まさか、生きているとは思わなかった。黒目黒髪の平らな顔をした少女はつい先日、ホテルの火災によって死亡した筈だった。エレベーターが重量オーバーの鐘を鳴らした時、その場にいた誰もがいさかいを覚悟した。荷物やペットを持ち込んでいた人間も少なくなかったので、本来ならば彼らが真っ先に非難されていたに違いない。火の回りは速い。無駄な争いは避けたかった。けれども人は往々にして利己的だ。
ブザーがなった瞬間、ぴりりと緊張が走った。面倒に思った私は、いっそのこと全員その場で始末しようと懐のナイフをとったのだった。しかし、その時、少女は、今は何故か大きくなって女性に戻っているが、彼女は自らエレベーターを降りたのだ。自然な動作で『閉』のボタンを押し、当たり前のように足を引っ込めた。
エレベーターが下に降りていく間、誰も口を開かなかった。自分たちの潜在的な傲慢さと呆れるほどの強欲を自覚させられたのだろう。最上階から一回まで降りたエレベーターが再度最上階まで上るまでに、火はホテルを焼き尽くすだろう。彼女の死は確定していた。一人の客がこう言った。
「神よ。どうか罪深き私たちをお許しください」
許される必要はないと、思った。彼女が勝手に取った行動に責任や負い目を感じる必要はないと、そう思った。けれど、クロロが彼女を連れてきた時、私は確かに胸が軽くなったような感覚を抱いた。許されたような気がした。
許されることなんて望んでなかったはずなのに
「ボクの本当の占いでは団長との対決はおそらく火曜の筈で、しかも対談する時はもう団員は半分人会っている筈だったんだよ、運命は少しずつだけどズレてきてる★」
それでも、お前の運命は変わらないと、ヒソカの目は語っていた。私は自分が死ぬことになっても、旅団のメンバーに何が起こったのか知らせるつもりだった。そう、彼は全てお見通しなのだろう。そして、今回、目的こそ果たせなかったものの、彼の計画通りことは進んだ。茶番劇の主催者はあの緋の目の少年ではなく、この男だったのだ。まんまと彼の策略に嵌ったクロロ及び蜘蛛全体に非がある。シャルナークとクロロに対する厚い信頼を理由にリスクヘッジを怠ってきた。
「さよなら」
クスクスと笑いながら私に背を向けたヒソカは、どこから取り出したのか傘をの上に差し出した。飛行船を降りると、雨がまた降り出していた。気にしなかった。雨の中、私を待っている仲間がいる。共に、人生を歩んできたかけがいのない仲間がいる。頭を失うかもしれないと不安に思っているだろう彼らの気持ちを少しでも楽にしてやりたい。
多くの人を手にかけてきた。多くの人を不幸にした。けれど、後悔の念も罪悪感もない。私は、笑って「良い人生」だったと言える。それを他の誰でもなく仲間が理解してくれれば良い。
「、君の目的の青年に合わせてあげるよ。明日の正午に会う約束を取り付けた」
「え?」
彼が具体的な時間と場所を指示したので、私は驚いた。やはり、手違いだったのだ。当たり前だ。あの子が目の前にいる人物と同じはずがない。けれど、私は抱いた違和感をぬぐいきれなかった。彼のメリットはどこにあるのか、それさえ分かれば、不安は拭えるはずだけれど、それが全く分からなかったから困った。でも、「ヒソカ」に会うという選択肢は外せないものだから頷いたのだ。
「その前に、旅団の皆さんに『挨拶』させて下さい」
「平和的解決策があるんです」
事の成り行きを説明する女性を見てノブナガは顔を引き攣らせた。両脇にゾルディック家長男とヒソカを携え、その後ろには銀糸を引く、マチがいる。物騒なもん携えて、何が平和的解決だ!完全武装して平和を説くな!
「か、簡単なことですよね?除念師はすぐに見つかります。少し待つだけで、貴方たちは一切の傷を負えずにもとの集団に戻ることができるんです」なんなんだ。口を震わせて俺たちを青ざめて向かいあっているが、こっちこそ青ざめたい。もはや脅し以外のなんでもなかった。この時の彼女を見て、そう評したのはノブナガだった。
「貴方たちに選択肢は無いはずです。私が提案したのは二択です。私の言葉を信じて、パクノダさんを生かすか。私の言葉を信じずにパクノダさんを殺すか。この二つ。そして、私が説明した後に、後者の選択は取りづらくなってしまった。何故なら、貴方たちが前者の最善の選択があるのにもかかわらず、後者の選択をとってしまった場合、必ず後悔するからです」
知っていることと、知らないことでは、苦痛は違う。不確かな真実だろうと情報を掴んでいて過ちを犯してしまうことと、知らずに過ちを犯してしまうことでは、全く話は違う。更なる情報を集めなかった怠慢だから、仕方が無かったと、諦めきれない。言い訳がきかないのだ。
一般的には、ね。そう、一般的に。
「パクノダさんは貴方たちの創設期からの仲間でしたよね?私は、断言します。貴方たちが、パクノダさんを救えた道があったのにその道を選ばなかったら後悔することを。私の話を聞いてしまった時点で、もう貴方たちに選択肢は残されていないんです」
んな、わけは、勿論ない。
選択肢なんて増やそうと思えば、いくらでも増やせるし、団長を切り捨てようとした集団だ。パクノダを殺してしまったからといって、深く後悔するかどうかなんて分からないし、深く後悔したとしても、それはそれとして割り切ることができるくらいに、彼らは獣道を歩いている。説得は無謀かと思えた。
特にフェイタンとフィンクスが問題だ。この人たちを制さなければいけない。えっと、どうしよう。考えが行き詰って、頭を抱えたい衝動にかられたその時だった。フェイタンが口を開いた。
「私は信じるね」
「はあ?」
「何ね?」
いやいや、それはこっちの台詞ですよ!一体どういう風の吹き回し?やばい、明日は地球最後の日かもしれない。アルマゲドンだ。アルマゲドン。雪とか生易しいものじゃなくて、確実に巨大隕石が降ってくる。もし明日が地球最後の日だったら何をしますか?イケメンと過ごす。あ、私、全然こりてないな。
「団長やシャルの話を聞いていた時、お前だけが私と同じ思いを共有してた。それで、それが正しかた」
・・・よし、ぶっちゃけ、よく分からないけど奇跡的にフェイタン制覇!
あとは、フィンクスか。どうしようかと思案していると、ヒソカが足を一歩前に出した。
「クロロの復帰はボクが保障しよう★」
「お前の言うことなんか信じられるか!この外道が!」
「酷いな★」
「こっちは現に一人死んでる。鎖野郎を許せる訳ねーだろ!」
先に手を出したのは、貴方たちですよ。と言ったら、たぶん、だから何だと返ってくる。それに傷つけられたことを理由にして、相手を傷つけ返すやり方を良しとしたら、彼ら自身にも正当性を与えてしまうことになる。あー、面倒だよ。どうしよう。泥沼だ!歴史認識とか領土問題とか、外務省って本当すごいな、こういう面倒な話し合いを何十年も様々な国と続けてるんだろうな。・・・おっと、やめよう現実逃避。悪習だ。
「あのですね。その、ウボ「おー!いたいた!!探すのに手間取ったぞ!」
後ろから聞こえてきた大声に、私は肩を震わせた。振り返らなくとも分かった。ウボォーギンだ。
・・・やべえ。
記憶が正しければ、確か私、彼を土の中に入れたまま放置してたよ。襲われたらどうしよう。イ、イルミ君に助けてもらおう。うん。それがいい。とりあえず、ここは穏便にフレンドリーに素早く適切に謝ってしまおう。OK。
「あ!ウボォーギンさん!お久しぶりです!いやー、先日は色々ご迷惑をおかけいたしましたね。ははは」
やばい。テンション上げすぎたかもしれない。落ち着け、自分。ペースダウン、ペースダウン。ひっひふー
「ん?お前、・・・何で大きくなってるんだ?」
ウボォーギンは大きくなった私を誰だかすぐに理解できたらしい。イルミ君は10年間の、クロロは16年間のブランクがあったのに比べて、最近会った人たちは1週間しか離れていなかったんだ。記憶が鮮明な分、意外と分かりやすいのかもしれない。
「あれから色々ありまして、おかげさまで無事もとの体に戻れました」
「よく分かんないけど良かったな!」
ガハハハハと豪快に笑いながら、私の背中を叩いてくるウボォーギンだが、たぶんこれ普通の人だったら肋骨が折れて死んでる。私でも一歩間違えれば口から胃が出てしまいそうだった。
周りを見てみれば、皆唖然とした表情をしていたが、彼がクラピカに殺されそうになった所を私に助けられたと、やや事実と違うものだが、そう説明すると、それまでその場を支配していた緊張感が一気に和らいだ。ノブナガは目尻に涙を浮かばせて、ウボォーギンの肩を抱いて、フェイタンやフィンクスも彼の傍にかけよった。
「馬鹿野郎!心配かけやがって!」泣きながらウボォーギンとの再会を喜ぶ彼らを、私は輪の外から眺めていた。マチとシャルナークも、パクノダも皆笑っていた。あ、ボノレフの表情はちょっと良くわからなかったけど。仲間が帰ってきたと、皆幸せそうに再会を喜んでいてとても暖かい気持ちになった。
同時にその光景を見ていて
傲慢な大人たちが作った世界の、被害者だったあの子を思い出した。
それから、そんな大人たちに牙を剥き、加害者になったあの子の笑顔が浮かんだ。
パクノダとウボォーギンは、これからも多くの人を傷つけるのだろう。仲間を失わずに済んだ蜘蛛は更に活動的になることだろう。そんなことを漠然と思った。
人殺しを許す慈悲は、人殺しを育てるに等しい。(シェイクスピア)