困難なことは? 自分自身を知ること。
容易なことは? 他人に忠告すること。 (タレス)
クラピカに言った言葉は、パクノダが死なずに済んで初めて「本当のこと」になる。だから、その場に残ったのだ。けれども、今回ばかりは好奇心が全く無かったとは言えなかった。クロロとヒソカに、飛行船に乗っているよう薦められて足を向けた私だったけれど、次に待ち構えるイベントを見逃してしまってもいいものかと考え直し、すぐに踵を返した。
「ずっと、待ってたよ、この時を★」
そう、イベントとはあれだ。ヒソカが、自身が蜘蛛の一員でないとクロロに言い、さしで戦うことを迫る奴。クラピカによって念を使うことを封じられたため、彼が計画を中断し延長せざるを得ない状況に至るあの場面だ。
言わずもがな、HUNTER×HUNTERの名場面の一つだ。今まで散々見逃してきた原作沿いのシーン。しかも、クロロとヒソカが対峙しているのにもかかわらず、血が流れないという安全でかなりお得なシーンである。唯一、安心して見ていられる貴重なギャグシーンの再現に、胸が期待で膨らむ。
「さあ、やろう★」
いつもは保身のため、逃げ場を求める私だけれど、今回は好奇心に勝てずにその場に留まった。それに、ここは高い丘の上で逃げ場なんて飛行船しかないし、中ではパクノダさんが追い詰められた顔して椅子に座っているのだ。
彼女はそこで仲間の為に自分を捨てる決心をしなくてはならない。どう行動すべきか深く考え、答えを導き出すというプロセスは決して無視してはいけない重要なものだ。クラピカに彼が原因で死んだ旅団はいないと言った手前、彼女を助けようと思っているが、彼女が深く考えることにより、一度自身の人生を振り返り、仲間がどんなにかけがいのない大事な存在であるかを知り、そして、できれば今まで傷つけてきた人々にもそのような存在がいたことまで気付いてくれればと、思った。
それは、さておき、
私は予めミルキ君に借りてポケットにしまってあったカメラを取り出す。「ヒソカの阿呆面ゲットだぜ。計画」に抜かりは無かった。フラッシュが出ず、しかも音も出さないこのカメラは最新技術を駆使して作られたものだった(盗撮用とも言う)
ヒソカが上着を脱いで、「ドッキリテクスチャー」で作った旅団のタトゥーを剥がし、クロロが余裕の笑みを零し、念を使えないことを話す。そして、ヒソカはショックを受けて、やばいデフォルメになるのだが、うわ、実写版だとどんな感じになるんだろう。楽しみだ。
シャッターチャンスは一度きり、頑張れ、私!
「ボクが入団したのは、いや、入ったと見せかけたのは、まさに、この瞬間のため」
言った!決まった!完全な傍観者になりきって、ごくりと喉を鳴らし、拳を強く握る。ヒソカが上着を掴んだ。彼の水色の綺麗な髪が風に靡く。カメラを構えるため、足を動かすと砂利が音を立てた。
その音に反応してヒソカが急に振り返った。
驚いた私は慌ててカメラを仕舞ったが、たぶんバレバレだ。彼は私と目が合うと、上着にかけていた手を下ろし、私に飛行船に乗るよう目配せしてきた。勿論、断りたかったが、クロロを殺せると興奮していて正常な判断ができない彼の前でそんなことしたら、天国の両親とめでたく再会してしまいそうなのでやめておいた。まあ、私が知っている限りでは、彼が正常な判断をしたことなんて無かったけれど。
しぶしぶ飛行船に向けて歩き出すと、彼が睨み付けてきたのでキビキビと足を動かした。殺気を放つわけでもない目はあまり恐怖心をあおるものではなく、どちらかというと窘めるようなもので、前日と全く違う様子の彼に驚きを隠せなかった。本当、気まぐれだな。コイツ。
そんなことを考えながら、飛行船に片足をかけるが、やっぱり少し気になって、振り返ってみる。振り返ったと同時に見えた光景に一瞬目を疑った。ヒソカが、大量のトランプを具現化していたからだ。
ブワリと全身に鳥肌が立った。
反射的に拳を地面に叩きつけた。
ドガガガガと、けたたましい音が辺りを支配し、地面にヒビが入って丘に深い谷が作られると、同時に私は追い風に乗って走り、谷に落ちないようクロロをヒソカがいない方の丘に移動した。
白い砂埃が舞い上がり、私は少しむせたが、それどころじゃない。
なんで!?どうして!?原作と違うし!!
ヒソカ、貴方、服脱いで「蜘蛛じゃないよ★」って言うシーン抜かしてるから!!
今、クロロ、私よりも弱いからね!トランプなんか投げつけたら一発でお陀仏だからね!ちょっ、順序良くやんなさい!
「なんでクロロを庇うんだい?」
おいおい、雲行きが怪しくなってきたよ。これの、どこが「安心して見ていられる貴重なギャグシーン」なわけ!? あ、そう言ったのは私か。そんなことを思っていると、クロロが私を庇うように前に立った。
「あまりボクを怒らせないでくれ」
いやいや、クロロさん!?
何、前に立って庇うポーズとっちゃってんの!!
貴方、今、この谷から突き落としても、普通に死ねちゃうんですよ!百均の灰皿とか、牛乳瓶とか、そんなものでもぶつけられてもポックリ逝けちゃうほど、一般人なんですよ!!
ってか、私が素手で殺せちゃう程弱いんですからね!
今、自分がクリリン並みに弱いって自覚持って!
そりゃ、確かに相手は将来的に悪役を引退して、脇役兼雑魚キャラになっちゃうピッコロ的存在だけど、それでもクリリンより強いから!!クリリンじゃ、ピッコロには太刀打ちできないよ!
「ストップ、ちょ、タンマ!!待って、ヒソカ!!」
自分より明らかに弱い人間がいる。そう思うと、それを守ろうと努力し強くなる人間がいるらしい。私はその典型だと思った。今まで、何があってもビクビクしているしかなかった私も、クロロを守るためしっかりしないといけないと思い、言葉がスラスラ出てくる。後から考えれば、
それだけが、理由では無かった気もしたけれど。
「今、彼と戦っても勝負にならないからやめときなさい!」
私はそのままヒソカに対して、クロロが念を使えなくなったことを説明した。すっごい間抜け面とういうか、阿呆面、あ、同じか、とりあえず唖然とした表情をした彼は肩を落とした。その様子が、あの子と重なって、少し、そう少しだけ自分の頬の筋肉が緩んだ。それに気付き、私はすぐに口元を引き締めた。
それから、私はクロロに声をかけて、『聖書』が必要なくなったことを言った。もとの世界に戻るつもりはもうなくなっていた。
「クラピカさんは、貴方に旅員との会話及び接触を絶たせ、念能力の使用も禁止しました。拠り所にしていたものを奪われる苦しみを貴方に味わって欲しいと思ったんでしょう」
「愚かだな。俺が苦しむ筈無い」
「そうでしょうね。貴方たちは強い絆で結ばれていて、その絆を自覚できるくらいには大人ですから」
「クロロさん。クラピカさんは、まだ17歳です。貴方たちに一族が襲われたのはとても幼い時でした。彼は、たった一人で重い過去を背負うことになってしまった。共有できない苦しみは何よりも辛い。耐え難い孤独を強いられたことでしょう」
「酷い判官贔屓だな」
「反省して下さい。貴方はあまりにも多くの人を不幸しすぎました。少しの思いやりと、関心を」
「貴方が傍にいてくれるなら、考えなくもない」
私は首を横に振った。勿論、彼に殺される可能性が無くなったからだ。
「16年前、私は貴方に、次はない、と言った筈です。私は貴方のしたことを認めることはできません」
そこで言葉をきった時、ヒソカが肩を揺らしたが、私は気にせず話を続けた。
「それに、クロロさん、貴方の傍にいるべき人は私ではありません」
「貴方が念能力者でなかったら、今、念が使えていたら、力ずくで引き止めていたんだけどな。」
にっこり笑ったクロロの整った顔を見てトキめいてしまった私は咳払いをした。そして、多少惜しい気もしたけれど、涙を呑んで彼に別れを告げた。イケメン好きもそろそろ卒業しよう。人間、中身が大事だよ。うん。
「いずれにせよ、近いうちに俺は貴方を隣に置くよ」
真剣な顔をしてそう告げるクロロを私はまじまじと見た。イケメンにそこまで言われれば、悪い気はしない。例え、相手がどんなに傲慢な態度で、呆れるほど自己中心的なものの考えをしていて、少し頭の悪そうな発言をしていたとしても、だ。
ぼーとクロロを見ていた私をヒソカは引きずるようにして飛行船に乗せた。
あー、・・・本当ストライクゾーンだったのに。せめて、一度くらい・・・。もとの体にも戻れたし・・・、いやいや、『クロロ=ルシルフル』はやっぱりちょっと無理か。せめて、カイトさんのポジションくらいにいないと原作キャラには、ちょっと怖くて付いていけない。ってか、強盗殺人犯は問題外だ。でも、顔が、顔が。
多少どころじゃない。実は未練たらたらだった。
それでも、彼を置いて飛行船に乗ったのは、自分の居場所がどこであるか、彼の居場所がどこであるか、漠然とだけれど理解していたからだった。