兎シリーズ

兎シリーズ★外伝


潜入任務の構想を練っていたカカシは膨大な資料を持って、暗部の待機所に向っていた。待機所は、普段人の出入りが無く、静かで作戦を立てるのに、適した場所だったからだ。

ドアを開けると、コーヒーとタバコのにおいが充満し視界は煙に遮られており、カカシは手探りで換気扇のボタンを押した。白い煙が透明度を増す頃、床に寝そべって、煎餅を食べながら雑誌を読んでる『赤い目の兎』を発見した(どこの主婦だ)

一応、兎の方が、暗部歴が長いのでカカシの先輩に当たるわけで、挨拶はまず彼からすることが常であった。初日から喧嘩を吹っかけられた人間に好意を持つほど、カカシの心は広くもなく、また虐められて楽しいと感じる性癖もなかったため、彼は彼女のことを酷く嫌っていた。


彼女とは、内心関わりたくもなければ、話したくも無いと思っていたが、
公私を混同するわけにもいかず、しぶしぶ頭を下げるのであった。


「おはようございます」

「なぁ、チンチクリン、お前、童貞だろ」

「・・・」


顔を雑誌から離さずに、彼女は開口一番そんな事を言ってきた。いつも、突拍子も無いことを言っては人を不愉快にする彼女だが、今日はいつも以上に酷い。一般人なら、軽くトラウマになりそうだ。カカシは眩暈に襲われた。


「年は17だっけ?任務と修行に明け暮れて、むさい男どもに囲まれてたんだ。まだ童貞だよな?」


雑誌を片付けて、カカシを下から上へと嘗め回すように見ると、くくくと喉をならしながら笑った。








こういうのを、なんていうんだっけ。
あー、あれだセクハラだ。

訴えていいよね?
これって、犯罪だよね?


イタイケナ少年の心を踏みにじった罪で彼女は死刑になるべきである。
ちっぽけな犯罪でも、人を不幸にするのは十分だ。


「隊長―、童貞がきましたよー!」


彼女は大声で叫ぶと、奥の扉が開いて暗部総隊長が顔を出した。なんだ、君やっぱ童貞だったのか、と面の口から器用にタバコをふかして歩いてくる。


・・・とにかく、童貞と三回もいった彼女は、わいせつ罪で木の葉警務部隊に逮捕してもらうべきだった。

なにやってるんだ。うちは一族!仕事しろ、仕事。この女を早く始末してくれ。














資料を広げた机の上に、総隊長は灰皿を置き、カカシが持っていた紙を取り上げて、タバコを灰皿に押し付けた。


「潜入任務、君には色を使ってもらうかもしれないから、童貞は捨てようね。」


カカシが息を飲むと、兎がブッとふき、腹を抱えて爆笑する。殺気を飛ばして睨んでも、動じることの無い彼女を見て、舌打ちし、カカシは資料に目を向けた。


「それは俺の能力不足のためですか?」

「君は、優秀な忍びだ。色仕掛けを掛けられる恐れもあるからね。女を知っておいたほうが良いんだよ」

「隊長―。チンチクリンごときにお世辞を言わなくても良いんですよ。
 ズバッと、言っちゃってくださいよ。弱いから色の任務に就け!って」

「兎、お前、殺されたくないなら、黙ったほうが良い。俺は短気なんだ。」

「あぁ?お前、誰に向って口を聞いてんだ?」

「次に『童貞』って口に出してみろ。その口二度と開かなくしてやる。」


ピリッと、張り詰めた空気が室内を包むと、カカシが数枚の手裏剣を兎に投げつけてきた。兎はそれをクナイで弾くと、瞬身でカカシの背後に回り印を組み、振り返ったカカシの腹部にチャクラを溜めた拳を当てる。

壁まで飛ばされたカカシは、ドッと鈍い音をたてて、横たわった。
馬鹿め、と兎が吐き出した瞬間、頭上でキーンと金属がかち合う音がした。







「総隊長!一度、殺らせてください」

「いや、あのね一度やったら、人生終わりだろ?」


兎が天井に目を向けると、カカシと総隊長がクナイを交し合っていた。彼女はすぐ総隊長に加勢しようとするが、総隊長はそれを阻止するため、二人の体を土遁の術で動けなくした。


「二人とも落ち着いて。ね?」


カカシは、未だ兎を睨んでいたが、兎はもう興味を失ったのか、欠伸をした。隊長が溜息をついて再度口を開いた。


「とりあえず、カカシ君、恋人とかいないわけ?」

「いません。好きな人間もいません」

「うわ、寂しいこというね。僕、カカシ君の将来が心配だよ」


カカシが冷めた目で隊長を見据えると、彼はごまかすように咳払いをして話を進めた。



「あー、じゃあ、要望とかある?相手は暗部の女になるけど、僕が見繕うから」


「俺、女にリードされんの嫌なんで、処女が良いです」

カカシのその言葉を聞いた兎はブッとふきだし、今度は目じりに涙を滲ませて笑出だした。


「隊長!傑作ですよー!コイツ、処女とやりたいって!マジ、馬鹿だー!!
 処女と童貞なんて最悪のカップリングだし!頭わるー!」


ひーひー笑い、カカシを馬鹿にした。もし、カカシが自由の身であったら、彼女は生きてはいなかっただろう。 隊長は、ポーチからメモ帳を取り出すと、ペラペラ項を捲って、唸った。


「カカシ君、処女が、いいんだね?」

「はい、それ以外は嫌です。」


土遁の術を解いて背中を伸ばしている兎を、睨みつけて、カカシは言った。
兎は一頻り笑い終えると、我関せずというようにあぐらをかき雑誌を手に取り寛ぎ始めた。暗部の仕事はやりがいがあるし、力も着く。けれど、この女の下で働き続けなくてはいけないと考えると、デメリットの方が何倍も大きくなるように感じられた。


精神的苦痛を感じる。マジで。




「んー、実は、暗部の処女って一人しかいないんだよね。・・・ま、いっか」



隊長がメモ帳を見ながら、なにげなく呟くと、小指で耳垢の掃除をしていた兎が、ピタっと、動作を止めた。そして、ギギギと油の切れた機械のように首を回し、カカシをちらりと見てから隊長を見上げた。


「・・・隊長?」

「ん?兎、どうした?」

「純粋な乙女に性教育なんて、そんな犯罪染みた事して許されると思ってんですか?私が許しません。月に代わってお仕置きしますよ?」

「大丈夫だって」

「大丈夫じゃないです。私はベテランの人が良いです。下手糞な初心者はマジお断りです」


兎と隊長のやりとりをみていたカカシは酷く動揺した。


「・・・兎。お前、まさか処女!?」



口にして、疑問が確信に変る。先日、年齢を尋ねたとき、コイツは50代だとのたまっていたが、あれは嘘だったのか?いや、50代の処女かもしれない。この性格だから、それはあり得る。


しかし、とにかく問題はそこではない。



「人を散々馬鹿にしといて、お前処女だったのか!!」


コレが問題だ!



「黙れ。セクハラで訴えるぞ、コラ」


隊長は頭をかいてから、カカシの自由を奪っていた土遁の術を解いた。


「潜入任務は来週だから、それまでには済ましといてけよー」


そういうと、二人が何かを言う前に、ボフンと瞬身で姿を消した。重い沈黙が、二人を包み、それに耐え切れなくなったカカシが資料を片付ける。隊長の命令は絶対で、二人は頷くしかない。


カカシは男だから、そういうものに特別な感情を抱いていないが、
彼女にとっては違うかもしれない、そう考えて罪悪感が彼の心を襲った。


「兎、やっぱ・・・」



ガンガンガンと、兎がゴミ箱を蹴りだし、カカシの言葉は遮られた。全ての窓を素手で割り、ドアを蹴り壊し、ソファを燃やして、待機所の壁を半壊した所で、ようやく兎の動きが止まった。

傍観していたカカシに近づいて、口を開いた。



「・・・チンチクリン。
 お前、ハウツー本買って、ちゃんと勉強しろよ。下手なことしたらどうなるか、分かってんだろーな?」




人を射殺すような目で兎が、カカシの首に人差し指をあてた。 



従わなかったら殺すという顔だった。




あれは、S級ランクに相当する任務だったと、後にカカシは語ることになる。



















因みに、カカシが、イチャパラを買い始めたのは丁度この時期であった。


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