洞窟の中央、涙をほろほろと流し、うな垂れている赤毛の女が一人、その後ろで腕を組んで仁王立ちをしている飛段がいた。周りには、鬼鮫と角都が女の顔を見にきていて、少し距離をおいたソファーの上、は我関せずというように鏡の前で枝毛を切っていた。
「どうだ!俺のセンスは最高だろ!教養も品も色気もある女だ!」
ペインがとイタチの、ただならぬ関係(誤解)を聞きつけ、家政婦の交代を飛段に命じたのがきっかけだった。あれから二ヶ月が当に過ぎていたが。
飛段は、を連れてきた鬼鮫に対抗するかのように、全く反対の女を調達し、満足げである。これを見て面白くないのは、鬼鮫であった。まるで、自分の能力が低いばかりに新しい家政婦を雇うためになったような言い方をされたので、幾分か腹も立っていた。
「家政婦なんて、最低限の仕事さえできれば良いんですよ。教養はない方が暁にとっては好ましいですし、第一、気品があって人に仕えることができますか?それに、色気があってどうするんです?また、誰かが手を付ければ、の二の舞になりますよ」
「ごちゃごちゃ、うるせーな!!鬼鮫!お前悔しいんだろー!俺のほうが良い女連れてきたから、悔しいんだろー!」
「その言葉遣いどうにかなさった方が良いですよ。私の堪忍袋は意外と切れやすいんです」
「低レベルな争いをするな。飛段、この女、どこから連れてきた?」
「ふふん。聞いて驚くなよ。こいつは、草の里の受付嬢だ!名前はアン。木の葉のそれと違って、美人だろー」
飛段は女の髪を掴んで、顔を上げさせて鬼鮫と角都に見せびらかすが、鬼鮫は外見だけならの方が勝っていると言い、角都も繁華街にいけば普通にいるレベルだと言い放った。
それを聞いた女が悔しさのためか一層俯いて泣き出した。くしで髪を研いでいたは、遠くからでも話の内容が聞こえたのであろう、近くに寄ってきて飛段に向かって吠えた。
「ひっどーい!だって超イケテルのにっ!!プンプンビーム!」
「プンプンビームって、なんだ!人語を操れ!」
飛段がの額を軽く叩くと、は額を押さえて大げさに床にのた打ち回った。そこで、赤毛の女、つまり、草の里の受付嬢と初めて目が合った。
「・・・あなた、見覚えがありますわ」
そう、アンが呟くと、に視線が集中するが身に覚えのない彼女は首を横に振ったのだった 。
は内心冷汗を流した。
アンという女とは、これが本当に初対面だった。面を着けないでいる時に出会った忍びの顔は覚えている。襲われる可能性が高いから、決して忘れないのに・・・、なんだこの女。
「・・・つい最近ですわ。・・・どこだったかしら」
おい、嘘つくなよ。赤毛!疑われるだろーが!!そういうの心の叫びは彼女に届かない。
「ビンゴブックかしら?」
いや、ビンゴブックに載ってないから。私、そんなヘマしないから!(カカシも含む)
「ああ!思い出しましたわ!貴女、草陰様を誑かした木の葉の下忍!ね!」
「はたけです」
「そんな見え透いた嘘通用しませんことよ!はたけなんて苗字、つける親なんてどこにいるとおっしゃるの?」
「苗字って、親がつけるもんなのか?」
「いや、昔、教会や寺の僧侶が付けたんだ。」
因みに邪心教では、個人を尊重するからそんなことはしない等と飛段が雑学をひけらかすが、角都が確認したかったのはそんなことではなく、常識の話だった。
「こんな所で、お会いできるなんて夢にも思ってませんでしたわ。『木の葉の妖精』、あら、兎?・・・天使だったかしら、とにかくかわいらしい異名がおありになって、栗毛の髪は、陽の下でも月夜でも金糸のように輝き、その大きくて丸い濁りのない瞳はまるで琥珀のようにお美しいと、聞いておりましたが、・・・大したことありませんのね。」
先ほど流していた涙をハンカチで拭いながら、を眺め、アンはふんと鼻をならした。
「以前は木の葉の受付をなされていらっしゃったでしょう?そこで、我が里の長でおられる草陰様が恋に落ちたとおっしゃっておりましたわ。冷静沈着で聡明で、可憐で・・・一目ぼれだったと草陰様はおっしゃってましたけれど」
「いや、完璧人違いだろ。それ。」
飛段が額に脂汗をかいて角都に目配せをするが、角都は「また変なのを連れてきたな」と飛段を白い目で見返す。は顔を引きつらせて、きりきりと痛み始めた胃をなんとか抑えていた。
「今や、草の里のくのいちの羨望の的であられますけど、私は認めませんから!」
「いや、それ嘲笑の的の間違いでしょう?」
鬼鮫も間違いを正す先生のように、厳しく諭すようにツッコんだ。しかし、その発言を無視するかのようにアンは鼻をかみ、また涙を流し始めた。
「私の方が草陰様をお慕いしておりますのに、私のほうが草陰様に相応しいに決まってますのに!酷いんですのよ。こないだ、弱みを握ろうと草陰様の書斎に黙って入りましたら、私、世の中の無情と不条理を感じましたわ。いいえ、人生に失望いたしましたわ!」
「弱み握ろうとしたのかよ」
「失望・・・いいえ、あれは、絶望だわ!聞いてくださいませ!そこのお方!」
角都のコートを掴んで、涙を流しながら縋るような目で見たアンに、ぎょっとした角都は、そのまま飛段を睨むが、飛段は目を泳がすばかりで何の役にも立ちそうになかった。
「で、どうしたんですか」
鬼鮫が先の言葉を促すと、アンが喉をごくりと鳴らした。
「・・・この女の写真が草陰様の書斎の壁を埋め尽くすように、ビッシリと、張ってありましたの!」
おい、それ隠し撮りだろ、と思ったのはで、他の三人も異常な内容に顔を引きつらせた。
「・・・ビッシリ?・・・B級サスペンスか何かですか?」
「・・・変態だろ」
鬼鮫と飛段が、なおもと草陰の成り染め話(妄想か草陰談)を話し続けるアンから一歩引いた。
「犯罪じゃないのか?」
角都が呆れたようにため息をついた。世界征服と盗撮、秤にかけたら勿論世界征服のほうが重罪かもしれないが、ちっぽけな犯罪でも人を不幸にするには十分である。
「いいえ、愛ですわ!これは愛なんです!」
何でもかんでも、『愛』で片付けるな!!と心の中で叫んだのはだった。
「でも、草陰様は愛する人を間違えてしまわれたのよ!私が運命の相手ですのに!ああ、こんな栗毛の女のどこが良いって言いますの?やっぱり、女は赤毛だとおもわなくて?」
わんわん泣き喚く女を尻目に、男たちは盛大なため息を吐き出し、栗毛の女はいつになく表情を崩していた。
尾獣を得たペインからの電報で三人の男達は外出することになり、アンとだけがその場に残ったのだった。さめざめと泣く女を一瞥して、は小さく良きをはく。
この女が、新しく家政婦として居座り、自分がお役ごめんとなるのは意にそぐわない。木の葉に帰る程、十分な情報を未だ手に入れていなければ、帰還命令も与えられていない。勿論、司令塔である火影が不在の今、自主帰還という方法も無くはないのだが。
いずれにしろ、家政婦は二人も要らないのであって、邪魔な自分は処分されることになるだろう。それが、正しい忍びの行動だ。平和ボケした木の葉とは違う。
さて、問題はなんだ。家政婦が二人いることだ。
・・・、解決方法は一つしかない。
暁という集団が存在するということは知っておりました。木の葉からの電報でつい先日知りましたの。でも、まさか、自分が囚われの身に成るなんて誰が想像できたでしょう?
私は、これでも草の里では上忍を勤める身でございます。責任もあれば、今日のこの時間に任務もございます。何よりも、受付嬢であります私の頭には莫大な情報が詰め込まれておりますので、万が一、拷問にもかけられて口を割るようなことがあれば、それはもう大変なことになりますの。
里の存亡に関わる一大事ですわ。ああ、なんということでしょう。これはもう舌を噛んで死ぬしか残された道はございません。
私、忍びらしい最後を飾ってみせますわ。草陰様!・・・と、その前に、目の前にいる女を一応、消し去ろうと思いますの。だって、私の死後に不愉快な事件でも起こされては適いませんからね。草陰様とご婚約なさるとか、ご結婚なさるとか、ご懐妊なさ・・・
ああ、恐ろしいわ!
そんなことありましたら、私、源氏物語の六条御息所よりも執拗に隠顕に呪い殺しますわ!勿論、死後の世界なんてもの、私も信じておりませんの。
さて、問題はなんでしょう。草陰様のお慕いになる方がご存命のことだわ
・・・、解決方法は一つしかありませんわね。
「これはどういうことだ?」
尾獣の徴収がおわり、基地に帰ってくると、洞窟からモクモクと煙が噴き出ていた。爆音が響き続けていることから、原因は爆弾だろうとふみ、全員の視線がデイダラに突き刺さる。
デイダラはそんな視線を気にすることなく、洞窟へと駆け出した。その後をイタチが追った。未だ、爆発し続ける真っ黒になった洞窟を見ながら、面倒くさそうに頭をかいていた飛段だが、洞窟の中に残してきた家政婦を思い出して角都に声をかけた。
「女、死んだかも」
「だろうな」
新しく家政婦を見繕わなくてはならないことを思って、意気消沈した飛段を見て、ペインは小さくため息をつき、今後の暁の活動は基地を持たずにこなすことを全員に伝えた。
煙幕によって視界が遮られる洞窟の中央はソファの上に横たわっていた。大きな爆発があって、未だに爆発音が鳴り響いているのにもかかわらず、無傷なを見てデイダラは安堵したのだった。
「!!」
デイダラを目に止めた瞬間が煩わしそうに顔を顰めたのを見たデイダラであったが、かまわずソファに駆け寄り、の手を取る。さっさと洞窟から出るぞ、と言外に仄めかすが、は動く気配を見せなかった。
「デイダラちゃん・・・、ごめんね。先に逝くを許して・・・」
そして、あろうことか芝居じみた台詞を吐いて、そのまま目を瞑ろうとするだが、それは許されなかった。
「・・・。オイラは心配したんだぞ。うん」
くたりと、そのまま倒れてしまったをデイダラは 力の限り抱きしめた。
力の限り、
・・・ボキと小気味良い音がした時点でが短い悲鳴をあげた。続いて、ミシミシ体が悲鳴をあげるものだから、はデイダラの胸を押しのける。
が、びくともしない。
「え、ちょ、タンマ! いたっ!」
「・・・うん。もう駄目なんだ。うん」
「いたたたった!痛い!おい!このや」
がこれ以上は我慢できない、というか死ぬと思い、拳を硬く握りデイダラの顔をぶん殴ろうとした時、自分の米神が濡れたのを感じた。
デイダラの早鐘をたたく心臓の音が聞こえ、震える体に気づいた。腕が急に離されて、ソファに押し付けられ顔を両手で固定された。憂いを帯びた青い目と、驚愕のため見開かれた栗色の目が絡み合う。
デイダラの目から、涙が頬を伝って流れていた。
「もう、どうしようもないんだ。うん。・・・」
「デイダラ、・・・ちゃん・・・?」
「・・・好きだ。・・・好きなんだ」
何度も呟き、縋るように、助けを請うように、口付けを落として、もう一度抱きしめた。濡れた頬を押し付けられたの頬も、また濡れたのだった。
受付所の扉を勢い良く開き、般若のような顔をして入ってきたのは、草の里の長、ツヨシであった。いつもは、天使のような微笑を浮かべて早朝から仕事をするというのに、その日は昼になっても彼の姿は見えず、体調が悪いのだろうかと案じていた忍びたちは安堵の表情を浮かべた。
しかし彼の憔悴しきったその様子にすぐさま緊張を走らせた。
「アン!聞いてください!僕の書斎が一夜にして燃えてしまったんです!!」
ツヨシがそのまま受付嬢の元へ行き昨夜の出来事を簡潔に述べると、どこか緊迫していた室内は和らぎ、各自自分の仕事に専念するようになった。
「最近の入国審査書の中に『はたけカカシ』という男の名前は載ってませんでしたか?こんな大胆不敵なことをやるのは彼しかいないと思うんですよ。」
デスクの中の書類を乱雑に持ち上げ、名簿長を丁寧に確認していく。
「あの書斎は、僕の愛と夢と希望が詰まっていたのに、なんて酷いことをするんでしょう。こんなことで同盟国との亀裂が入ることはありえませんが、いや、『こんなことで』という表現は可笑しいですね。僕にとっては大惨事なんですから・・・」
独り言をブツブツ呟くのは彼の癖で、受付所にいる忍びは誰も気にする様子を見せない。
気にせずとも、いつもはアンが嬉々として相槌を打ったり、ツヨシの話に付き合ったりするのだが、今日は違った。受付嬢のアンが草影の登場にに反応すらしないで、黙々と仕事を続けている。不審に思ったのは一人で物思いに耽っていた草影であった。
「アン?」
「・・・」
「・・・アン、聞いてます?というか、先ほどから気になっていたんですが、何を書いているんですか?」
「・・・」
「それは木の葉への伝書鳩・・・って、アン!草陰である僕からの判無しで勝手に書を送ることは禁じられているはずだ!」
伝書鳩が勢いよく羽ばたいていって、初めて、ツヨシはアンの目に光が宿っていないことに気が付いた。これは、幻術をかけられている者によく見られる症状だった。瞬時にアンから離れようと床を蹴るが、それよりも先にアンの拳がツヨシの鳩尾に入り、彼は壁に押し付けられた。
それは普段のアンとは桁違いの早さだった。
周囲が異変に気づき、援護に入ろうとするのをツヨシは手で制して、アンを見る。
「何が目的だ」
「報告書の発送と、書斎の放火と、盗撮犯の断罪」
赤い筈のアンの瞳が、透き通った栗色の、・・・の瞳に被って見えた。ツヨシはしばらくの間、ぽかんと口をあけていたが、そこは里の長、すぐにわれに返り、強く頭を振ると『解』の印を組んだ。どさっと、力なく倒れるアンの体を支えて、近くの者に医療班を呼んでくるように命じた。
「・・・あ、草陰様?」
意識を取り戻したアンは、ツヨシに体を抱かれていることを確認すると顔を真っ赤にした。
「アン、さんに会いましたね?」
「まぁ、開口一番にそれですか?もう少し、情緒を重んじて欲しいものですわ!」
アンは口を尖らせて、軽口を叩くが、頭の中では記憶の整理に取り掛かっていた。が、昨日の記憶としては、との出会いの場面しか覚えていないとに気づいて顔を青くする。
「〜〜〜〜っ、何も覚えておりませんわ!きっと記憶を隠蔽されたんです!!!」
「そもそも、いつ。どこで会ったんですか!?いや、それよりも何故。何故書斎のこと、ばれてるんですか!!アン!?泣いてないで訳を説明しなさい!」
その日、わーんと泣き喚く受付嬢の周りを、うろうろ徘徊する草陰の姿があったそうだ。
デイダラとさんの抱擁を見るのはコレで何回目だろうか、黒煙がモクモクと視界を覆う中思ったのはイタチであった。情熱的な青年と冷静な人妻の恋愛劇は悲劇でしか終焉を迎えられない、そう相場が決まっている。
そして、いつも泣き目を見るのは男のほうなのだ。青年はそうやって人生の辛苦を舐め、成長していくらしいが、実際目にすると酷く滑稽で憐れだ。
デイダラに抱き締められたと、デイダラの肩越しに目が合った。眉を顰めて、この男をどうにかしてくれと三角の目で抗議するを見て、溜息が出た。残酷だ、そう思った。
「デイダラ、この基地はもう使えない。さっさと出るぞ」
「うるせー。オイラに指図すんな。」
イタチが声をかけると、デイダラは振り返ってを守るように背中に回した。一方、はデイダラに背中を見せられて、口元を上げたのだった。
二人の思考が手に取るように分かって、イタチはもう一度溜息をついた。
「・・・彼女の体に障る。」
「爆発を食らうならともかく、忍がこのくらいの煙で死ぬかよ。うん」
デイダラはもともとイタチが嫌いであった為、決して彼の言葉には屈しなかったし、彼の判断をいつも否定していた。が、彼の次に発した言葉でデイダラは初めて抵抗をやめ口を噤むことになったのだった。
「胎児に影響が出る。自分の子供を殺したくなければ、さっさとしろ。」
ごくり、と喉を鳴らす音が二人分、洞窟に響いたように感じだ。
しばし唖然としていた二人だったが、大きな爆発音が右の部屋から聞こえてくると、我に返った。デイダラは遠慮がちにその真意を計るようにイタチを見た。その目には、喜色が宿っていた。
「本当か?」
写輪眼で気づいたと、イタチが無表情で言うと、デイダラは振り返っての腹部をじっと見た。デイダラが呆けている間に、真っ青な顔をしたがキッとイタチを睨んだ。
「そんな筈無い。体に毒を慣らすために、今まで幾度となく薬を投与してきた。その結果、私は一億分の一の確立でしか、子供は産めなくなった。奇跡が起きない限り子供は生まれない。」
もう、デイダラがいようと関係なかった、ふざけた元同僚を叱咤するため、殺気を出す。その目は今にもイタチを射殺さらんばかりだった。その空気を察っすることができないのか、はたまた察しても気遣う気がないのか、デイダラが一人で叫んだ。
「奇跡が起こったんだ!」