畑シリーズ

灰汁が強い



俺は、はたけがアカデミーの先生になる前から、その存在を知っていた。


アン姉ちゃんが藁人形に大きく『はたけ 』と書いて、家の大黒柱に釘を打っていたからだ。酷い時は毎晩、俺はその音で眠れない日々を送った。俺が女のことを逆恨みするようになるのも必然であった。



「やめちゃったミドリ先生の代理で来ちゃったセンセーでっす。よろぴくっ」


頭の悪そうな自己紹介をして、俺が所属するクラスに入ってきたのは、女が里に来てから2週間後のことだった。俺のクラスは20人の落ちこぼれの集まりで、精神に異常をきたしている奴、忍としては致命的な障害を持っている奴、ビビリ、不良、そんな奴しかいないアカデミーの中でも異色で、煙たがれ、蔑まれている奴らが所属していた。


何故、そんなクラスが今日も存在しているのかというと、現草影様が期待されているとかどうとかで、俺自身詳しいことは知らない。アン姉ちゃんはしきりに草影様の立派さを語るが、俺はそのうち使い捨てとして使われると確信していた。俺には、生まれつき右腕が無かった。



「センセー、するの初めてだから、皆優しくしてねっ。キャッ、なんかこの台詞エロいっ」


木の葉の特派員であるその女が、アカデミーに現れ、俺らのクラスを受け持つといった日、俺らは一様に『とうとう里に捨てられた』と思った。


特派員の仕事は情報収集と調査であって、アカデミーに訪れても、副担として補佐する立場にいるはずである。クラスの担当教員になることは決してあり得ない。それに、いくらこのクラスを受け持つ教員が見つからなかったとしても、他の里の人間に任せるわけない。つまり、切り捨てられたのだ。


「今日は、皆のことをよく知らないセンセーの為に、簡単なテストを受けてもらっちゃいまーす。テヘ」


頭を軽くコツンと叩いて、舌を出すしぐさにクラス中がざわめいた。特に不良グループは今にもクナイでも投げつけそうな剣呑な空気を発している。



「あ、バトルロワイヤルとか言わないから、安心してねっ。は超優しーから酷いことしないぞっ」


女が人差し指を横に振りながらふざけた口調でそう言った瞬間、クナイが彼女の額に突き刺さって倒れた。投げつけたのは、不良グループの1人で彼が「天誅」と言って笑うと、そのグループの奴らがどっと笑い出した。

他のクラスメイトは怯え、ドア付近にいた女子が他の先生に伝えにいこうと、立ち上がった瞬間、またしても不良グループの一人が「させるかぁ!」と叫び、クナイを投げようと手を振り上げた。



が、ぴたりと彼はその行動を突然止め、顔を真っ青にし全身を震わした。それから、ばたりと倒れ、口から泡を吹いて痙攣し始めると、同じグループに所属していた奴らが次々と、うめき声を上げて同じように床に伏していった。


怪訝に思った俺は彼らに駆け寄ろうと立ち上がったが、その時、もう一人意外な人物が立ち上がった。


「あはっ、いけない子たち。センセー殺しちゃ、駄・目・だ・ぞっ」



額をクナイで刺された女だった。


パリンと、まるでガラス玉を割るように、額に刺さってあったクナイを女は粉々にした。それから、額の傷に手を当て青い光ですっと消し、へらりと笑った。


「さーて、自己紹介も済んだことだし、試験を始めちゃいまーす!皆、バリ頑張ってね!」


何事も無かったかのように紙を配り始めた。そして、床に蹲っている奴らを「コラー、遊んでないで席に着かなきゃっダメダメン!」と言って足で蹴り上げた。


とんでもない化け物が来た、クラスの大半がそう思い、諦めの良い奴はその日のうちに死を覚悟した。そして、俺は草影様の趣味を疑った。


それから、彼女が里に滞在していた5ヶ月間、俺らはいつ死に物狂いで勉強し、命を賭けて授業に臨んだ。まさに地獄の5ヶ月だった。



「皆、限界までガンバ!」


文字通り、各個人の限界まで動かされ、チャクラ切れ、保健室・病院送りの奴が続出した。クラス全体で同じことをやらされたのは、初日の試験だけで、翌日からは各々別の課題が与えられた。すっごい術を学ぶ奴もいれば、俺のように木の幹の上に立ってチャクラコントロールに一日費やすものもいたし、ひたすら机上の勉強を強いられる奴もいた。


俺が贔屓が激しいと憤っていると、ある女子が女を肯定するようなことを言ってきた。


「皆一律の授業よりも、各個人に合った指導をする方が面倒なのにそれをしてくれてるのよ。感謝すべきだわ」


授業で泥だらけになった顔を服の袖で拭いながら、そう言った女子は、あの時廊下よりの席に座っていた奴だった。彼女も俺と同じ障害を持つ人間で、彼女は目が見えなかった。


「んな事言ったって、お前ボロボロじゃねーか。盲目でも、自分がどれだけ惨めな格好してるかくらい分かるだろ」


そう言って、乱暴に泥を拭ってやると、そいつは微笑み、傷だらけの俺の手を握った。


「おい、触んな。血が付く」

彼女は首を小さく横に振った。ぽぅと淡い青い光が彼女の手から出て、俺の手の傷が癒えていく。


「挙仙術・・・?お前、そんなスゲーのできたっけ?」

先生が教えてくれたの。私に向いてるって」

「あの女、俺には体力作りしか指示しない癖に。贔屓だ」

「カインには、血継限界があるからそれを伸ばしたいんじゃないのかしら?」

「開眼すると思うか?俺はもう16だぜ?」

「森の獣に襲われて目を失った日、もう忍になれないと思った。草影様が用意して下さったこのクラスに入っても希望は持てなかった。でもね、カイン、今は、光が見えるの」

「はっ、たかだか挙仙術を教わっただけで、本当オメデタイ奴だな」


鼻で笑ってやると、彼女はもう一度首を振った。



「それだけじゃない。生きていく術を教わった」




俺は釈然としなかった。
過激な訓練を強いられても孤児が多い為、親からの文句なんて無かった。切り離された世界で、クラスの中では次第に仲間意識が芽生えていった。毎日、どうやってあの女を倒すか全員で話し合うようになり、放課後も集まって修行に勤しんだ。

そして、そのチャンスは彼女が担任になってから4ヶ月目に入ろうとした時に巡ってきた。



野外演習で、里の外れに行くことになったのだ。俺らはここぞとばかりに武器を持ち合い、集合場所である里の門に集まった。集合時間の3時間前だ。綿密な打ち合わせをし、完璧に彼女を跪かせる計画を立てた。一部のクラスメイトからは文句が出たが、そいつらには黙っていろ、と釘を刺した。


が、そこまで強く言わずとも、女が待ち合わせ時間から2時間遅れてやってくると、少し痛い目に合ったほうが良いのかもしれないと、反対派から賛成派に回る奴も出てきた。チームワークは抜群だ。



「今日は死体が転がるカモ!皆ガンバっ!ガンバっ!」

わけの分からないことを言い出した女に、「お前の死体を転がしてやる」と俺が言ってやると目が合った。そして、女は投げキッスを飛ばしてきた。

絶対殺す。





鬱蒼とした森の中、俺らは目的地に着くまで一切口を開かなかった。練り上げてきた計画を実行に移せるよう、いつになく集中する。里の外で女が死ねば、里の責任にはならないし、教員たちの目も誤魔化せる。

しかし、神経を研ぎ澄ませていると、俺は俺ら以外の気配に気付いた。それも複数。怪訝に思って、クラスメイトたちに目配せすると、彼らも同様に気付いているようだった。鼻歌を歌いながら、スキップでもするかのように前に進む女以外、全員が背中に嫌な汗をかいた。

そして、俺が全く気配を感じていなかった方向から、女の前から、突然しわがれた声が聞こえてきた。




「はたけ殿と、お見受けする」

「どーちら様?」



女は鼻歌をやめて首を傾げる。



「草影暗殺を試みている者と名乗れば、ご理解頂けるだろうか?」



暗い森の奥から突如現れた5人の忍たちと、その先頭に立ち恐ろしいことを言った老人に俺らは息を呑む。


「そなたが、里の裏切り者の監視、識別を行っていると耳にし、こちらに参った」

「チンプンカンプン三分間っ。意味分かんなーい」


お前がな、とその場にいた全員が思った。


「そなたが生徒と共に姿を消せば、里はそなたを不審に思う。そなたの報告書の信憑性もなくなり、木の葉隠れとの同盟も破棄される。さすれば、里に混乱が訪れ、我々の計画もたやすく実行されることとなる」



女は栗色の髪に真っ赤なマニキュアを塗った爪を付けた指を絡めながら、面倒くさそうに老人の話を聞いていた。そして、一言「で?」と素行の悪い子供のように言葉を返す。

老人は後ろにいる忍びたちに目を向け頷き、女に向かって「そのお命頂戴する」と言った。


「きゃっ、こっわーい」


顔に両手を当てて悲鳴を上げると、次の瞬間、敵が放った炎に包まれ、それを見た俺たちも悲鳴を上げた。

「弱いな」と笑った忍びは、今度は俺らを襲う気満々で、手始めに近くにいた女子の髪の毛を引っ張ってそのまま遠くに投げ飛ばした。それから、玩具のように蹴り上げて、「見ろよ、コイツ目が見えてねーぜ」とあざ笑った。

それが、合図だった。俺が男に飛び掛り、他の奴らも一斉に敵に襲い掛かった。武器は万全だった。相手は6人で予想よりも多いが、そんなの関係なかった。

やらなきゃ、やられる。


何が?自分らが、だ。
それだけじゃない。里が。俺らの大切な里が、だ。


この瞬間、俺らは、自分たちが忍だと自覚した。
この時、俺らは忍になったんだと思う。


大地と空が真っ赤に染まる。血の匂いが辺りを充満し、嗅覚がいかれる。
チャクラの使いすぎで頭が朦朧とする。でも、まだ動ける、まだ立っていられると思った。あの女によって無駄に付けられたスタミナが、俺の脚を動かす。無い右腕の代わりに、左腕をめいいっぱい使い、相手に攻撃する。




『皆、もっと自信を付けなきゃ駄目だぞっ』

ある日、教卓に手を置いて女はそう言った。



『落ちこぼれのレッテル貼られて生きてきた俺らにそんなもんねーよ』

その時、椅子にふんぞり返って俺はそう言った。



忍になる自信も、一般人として生きていく自信も無くて、将来を不安に思って何度も泣いた。どうせ無理だ、と諦めることは酷く簡単で、誰にも俺の苦しみなんて分からない、と嘆くことに慣れてしまって、前を向くことを忘れてしまっていた。




誰かが起爆札を大量に使い、爆発音が響き渡る。こげた匂いが鼻につく。


辺りを見回せば、2人の忍が倒れていた。知らなかったけれど、俺らは意外と強かったのだ。皆、潜在的な才能があった。落ちこぼれクラスだと思っていたけれど、本当は違って草影様は本当に俺らに期待していた。

『カイン、何言っているのですか?落ちこぼれクラスなんて作る余裕、この里にはありませんわ』

今更、アン姉ちゃんが言っていた事を思い出す。





気付けば、ほとんどの生徒が地面に蹲っていた。まだ、4人残っている。



戦わなければ、俺が守らなければ、里を、草影様を、クラスの皆を、姉ちゃんを、そう強く思った時、目が熱くなった。全身のチャクラが目に集められる。



異変に気付いた敵が、「血継限界だ」と叫び、俺に向かって3人が襲い掛かってきた。

目は煮えたぎるように熱いのに、全身から血の気が引いていった。開眼するかもしれないのに、忍としての才が今目覚めるというのに、死にたくない、嫌だ、そう思った、その時だった。目の前にあの女が現れた。



敵を端から薙ぎ倒していく女の後姿をみながら、やっぱ生きていたのか、と憤りとも安堵ともつかないため息が出る。

開眼したせいか、何もかもがスローモーションに見えた。敵の動きも、女の動きも、そして、俺はその時、初めて女の腹が膨れていることに気付いた。幻術で隠している為、チャクラをまとっているが、俺の目からははっきり見えた。赤子だ。それも既に大きい。




「カイン、ぼーっとするな!戦え!卒業させねーぞ!」






俺は耳を疑ったが、確かに女の声だった。



急いで、クナイを持ち直し参戦する。それからは彼女の指示に従って戦闘を続けた。そして敵を全員縄に付けたのを見届けてから、俺は意識を失った。




****************














「いやーーーーーーーーーーー!!!」

「アン姉ちゃん、落ち着けよ。他の患者にも迷惑だって」

「これが落ち着いてられますか!?貴方がこんな血だらけで、瀕死の状態で病院に運ばれて!!あの栗毛!『卒業試験は実践だ』なんて、何をなさるかと思えば、裏切り者の残党退治ですって!まだアカデミーの子達にそんな危険な任務に参加させるなんて、非常識ですわ!!」

キーとヒステリーを起こすアン姉ちゃんを宥めながらも、俺は彼女が言った言葉に耳を疑った。



「卒業試験って?」

「草隠れの里特有の抜き打ち卒業試験ですわ」

「嘘」

「本当ですわ」

「・・・俺、不合格?」

「まさか!!全員合格ですわ!あんな悲惨な任務を生きて帰還なさった貴方たちを不合格などにさせるわけありませんでしょう?草影様も他の教員も全員、お認めになられ、判を押されましたし、ほら、ここに額宛も」


アン姉ちゃんが差し出した額宛を見て、俺は泣きそうになった。喉から手が出るほど欲しかった額宛。草隠れの忍の証明。


「って、ことは、あの女も俺らの事認めたのかよ?」

「・・・。『戦力になる奴を寝かせとくな!使える奴は使え!』そうおっしゃって、貴方たちの担当になったのが、ちょうど4ヶ月前のことですわ。もとより、貴方たちの事は認めていらしたの」

「でも」

後に続ける言葉が出なかった。なるほど、言われてみればそうかも知れない。あの女ほど、俺らと真正面から向き合った奴はいなかったし、あの女ほど、俺らが楯突こうと思った奴もいなかった。

考えれば考えるほど、女が美化されていきそうで、俺は思考を止めて、話題を帰る事にした。


「アン姉ちゃん、あの女さ、腹ん中にガキいたんだな」

「え?」

「俺、開眼したんだ」

「え?ほ、本当に!?さすが私の自慢の弟!私は開眼できませんでしたけれど、お父様の血を強く受け継ぐ貴方なら、と思っていましたの。本当に、本当に素晴らしいですわ!!」



「それで、見えたんだ。あの女…『センセー』のガキ」



「そう。・・・大きかったでしょう?もうそろそろ予定日なんですのよ。まあ、あの栗毛の女にソックリな子供が生まれてきても誰も喜びはしませんけどね」


「栗毛?」

「やっぱり、私とカインと同じくらい立派な赤毛でありませんと価値はございませんわ。ねえ、カイン?」
















「いや、・・・あれは銀髪だ」


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