「おー、でかくなってんじゃん」
「先輩、お腹触ってみても良いですか?」
ゲンマとテンゾウはの大きくなった腹部を見ると目を大きくさせ感嘆した。その日は、の出産予定日だった。
「お前ら、仕事はどうした?」
「俺は3ヶ月ぶりの非番。明日の午後まで時間があるから、お前の様子を見に来てやったんだ。感謝しろよ?」
「へーへー、ありがとさん」
「僕は火影様から預かった巻物を届けに来たんですよ。先輩の様子見はそのついでです」
「なら、気が済んだろ。さっさと、帰れ」
草影であるツヨシから正式に休暇をもらったは、アンが用意してくれたアパートで体を休めていた。ダイニングテーブルの上には、テンゾウが持ってきたお茶請けの饅頭が大きな皿に積まれており、が近くの店で購入したコーヒーの缶が3つ置かれていた。
草隠れの里で精密検査を受けたは、自分の子供の発育の良さを知り、出産予定日が思っていたよりも早いことを知った。任期満了を迎える前に、草隠れで子供を産むことが可能となり胸を撫で下ろしたのだった。任期を延長させれば、カカシが怪しむのは必至。こちらで産むと知れば、刺客を送りかねない。
「そんな事いわないで下さいよ。今日が出産予定日なら産まれるまで面倒見ますって」
「へえ、分娩の知識あるのか?」
「そこはフィーリングで乗り切ります」
「邪魔だ。帰れ」
「それよりも、、お前さ。カカシさんには伝えなくて良いのかよ?あの人、自分の知らないところでお前が子供を産んだと知ったら怒るぞ」
はため息をつくと、テンゾウとゲンマにこれまでの経緯を簡単に話して聞かせた。二人はの話を聞いていくうちに、どんどん顔色を悪くしていき、最後の方は疲れきった表情になった。特にテンゾウはの子供がカカシの子供でないと初めて知ったからだろうか、一層悲痛な表情を浮かべた。
「信じられません」
「何を?」
「全てです。貴方がしたことも。カカシ先輩がしようとしていることも。起こった奇跡も。全て」
信じられない。信じたくない。けれど疑う余地は無い。精密検査で子供はカカシの子ではないと判断された。夕顔の調査でカカシが医療班に私の子供の始末を指示している事実を知った。日に日に大きくなる自分の腹部を見て、愛しさがこみ上げていった。
「先輩はカカシ先輩と子供どっちが大事なんですか?」
テンゾウの核心をつくような質問には小さく溜息をついた。何度も自分に問うてきた質問だ。
忍であるからには何事も優先順位を決めてかかれ。最悪の事態を避けるためにも、迷いを生むような曖昧な考え方はするな。常に白黒はっきりつけた答えを自身で用意しておけ。それは部下たちに散々言ってきた言葉だった。
しかし、今回、私はついに答えを出せなかった。
テンゾウの質問に答えを考えあぐねいていると、アパートの呼び鈴が鳴った。
腹に負担をかけないように立ち上がって、玄関まで歩く。ドアの覗き穴を見なくとも、相手が誰だか分かった。
「何か御用でしょうか」
ドアの外には、暗い表情をしたツヨシとアンが立っていた。
「さん、悪い知らせです」
カカシさんがこちらに向かっているそうです、いつになく真面目な表情でそう言ったツヨシに、部屋の中にいたテンゾウとゲンマは息を呑み、互いの顔を見た。そしては、爪を噛んだ。
「一体、どこから情報が漏れた?」
ツヨシとが同時にアンを見ると、アンは顔を自身の髪の毛と同じくらい真っ赤にさせ、濡れ衣ですわ!と叫んだ。
「 が 草隠れの里にて子を産む」
そう書かれた手紙が俺の郵便受けに入っていたのは、の任期が終了する1週間前のことだった。
木の葉隠れ同様、緑の多い草隠れだが、森を抜けると淡く薄い黄緑の草原が一面に広がる。木の葉の濃くて豊かな緑とはまた違った風情があり、素直に美しいと感じられた。鼻を擽る草の匂いは、荒れている気を静めてくれているようだった。
手紙を受け取った時の荒れようは、見ていられないほどだったと後にアスマが語ることになるが、あれから一週間が経ち、カカシの心はずいぶん穏やかになっていた。彼には迷いが無かった。優先順位は決まっていたし、後は覚悟を決めるだけだった。
昨夜まで任務で遠方に出かけていたカカシだったが、いつも以上に目は冴え、神経は研ぎ澄まされていた。草隠れの門に着くと、右腕の無い赤毛の少年がカカシの前に煙と共に現れた。
「君は門番かな?」
「ああ、そうだ」
横柄な態度でカカシに返事を返した少年だったが、カカシの顔を見ると驚いたように声を上げた。
「なんだ、お前、センセーの夫か」
「え?」
「すげー。チャクラの波長がソックリ」
一人ケラケラとおかしそうに笑い出す少年に、何でこうも笑われなければならないのだろうと意味が分からずカカシは頬をぽりぽりとかいた。それに、と自分のチャクラの波長はそんなに似ていない。むしろ、相性は悪いほうなのだ。
「今日、ガキが産まれるから来たんだろ?」
「ああ」
本当にそれだけが目的だ。
カインと名乗ったその少年は、のアパートまでの道のりを簡単にかみ書き記した。何故、を『センセー』と呼んでいるのか聞くと、楽しそうにのこの半年間のアカデミーでの仕事を話してくれた。随分捻くれたしゃべり方だったが、に嫌悪感を抱いているようには思えなかった。
「センセーのアパート、半年前にアン姉ちゃんが手配したんだけど、日当たり良好でスゲー良い所なんだぜ。先月までは、ベランダから綺麗なコスモスが一望できたんだ」
「へえ、君もよく遊びにいったんだ」
「アン姉ちゃんが様子見に行けって煩いから、仕方なくな。心配症もあそこまでくると病気だ」
口を尖らせワザとらしく溜息をつく少年を見ながら、若いな、とカカシは頬を緩めた。そして、彼から渡された紙を確認し、礼を言ってその場を後にする。山の頂上とまでは行かないが、ある程度標高の高い場所に位置する草隠れの里は天気が変わりやすかった。先ほどまで、群青色だった空が、今は一転、黒く重そうな雲に覆われている。一雨振りそうだ。そう思って進める歩を早めた。
長い畦道を歩き続けると、広い野原にたどり着いた。そこで、カカシは歩を止める。
「・・・は良い親友を持ったな」
背後から、飛んできた千本を交わし、何もないところから姿を現したゲンマと対峙する。ゲンマの後ろには、赤い長い髪を携えた女とツヨシがいた。
なんだ、こっちの行動は全て読まれているのか、と笑えないのに、どこかおかしく思い口端が変にゆがむ。
「カカシさん。これ以上、先には進めませんよ」
「あー、俺とやり合おうってゆーの?」
「俺は、の親友です。何が何でも貴方を止める」
「お前、友人。俺、夫。
お前、特上。俺、上忍。
立場を弁えた方が良いんじゃなーい?」
ゲンマが、ギリッと歯を食いしばって黙り込むと、後ろでその様子を見ていた赤毛の女が、ゲンマの代弁でもするかのように悔しそうに叫んだ。
「貴方、非常識ですわ!!いくら自分の子供でないからって、さんの子を殺すなんて最低ですわ!さんを愛していて、どうして彼女の子供を愛せませんの!?」
部外者の癖に偉そうに講釈垂れて、キャンキャン喚く女に怒りを覚えたカカシが、彼女を黙らせようと、印を組もうとした時だった。沈黙を貫いていたツヨシが口を開いた。
「さんは、ここから西に50キロほど離れた里の外にある寺院に向かいましたよ」
目と口を弧にして、いつもの穏やかな口調でツヨシはカカシに言う。それを聞いて、アンとゲンマは唖然とした表情でツヨシを見た。
「どういうつもりだ?」
ゲンマが米神に血管を浮かばせて、怒気を含んだ低い声でツヨシを非難した。せっかく、彼女を逃がしたというのに、ここで時間稼ぎをして彼女に無事子供を産んでもらおうと思っていたのに。一体何のつもりだ。
「だって、僕が殺したら木の葉との同盟に傷が付くでしょう?それにこの里で彼女の子供が死んでしまうのも問題がありますし」
これでも、僕も悩んだんですよー、と笑う。
「を裏切るのか?」
「裏切る?さて、何のことでしょうか?」
「嘘をついて、アイツを陥れた」
「嘘をついた覚えはありませんよ。僕がお知らせした通り、カカシさんはいらしたじゃありませんか。あ、僕、これから重要な会議がありますから、この辺で失礼させて頂きますよ」
驚きのあまりに声も出ない様子のアンを置いて、ツヨシはその場に背を向け歩き出した。その場に残ったゲンマは、クナイを構えた。
の行き先を知られたからには、絶対に負けられない。
額からじわりと汗を浮かばせる。カカシの剣呑なチャクラが辺りを包み始めたからだ。彼はポケットからおもむろに便箋を取り出した。
「一週間前、の出産の知らせが届いた。差出人は彼だった」
「他里の忍に良いように操られて、貴方はそれでも木の葉の忍か!?」
「俺さ、思ったんだ」
カカシは虚ろな目でゲンマを見た。
「罵られても、蔑まれても、最低な人間に成り下がっても、さえいれば、それで良いって」
思っちゃったんだよね。いつものように飄々と言うカカシさんを、俺はこの時、酷く恐ろしく感じた。