彼女はあれから一度も目覚めてない。




*****





外の天気とはうってかわり、火影室では不穏な空気がその場を支配していた。



「三代目、ちゃんと父さんの関係って一体何なんですか!!!」


「カカシよ、それはわしの知る所ではないのだが・・・。」


「三代目が知らなくて、誰が知ってるって言うんです。 ・・・もう、三代目しか頼れるかたはいないんです。」


「う。」


言葉につまり動揺を見せた里の長にしてはあまりにも情にもろい火影であった。 数秒思考を巡らすそぶりを見せ、キセルの灰を落とし、一息つく。 そして、決心したかのようにカカシに向き合った。


「何を言われても、驚くではあるまいぞ。」


処刑台に立たされたときの気分とはこのようなものだろうかと、カカシは手に汗を滲ませながら考えていた。


「実は、は・・・」





カカシが息を飲むと同時に、その場に相応しくない安い金具の音が響いた。


「失礼しちゃいまーす!」


話の中心人物が現れた。 はカカシと目が合うと、その場に尻餅をついて大げさに驚いて見せた。


「きゃっ、ビックリ!火影様の気配しかしなかったから勝手に入っちゃった! さすが、エリート様!」


この時ほど、自分の忍びの性分を疎ましく思ったことはない。カカシは内心舌打ちをしていた。 勿論はカカシが中にいたことを承知の上で、彼の存在を尊重する必要も義務もないと思い、堂々と火影室に立入ったのであった。 カカシは、当事者が目を覚ましたのならば、本人に直接に聞いたほうが手っ取り早いと至極全まっとうなことを思いだし、に例の写真を見せる。



「これ、ちゃんだよね?」


の目に光が差す。 次の瞬間には、カカシの手から写真は彼女の手に渡っていた。呆気に取られたカカシだが、すかさずをいさめようと口を開けた。そのとき



「イーーーーーヤーーーーーーーーーー!!破れてるーーーーーーーー!」



窓さえされるのではないかと思われる金切り声が轟めき渡った。 の奇声に二歩ほど後ずさりしてしまった「木の葉の誉れ」、 そして溜息を付きながらも、完全なる傍観者に回ったことに安堵の表情を浮かべた火影の姿が、そこにあった。





ひとしきり叫び終わると、満足したのか力尽きたのか、落ち着きを取り戻し、カカシと火影に向き直り、 コロッと、表情を変え、右手の人差し指を頬に当てた。



「あは、ったら、興奮しちゃったっ」

、おぬし、もう怪我は良いのか?」

「モチバチ★」



その返事に火影は顔を顰め、「最近の若者の言葉はようわからんのう」と言いながらも、の元気な姿を見て安堵を感じたのか、声には優しさが含まれていた。 因みに、モチバチは「勿論バッチリ」の略であるらしい。 ほんわかした空気が帯始め、カカシはまた有耶無耶にされては困ると、焦り、今度は直接的に聞いたのであった。



ちゃん、君は父さんとどういう関係なの?」



の瞳の奥が揺れた。 これが、カカシの見た初めての、の、作っていない表情となった.





扉の前に近づいた気配に気づき、再び訪れるであろう訪問者にカカシは眉を顰めた。 これ以上話を折られてはたまらないと思い、火影室を出ようと素早くの腕を取る。 この時、彼は既視体験を感じたのであった。 の腕が、あまりにも兎のそれと同じ大きさで、ギョッとしたカカシはそのまま手を離してしまった。 コンコンと、扉の戸が叩かれる。



「失礼します。火陰様。長期任務終了の報告にあがりました。」

「ああ、ご苦労であった。・・・モズクよ。」



も、カカシもその見覚えのある人物に目を開いた。



「あれ、もしかしてカカシ君かぁ、あまり大きくなっていたから分からんかったですよ。 いやぁ、噂は他里にいた自分でさえも聞いておりますよ。あんなに小さかった君もいまや里一のエリート忍者! 全く、時が進むのは早いものですなぁ」



モズクと呼ばれた男はかつてサクモの親友であった。 そして、サクモが自殺に追い込まれたあの任務の副隊長でもあった。



「ああ、モズクさん、お久しぶりです。」

「あれ、こちらのかわいらしいお嬢さんは・・・、えーと、見たことあるような」

「きゃっ、かわいらしいなんて、そんな性急に告白なんかされたら、、困っちゃう!!」



が昔の面影も見せず、開いた手を口元に置き、谷間が見えるように腕を引き締め、上目遣いでモズクを見上げ長い睫をバサバサさせる。



さんとな・・・はて、誰だったかな?」



渋い顔を作りながらも、視線はしっかりの谷間に釘付けで、過去を思い出しているようには到底思えなかった。 それを見たカカシは、とモズクの間に割って入り、を隠すように背後に回した。



「いや、たぶんモズクさんとは面識ないと思いますよ?」



にっこり得意の笑顔を向ける。



「その笑顔、ますますお父様に似てきましたなぁ・・・。」



カカシの顔を見ながら感慨深げに言う。それに対して、目を細くしたのは、であった。 カカシは知らずとも、は知っていた。



受付と言う職務はどんな役職よりも情報に聡い場所であり、里の最重要機密からプライベートなくだらない情報まで全てを入手することができる。

は知っていた。この男の裏切りを。

サクモが自殺に追い込まれたあの極秘任務、最初に任務放棄を提案したのはモズクであった。 最初気乗りしなかったサクモも、副隊長である彼に説得されて、人命優先に走ったのだ。 果たして、判断と決断はサクモがした。



だから、隊長である彼がその任務失敗の責を負うのは当然のことであったし、それは彼も覚悟の上のことであっただろう。



しかしながら、まさか、 まさか、提案した張本人にその判断を罵倒されるとは思っていなかっただろう。 モズクは里に帰ると任務失敗の全責任がサクモにあるかのように、上に報告した。 そして、あろうことか、サクモの中傷の発信源となり、噂を拡張していった。 確かに狭い里の中、任務失敗は里中にあまねく広がる。



しかし里の人々の怒りや憎しみを助長させたのは、間違いなく、この広告塔であるモズクであった。



サクモの任務放棄により死なずにすんだ者の中には、純粋にサクモに感謝した者もいたのだ。 それを、モズクは、里の面汚しだと同じ裏切り者だと言い放った。 そして終にサクモの味方はいなくなった。



は覚えている。



モズクがサクモの部下であるたちスリーマンセルに、サクモの悪評を吹き込み、彼の部下でいることを恥じるように仕向けたことを。

以外の二人は翌日から、サクモの前に現れなかった。 あの時の、二人の部下に見限られた時のサクモの表情をは決して忘れはしない。



彼がこのような裏切り行為に走ったのは、ひとえに家族のためであったのだろう。 彼には愛する妻と子供がいた。里の中傷が家族に及ぶのを恐れたのだろう。 大切なものを守るために人は何でもする。



モズクは悪人ではない。至極当然なことをしたとも思う。

が同じ立場で、ゲンマをとるか、サクモをとるかの状況に陥ったら、考えるまでもなく親友のゲンマを切り捨てるだろう。



人間には優先事項がある。頻繁に取捨選択をせまられる忍びは、それを肝に銘じながら世を渡る生き物だ。 だから、彼がしたことを、は「悪」だとはおもっていなかった。 少しの戸惑いも見せずに行動したことに、同じ忍びとして賞賛を送るほどであった。 そう、思っていたのだ。





・・・サクモが自殺するまでは。



サクモが死んで、の人間らしい感情は一気に開花した。 苦しみ、悲しみ、寂しさ、辛さ、様々な感情がを支配し、 そして、モズクに対して新たに生まれた感情は、憎しみと恨みだった。





サクモが自殺したのは、モズクが長期任務に就く一週間後であった。







「ま、お父さんのようにならんでくださいよ?」

「え?」



カカシが一歩後ずさり、後ろにいたとぶつかりそうになるが、がぴょこっと横にづれた。 そこはの瞳にもカカシの表情が見て取れる位置だった。 普段は、眠そうな表情をしているカカシだが、相手が言わんとしている事がわかったのだろう。 少し眉がつり上がっていて、いつになく男前に見えた(失礼)。



「カカシ君のお父さんの所為で、里は大きな損害を被ったもんでね。」



この言葉にカカシは息を飲み、は苦虫を噛んだ様な表情をした。 モズクとカカシは対峙するように、向かい合っていた。



「君は間違っても依頼者の信頼をなくすような事はしてくれるなよ。」



反射的にはポーチの中のクナイに手を伸ばすが、火影の視線を感じ、わき腹に手を当てるにとどめる。 カカシは、険しい表情をして、首には汗を光らせていた。 どんなに肉体を強化しても、精神は脆弱なまま、いくら訓練を受けても人には限界がある。弱みの一つや二つ誰でも抱えている。一つ柱が倒れれば耐震強度に優れた家でも全壊するように、人の心も内側から突かれれば大量の血が噴出す。



「彼は素晴らしい忍びだった。その存在感はあの伝説の三忍を霞めてしまうほどの偉大な英雄でさぁ。 いやぁ、常にサクモの隣にいた自分なんか、よく比較対象にされて、いらぬ辛苦を舐めたもんよ。」



それは私情だ。それは嫉妬だ。それを抱くのは忍びではない。黙れ、不愉快だ。 は、唇が白くなるほどかみ、あふれる感情に蓋をした。



「だが、サクモは忍びとして、してはいけん事をした。・・・もう何年前のはなしだろうか」

「さぁ、もうずいぶん前のことですから・・・覚えていませんよ」



ヘラリと笑うカカシを見て、怒りから、悲しみから、やりきれなさからの手にチャクラが溜まる。



目の前が真っ白になった。



その瞬間、火影室に鉄の臭いが充満した。



火影の怒鳴り声が耳に届いた。







同胞殺しは大罪だというのなら、どうしてモズクが生きているんだ。


許せない


許さない



そう、おもった。













甘栗甘では、久しぶりの休暇を共に過ごすアンコと紅の姿があった。

「ねー紅、聞いた?あのモズクさんが引退するらしいわよ。」

「え、またどうして?彼、この間、十数年ぶりに里に帰ってきたばかりじゃない。 それに健康体でしょ?」

目線を品書きからアンコに移す。 アンコも団子のもう付いていない串を舐めながら、紅と目を合わせた。

「なんでも、任務を途中放棄して、木の国の大名を怒らせたらしいわよ。」

「それで、自主的に責任とってやめるって事?」

「いや、それがね。大名が直々に木の葉の里に命じたんだって!」

串を紅の顔の前に突き出して、大げさにいってのける。

「ほら、モズクさん、特別上忍だったじゃない? 名の売れた上忍だったら話は違ったんでしょうけど、悲惨よね。 あー、アタシ頑張って上忍に登ろ。」

「何、その不謹慎な理由」

紅が突き出された串を取り上げ、ゴミ箱に捨てる。それをアンコが目で追う。

「捨て駒になるのは嫌だからね。あ、紅、団子食べないなら、頂戴!」

「まあ、モズクさんのことは残念だったけど、それより、お見舞いのお団子買うから選んでよ。」

「えー。あのアマに買う団子なんかないわよ。 勝手に病院抜け出して、傷口が開いて火影室でぶっ倒れてさ、自業自得でしょ。むしろ、そのまま、くたばればよかったのに!!キー」


「そう目の敵にしなくてもいいのに・・・アンコとは相性が会わないのね。」

紅は小さく息を付き、店員を呼びつけた。目でアンコに「注文しろ」と合図を送る。 アンコは品書きに目を通さずに、指を縦に上下に動かした。


「此処から此処までを100本ずつでー!」

「・・・」

人選を間違えたと思っても後の祭り、紅は溜息を付きながらも荷物もちの人員を探そうと周りの気配を探り始めるのであった。










*****






見舞いに来ていたゲンマは果物ナイフでリンゴを剥いている。 窓から射された光がゲンマの髪を煌かせ、その整った顔を更に魅力的に見せていた。 薬品の鼻の付く匂いと共に起床することにもだいぶなれた。 しかし、今日は薬品以外の不愉快な匂いも混じっていた。 病院のベッドの中、体を上げずに目だけを向ける。



病院の一室、の部屋の扉を背にして、モズクが蒼白な面持ちで立っていた。


「・・・。さん。アンタ、自分を嵌めたな。」



病院の白いカーテンが風に揺られて、に影を落とす。 シャリシャリとリンゴの皮を剥く音だけが辺りを支配する。



「自分に当てられたあの単独任務はアンタが決めたそうじゃないか。しかも、自分が里に帰還する前に決められていたときた。一体どういうことだ」



ゲンマの千本が揺れた。窓から木蓮の花の香りがした。 風がの髪を靡かせ、その心地よさに目を細め、病院の真白い天井を眩しく感じ、そのまま眼を瞑った。



「・・・私を覚えていませんか?酷いなぁ。一晩かけて教えてくださったじゃありませんか。 ・・・はたけ上忍師の醜聞を。 私は忘れたことありませんよ。 貴方の顔も、貴方の発した彼に対する侮辱、罵詈雑言、全て覚えています。 ・・・モズクさん」



のしゃべり方、表情、振る舞い、雰囲気から彼の遠い記憶が呼び戻される。 モズクは血の気が引くのを感じた。



「・・・アンタは、まさか・・・あの時のガキか!」

「ええ、20年前、任務放棄事件の際、貴方が非難し詰り、自殺に追い詰めたあのはたけ上忍師の、 ・・・部下ですよ。」



ベッドから起き上がり、モズクを見据える。から漏れ出す険悪なチャクラにモズクの全身に鳥肌がたった。



「あれは、仕方なかった!サクモの味方をすれば、私も臆病者の一人とされた!!仕方なかったんだ!」

「・・・そ、貴方の引退も仕方なかった。」

「時代は変った!今回の任務だって、別に自分が放棄しても他の強い誰かが仕切りなおせば良いことだった!!あの大名・・・依頼人だって、俺の名前すら知らなかった。交代したって分からないはずだった。」

「ああ、あの依頼人、そういうのに頓着しそうにないものね。」

「・・・なぜ・・・」

「なぜ?だってモズクさんの任務放棄をお伝えしたのは、私ですから。」

「な!!!」

「・・・私は、はたけ上忍師ほど優しくも、甘くもないんですよ。」

「この、雌狐め!!!!」



モズクは腰に掛けていたクナイをの顔面向かってに投げつけた。 は投げられたクナイをかわし、相手の襟元を掴み、壁に叩きつけ、自分に立ち向かおうと金輪際思わないように、強い殺気を当てた。 モズクはたちまち固まって動けなくなった。



シャリシャリとリンゴの皮を剥く音だけが、後に残った。 .







*****






に見舞いを催促されて、俺は今が旬のリンゴを持って病院に訪れていた。 なるほど、モズクさんはサクモさんの仇だった。もう、ずいぶん前の事だというのに今になって復讐か。 心底敵には回したくない奴だと、思った。 俺は第三者の立場として、傍観を決めこみ一切手を出さなかった。

そもそも、どちらに手を貸すというのだ。弱い者いじめをしているに手を貸すほど腐ってはいないし、だからといって、自分の命をかけてモズクさんを助けるほどボランティア精神旺盛でもない。

ふと、部屋の外に馴染みのある気配を感じた。

は何を血迷ったのか、自分の太ももにモズクのクナイをグサリと刺し 甲高い悲鳴を上げながら、ベッドの上に倒れた。 この行動には俺も動揺を隠せず、椅子から立ち上がって果物ナイフとリンゴを落とした。


「どうしたんだ!!」


ドアを半ば壊すように入ってきたのはカカシさんで、その後に紅さんとアンコが続いた。 立っている俺とモズクを一瞥し、最後に床のに目を向けた。 カカシさんはが倒れている姿を見てその場に駆け寄り、その腿にクナイが刺さっていることに気づき、目を見開く。


ちゃん!」


いや、カカシさん、彼女自分で刺しましたから、そんな悲痛な声あげて心配なくても、彼女マジピンピンしてますから。


「自分はこの女に嵌められたんだ!」


半狂乱になってモズクさんが叫ぶ。 全員の視線がに向けられた。 は恐怖に怯えるように体をビクビク震わせ、呼吸困難の状態のように息を荒くし泣き叫んだ。


がっ、が悪いのっ!!今回、モズクさんの任務を割り振ったのはで・・・、のせいでモズクさんが任務失敗しちゃって!」


大粒の涙を流し、しゃくりあげながらも、一生懸命に言葉を紡ぐ。 俺は、この時、畏怖の念を親友に抱いた。 とめどなく流れる涙に、果たして同情票は集まった。


「なるほどね。・・・任務失敗を人の所為にするなんて最低ね。」


団子を食べながら、アンコがモズクさんを蔑すむような目つきで見た。 いや、「なるほどね」って、お前分かってねーよ。マジ全く分かってないから。 一番最低なのは、そこで被害者よろしく涙を垂れ流している女だから。


「任務の割り振りには火影様の承諾判も必要なんだから、の独断じゃないのよ!ちゃんと能力相応のものを割り振られている筈よ!火影様には敵わないからって、下忍のに八つ当たりしたのね!」


噛み付くような勢いで紅さんはモズクさんを責めたが、が腿に負った怪我をみると顔を蒼白とさせ、医療班を呼びに廊下に出て行った。


「モズクさん、アンタ、仲間に刃を向けたのか?」


カカシさんはぎゅっとを抱き、唸るように低い声を出した。 彼の殺気でモズクさんは尻餅をつく。 は震えながら緑のベストを強く掴み、逞しいカカシの胸に顔を押し付けていた。

・・・あれは、ぜってー笑いをこらえているに、違いない。



「ちがっ、カカシ君、信じてくれ!」

ちゃん、この人、外に連れ出すから。俺行くね。」

は、限界まで瞳に涙を溜めて、カカシを見上げ、不安そうにしおらしく頷く。 頷くと同時に涙が毀れ、カカシは手をの顔に当て親指で涙をふき取った。

殺気が膨張する。

勿論に向けてではない、モズクに向けて



・・・って、俺にも向けられている!?



「ゲンマ。お前がいながら、なんで、ちゃんが怪我を負った!?」

「え、あ、いや、その・・・」

「お前も来て貰うよ。」


特別上忍の俺が、上忍の殺気に当てられて怯まない筈もなく、開いた口はすぐに閉じられた。 あぁ・・・もうお願いされても、見舞いなんて、ぜってぇ行かねぇ。









*****






カカシに連れられていくモズクの背中を、はただ眺めていた。

窓から、木蓮の甘い香りを春の風が運んでくる。



忍びを引退した彼の名が慰霊碑に決して刻まれることは無い。 英雄にはなれなかった忍びの末路がいかに悲惨なものであるか、自ら経験すれば良い。



忍から、忍と言う役職を剥ぎ取れば、生きる意味を失う。



忍であることに誇りを持つように

里に全てを捧げるように

そう教育されてきた者は


忍以外にはなれない。





作られた価値感が生命を蝕んでいくだろう。







*****








その後、私は1ヶ月の入院生活を強いられた。 体が回復してすぐ、火影室に退院の報告にむかう。 扉を開けると待っていたと言わんばかりに、火影様と目が合った。


よ、お主今年でいくつになった?」


椅子から立ち上がり、私に背を向け窓から里を眺める。


「・・・?・・・26ですが」

「・・・そろそろ先に進む覚悟を決める時期じゃ。」


紫煙がキセルから出て、室内に靄をかけた。



「真意を図りかねますが・・・」

「今回の行動には目に余るものがある。任務承諾用のわしの判子を勝手に持ち出したな。」


完璧に治った筈の脇腹の傷がジクジク痛み始めたように感じた。

「・・・」

「狂犬を野放しにするほど老いぼれてはおらぬよ。・・・次はないぞ。」


言葉を発せずにいると、火影様がこちらを向き、私を睨んだ。


「・・・はい」


呟くようなかすれた声が果たして彼に届いたかは分からないが、私の頭をそのとき支配していたのは「逃亡」の二文字。 足に力を入れたその時、火影様は私をその場に留めるに十分な名前を紡いだ。


「・・・、もう、サクモへの盲目的崇拝はやめるんじゃ。」

「崇拝・・・?」

、お前のそれは、もはや恋でも愛でもない。ただの執着、意地だ。 崇拝している自分に酔っているだけじゃ。」

「・・・火影様・・・、それは・・・」

「これは命令じゃ。これ以上故人ののために、指一本動かすな。」

「・・・」

「もう一度言う、これは火影命令じゃ。」

火影様の命令に背いてはならない。火影様は命令は絶対だ。 その命の前では、跪くしかない。



「は・・・い。火の・・・意思の赴くままに・・・」





その日、忍びとして下げた頭が、やけに重く感じた。
Index ←Back Next→