有為転変

23 / 阿鼻叫喚



神は死んだ。


人間は、生きる道標を失った。


あらゆる秩序は乱れ、世界は無法地帯になった。













A級首の盗賊集団、幻影旅団。ついこの前までは野党と評されていたこの組織も、
今では世界にその名を轟かせ、人々に恐怖と絶望を与えている。シャルナークも、その団員の一人だった。




「クロロも好きだよねー。俺にはガラクタにしか見えないけど」



クロロとマチと俺は、珍しく寂れた美術館に来ていた。目的は盗みでも物色でもなく、ただの暇つぶし。なんで、芸術の理解も無いのに、のこのこ付いてきたかと言うと、俺も暇だったからだ。多分マチもそうだろう。







芸術と言うのは、どんな優れたものでも評価されなければ、ゴミでしかないし、 逆にゴミのようなものでも評価されさえすれば、天下一品の最高級品になる。(人の目を惹く作品が凄いのではなく、その作品をプロデュースした奴が凄いのだ。)


だから、極論を言えば、全部ガラクタだ。と、いうか、俺にとってはゴミ以下だった。
それでも、盗みを続けるのは、それに価値を見出す人間がいるからで・・・いや、もう遊び半分で盗んでいる所もあるな。うん、まあ、あれだよ。人のものを奪う行為が楽しくて仕方が無いんだ。








そして、今、俺がいる美術館にある作品は「評価されていない」ものだから、興味の対象にはならなかったし、俺はクロロやマチのようにじっくり作品を観察して情緒を楽しむなんて気 さらさら無かったから、美術館の最奥にあるラウンジの椅子に腰掛けることを目的として歩を進めた。





休日だと言うのに人気が全く無く、晴天だというのに館内はやけに薄暗かった。 ラウンジに着くと、どうやら先客がいたようで、赤毛の男が長いベンチに腰をかけていた。






「こんにちは、隣良いかな?」




とりあえず、いつものように気さくな笑顔を貼り付けて、後ろから声をかけてみた。 胡散臭いと仲間からは定評があるが、これはもう習慣だった。けれど、いつまで経っても男からは返事が無く、俺はそのまま椅子に座った。5人用の長椅子だ。彼が真ん中に座っているから腰掛けづらいが、端のほうに腰を据えたから、文句は言われないだろう。


文句を言われた場合は、ここの館長には悪いが、ラウンジが血の海になるのは避けられない。俺は意外と短気なんだ。




そんなことを思いながらも、ついに彼は俺に文句を言うことが無かった。


俺は暇で暇で仕方が無かった。ふと、目の前に大きな肖像画があることに気が付いた。
絵の中で、黒目黒髪の扁平な顔をした女性がこちらを見て微笑んでいる。 俺としては、ボンキュッボンの金髪女性の、できればエロティックな奴を希望したかった。平凡な女性の絵は見る者を退屈にさせるだけだ。



期待はずれだなと(いや、そもそも、期待もしていなかったけれど)、思い、 溜息をついて、やっぱり暇で仕方ないから、隣の男を観察した。



光沢のある靴に、降ろしたての様にパリッと糊の利いたYシャツ、高級感を漂わせる灰色のスーツ、 微かな香水の香りから、彼を上流社会の男と判別するに時間はかからなかった。 燃えるような赤い髪が白い肌を覆い長い睫が切れ長の目を囲う。




「・・・え」




目元まで見て、初めて、俺は彼が頬を濡らしていることを知った。彼は音を一切立てず、目の前の絵を見ながらただ静かに涙を流していた。




俺は、再度絵を見た。
特筆すべき点はなかった。どこにでもあるような、そんな絵だった。






後ろから馴染み深い気配がしたので、立ち上がって振り返った。退屈しのぎにもならない場所にいても何ら得は無いから、早く帰りたいと思ったのだ。





「・・・え」


クロロがポロと涙を零したのだ。その目は俺の後ろにある絵画に向けられていた。驚いて、声をかけようとしたが、クロロの後ろにいたマチを見て、更に驚いた。 彼女は柄にも無く、口に両手を添えて目を潤ませていた。






・・・え。何これ。




俺は絵と、涙を流している3人を交互に見て、首を傾げた。

なんだ、この絵からは人の涙腺を緩ます電波が出ているのだろうか?

それとも、大の大人三人が寄ってたかって、泣くほど価値のある絵画なのだろうか?

夢でも見ているように、時が止まり、静寂が流れた。



絵の下にある説明書きを見てみたが、作者は無名だ。 この肖像画の女性は、ここらで規模が大きく有名なNPO法人の創設者らしい。インターネットの躍進やボランティア活動の仕組みを作ったその功績を認められて、その死後にはノーブル賞が贈られたらしい。(あ、ノーブル賞って、あれだよ、偉い人に贈られる賞のことね。・・・ってか、10年前に死んでるんだ)






「これ、もって帰るの?」




そう、赤毛の男には聞こえないようにクロロに聞いた。 俺には分からない価値と言うものがあるのかもしれないと思い至り、そんな感動したなら盗めば良いと進言してみたのだ。

が、意外にも否定の言葉が返ってきた。 そんなもの欲しそうな目をしてないで、さっさと奪えば良いのに。だって、俺たちは盗賊なんだから。
欲しいものは全て手に入れれば良いんだ。そう、思って、再び絵画に目を向ける。






じっくり見てみると、この黒目黒髪を持つ、扁平な顔に覚えがあることを知る。










「・・・ああ、この人、昔俺がパソコンパクった人にソックリだ」




この言葉を発した直後、3人に殺気を向けられた。俺はこの時、生まれて初めて死を身近に感じたのだった。







翌日から、旅団の活動の中に慈善活動が入ることとなったが、その真意は誰にも分からない。分からないけれど、団長の決定は絶対だったし、別に拒絶する理由も無かったから皆従ったんだ。
























狂気の人は彼等の中に飛びこみ、鋭い目つきで睨みつけた。


「神が何処へ行ったかって?」と彼は叫んだ、


「お前たちに言ってやろう。我々が神を殺したのだ─お前たちと俺が!我々はみんな神の殺害者だ。 だが、どうしてそんなことができたのだ?地球を太陽から切り離すようなことをどうしてやってしまったのか? 我々はどっちへ動いているのか?我々は無限の虚無の中をさ迷って行くのではないか?寒くなってきたのではないか? 絶えず夜が、ますます暗い夜がやって来るのではないか?真昼間から提灯をつけなければならないのではないか?神を埋葬する墓掘り人たちの騒ぎは未だ聞こえてこないか?神の腐る匂いが未だしてこないか?」





─神は死んだ。





神は死んだままだ。












(ニーチェ)


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