兎シリーズ

兎波を走る :波が白く輝いている様が、あたかも兎が波の上を走っているように見え事から、月影が、水面に映っているさまを例えて言う







春の休日は 桜の並木通りで人が賑わい、全ての生物が春の訪れを喜ぶ。 桜の木に惹きつけられるように、人は木下に輪を描き、何かの儀式のように酒を浴びるほど飲む。 忍びも人、春の日差しを浴びて普段の心の疲れを癒したいと思うのだ。 時間の開いている忍びだけで花見をしよう、火影様のそんな計らいのせいでもイルカも休日返上して宴会の幹事をしていた。



花見参加者は、それほど多いわけでもない。忍びの世界では上下関係がハッキリしている。 そのため公の場に行くと、自分より上の階級の人に酌をするやら何やらで逆に疲れてしまう人が多く、休日返上してまで参加しようとは思わないのだろう。 名簿を見ても主な参加者は上忍や特上で、中忍や下忍が来ていても酒好きや宴会好きの者たちだけであった。
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イルカに追加の酒とおつまみを頼まれて、は近くのコンビニへ買出しのため歩いていた。 散りゆく桜の花びらが視界を遮り、の髪や顔に纏わり付く。見事なサクラ吹雪だった。

店に入る前に軽く、そのピンク色のゴミを落とし、ガラス越しにみえる雑誌を一瞥した。春イメチェン特集、春デビュー特集、新規一変ニューコレクション特集、春の雑誌には変化をテーマとしたものが多い。何か急かされているようで憂鬱な気分になる。

自動ドアが開け閉めを頻繁におこなってを中に入るよう促している。桜並木に近いコンビニのためか、ずいぶんと人が多く、レジには長蛇の列が並んでいた。 はそれを見て深く溜息を付くのであったが、その溜息さえも雑音にかき消されることになる。 そして、先程から背後に気配をチラつかせていた男に振り返り目を向ける。


「何か用?」

。すまん。」


ゲンマはと目を合わせるなり、頭を軽く下げてきた。「親友に会いに来るのに用も何もないだろ。」と言う軽口を予想していたは、ゲンマの慇懃な態度に戸惑い、困惑し眉をたらす。しかし次に続いた言葉で眉を吊り上げた。


「・・・カカシさんにばらしちまった。」


店の奥に足を進めていたがピタリと静止した。


「・・・はぁ?!!」

「仕方いだろ!お前、モズクさんの件はやりすぎだったんだよ。サクモさんを思うがあまり気持ちばかり先走らせやがって!証拠隠滅を疎かにしたお前も悪いだろーが!」

ゲンマはの先を歩き、店の飲酒コーナーに入っていく。その後を小走りでが追う。


「だからって、簡単にばれるか!!」

「カカシさんがモズクさんの取調べを担当したんだよ。あの人が、気づかない訳ないだろ?書類の発行時期、能力不相応の任務、火影様の不在時に付けられた判印。 不審な点がありすぎた。証拠を持って、問い詰められたら俺がカカシさんに耐えられるわけねーだろ。」

「・・・どこまで、ばれているの?」

の意図を汲み、千本を揺らして酒瓶を眺める。


「お前が兎だとは、ばれてない。ただ、お前がアカデミーでは優秀だったこと、サクモさんの部下だったこと、 ・・・サクモさんに対して狂信的な恋心を抱いていた事はばれた。」


ゲンマが発した「狂信的な」と言う言葉に一瞬肩が揺れたが、は勤めて冷静に報告を聞いていた。


「へー。なるほど腐っても上忍ってわけか・・・。」


ばれたのがサクモへの恋慕の情だけであることに安堵を覚えたは、棚から適当な酒を取り籠に入れ始める。その言い草が気に入らなかったのか、ゲンマは眉を寄せてを諌めた。


、お前さ、そういう言い方はないと思うぜ。あの人、お前の事本当に好きなんだよ。分かってやれよ。」

「分かってるし、知ってる。でも、ゲンマも言ったよね?あの人とは関わらない方が良いって。」


何食わぬ顔をしてレジの最後尾に並び、イルカに渡された財布を出した。 籠一杯に入れられた酒瓶がカチャカチャと音を出し、ゲンマとの間にできた沈黙を埋めていた。






*****






宴も酣になった頃、イルカの腕時計の短針は20時を指していた。 帰りの遅い部下に立ったり座ったり落ち着きのない様子だ。 火影様のお酌を担当してきたが、当の酒が尽き始めていた。


「イルカ中忍―!!」


盛り上がる宴会の中、声を張り上げてこちらに向かってくる部下に安堵の溜息を零す。しかし、それも束の間、彼女の買ってきた品物を見て俺は悲鳴に似たような声を上げた。


ー!!お前、酒しかないじゃないか!つまみはどうした!つまみは!」

「えへヘ」

「えへへじゃなーい!しかもアルコール度数100%って何だ!もはや酒じゃないだろ、エタノールだろ!」

「だって、、お酒の事詳しくないし〜、むしろ苦手みたいな?」


栗毛の髪の毛をいじりながら、反省の色など一切見せずに飄々といってのけた。 ああ、火影様に失礼のないように自分が現場に残ったのだが買出しはこいつに頼むんじゃなかった。 俺は溜息をには気づかれないように吐き、袋の中から酒として振る舞えそうなものを取り出した。


、これを各机に三本ずつ配るぞ。」

「はーい。」


俺の沈痛な面持ちなどどこ吹く風、は元気よく返事をした。





*****






酒も無事に配り終わり、俺はと一緒に火影様に酒を勧めていた。 は火影様の話を聞いている振りはするものの、時間が気になるのかチラチラ腕時計に目を落としては宴会の中心部をの方を一瞥し、眉を顰めていた。火影様の空になったお猪口を見て酒瓶を取る。


「今日くらいは騒がしてやりたい所じゃが、そろそろ、近隣住民の迷惑を考えて静かにさせたほうが良いのう。」

「はい。」



と、いってはみても、気持ちよく飲んでいる人々に水を差せばどのような事になるかは目に見えている。 そして、今日この宴会に参加している者達は上忍を中心とするメンバーで、中忍の俺が諌めたところで気にも留めなさそうだ。 不安だが腹をくくるしかない。そう思って立ち上がろうと片足に力を入れるとに腕を軽く掴まれた。



「はーい、はーい、はーい!!が一肌脱いちゃうぞっ」

「って、お前、さっきも酔っ払いに絡まれていただろうが危険だから此処にいろ!」


怒鳴ってはみたが、は気にも留めず上着を脱ぎ始め、ノースリーブになった。 白い肌が露になり月夜に照らされてその艶やかさが協調される。反射的に目を逸らすが、耳と頬に熱が宿るのを感じた。



「あーーーーーーーーーー!!!アンタ、もう退院したの!悪運の強い女ね!」



大きな声を張り上げたのは、酒のせいで顔を火照らせている特別上忍のアンコさん。の事を嫌う人間は少なくはないが、ここまで露骨に絡む人も少ない。


「下忍と忍術勝負はさすがにしないけど、これだったら良いわよね。」


アンコさんは一升瓶を机の上にドンと置いた。飲み比べでもしようというのか。


「アンコさん、は幹事ですので、今日のところは勘弁してやってください。」


酒の苦手なのために俺はすかさずフォローを入れる。

・・・が、は酒を一気に飲み下していた。



「って、おいいいい!!!!」


イルカの突っ込みもむなしく、かくして、飲み比べ大会が始まり、会場は一層盛り上がってしまった。



酒を飲んで暑くなったのか、が襟元の紐を緩めると、男たちが「おお!」と歓声をあげ、彼女に惹き付けられるように周りに集まっていった。 騒ぎはとどまる事を知らず、を中心に盛り上がるばかりで気づけば野球拳まで始めていた。

意外にも飲み比べ勝負はが勝ったらしく、アンコさんは吐き気のためか木の横で蹲っていたのだった。


「誰がこれ収拾つけるんだよ。」

・・・勿論おれだよな。と自問自答するイルカであった





*****








「春には変人が増えるって言うけどこれは酷いんじゃなーいの・・・」

単独任務を終らせて、ちゃんに会うため会場に走ってみると、裸体をひけらかす輩がゴロゴロといた。 会場は静寂を保っており、この様子だと今年は近隣住民からの苦情が出なさそうだ。 しかしながら、五大国最強の木の葉の忍びたちは、俺が里にいない間に、頭が春な露出狂の集団になり下がっていた。

服は散乱しており、空瓶が辺りに放置されている。 白ブリーフ一丁になっているコテツに、ふんどし姿のガイ、胴体は上着が掛けられているものの、肢体を投げ出しているあの金髪はゲンマだろうか。 酒を浴びるほど飲んだのか、俺が近寄っても起きる気配すら見せない。ふと、一つ結びの黒髪に目を留める。



「シカクさん貴方まで、一体どうしたんですか。これは」

「いやー、と野球拳やっていたらこの有様だよ。」


トランクス姿のシカクが、むさくるしい素っ裸の男共の山を指さす。


「・・・ちゃん、どんだけジャンケンが強いのよ。」

「いや、キッチリ後出ししてたよ。ただ、皆ずいぶん酔ってたからな」

「シカクさんは素面だったんですよね?彼女に付き合って負けてあげたんですか。」

「あー、いや、そういうわけでもないんだが・・・」



歯切れの良くない返事を怪しく思うが、それよりも俺はちゃんの居場所が聞きたくて シカクさんに知らないと告げられるとその場を後にした。





「・・・敵う訳ないだろ。あいつの動体視力は化け物並みなんだから。」

シカクの呟きがカカシの耳に届く事は終になかった。





*****






誰に聞いても彼女の居場所が分からない。

パックンを呼び出そうとしたが、どうせ体臭拡散防止玉のせいで見つかりっこない。 彼女はいつも俺の手の届く所にいたから、自分が望もうと望まなくとも常に受付所にいたから少しいなくなるだけで不安になる。言い知れぬ焦燥感を抱く。 そばにいて欲しいと言う願いは兎に対してだが、いなくなると寂寞の思いを感じるのはちゃんに対してのものだった。 木の葉を一望できる火影岩に登る。 気配を探ろうと神経を尖らせた時、ふと夜空に浮かぶ丸い月に眼を奪われた。純粋に美しいと思った。



何故、人は月を愛でるのか。

何故、人は月に思い焦がれるのか。



以前兎は月の傍にいたいと願った。その象徴として兎面を被った。あの時既に兎には愛する人がいたのかもしれない。



兎と一緒に月を見たとき、父を思い出したのを今でも覚えている。 果たして銀色に輝く月に引かれたのは兎だけではなかった。 20年前の写真、父の隣にいたちゃんはそれはもう幸せそうで、俺の見た事のない表情をしていた。 虫も殺しそうにない彼女が、モズクさんを辞任に追い詰めるほどだ。至極愛していたのだろう。いや、きっと今でも愛しているのだろう。

俺の足は月の光に導かれるように、とある方向に向かっていった。 彼女に、至極会いたかったけれど、そこには絶対いて欲しくなかった。

父の墓石の前、ちゃんはいた。







日に当たらないためか、墓場のサクラはまだ蕾のままで五部咲きにも満たないほどであった。 周りの道や建物は文字通り桜色に染まっていると言うのに、此処はいつも黒い闇。 変化を知らない場所だと思う。

人気はなく、ちゃんの寝息だけが耳に届く。 近くによると、泣いていたのだろうか、その頬にはうっすらと涙の跡が見えた。


「センニチコウはちゃんが毎年飾ってくれていたんだーね」


目を開けて欲しいと思う。でも目を開けたところで、彼女の瞳に映るのは俺じゃない。 月しかその瞳に写せないのならば、いっそ目を開けないでいて欲しいと思う。 月明かりを眩しく感じたのは今日が初めてだ。

月の光を浴びる彼女の寝顔が、嘗ての兎と重なる。

俺は口布を外し、相手に気づかれないよう、触れるだけの口付けを落とした。





先に進まない臆病者と目を開けない卑怯者
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