「先輩、大丈夫ですか?」
「お前こそ、大丈夫か?」
草隠れの里を出てから15分ほど経ち、たちは寺院まであと半分の距離にいた。テンゾウは身重のを心配して、彼女をおぶっていたが、激務で体を休ませていないためか、どうも足が思うように進まなかった。森の中を移動するのは習慣にも近いほどなのに。
「寺院に着いたら、産婆さんがいてくれるようで良かったですね」
「ああ、そうだな」
もカカシも、テンゾウの先輩に当たり尊敬する人間だ。その二人が対立している状況を考えるだけで、気が重くなり、沈黙が怖くなって普段無口なテンゾウも饒舌になった。
「子供の名前とか、もう考えたんですか?」
「カラス」
思いっきりカカシさんに敵対する名前だな、と思いつつも、「良い名前ですね」と調子を合わせる。後輩とは大変な役回りなのだ。
空も森も暗い雰囲気を漂わせる中、懸命に明るい話題を探してみるが、なかなか良いネタが思いつかない。一瞬、自分の幼少期の思い出でも語ってみようかと思ったが、更に暗くなりそうなのでやめた。心なしか頭も重くなってきた。
「なぁ、誰がさ、情報流したと思う?」
ぽつりと、が呟く。
「さあ、先輩を快く思わない人なんて沢山いますからね。想像もつきません」
真剣な面持ちでそう言ったテンゾウをは殴り、バランスを崩して転んだ彼の背中から飛び降りる。
「先輩、危ないじゃないですか!」
地面に手をついて、を非難するが、は何事もなかったかのように木の幹に背を預けテンゾウを見据えた。
「お前さ、何で
「え?」
「ゲンマには出産日を予め教えてあった。でも、お前に教えた覚えはサラサラ無い。都合良過ぎるだろ?」
「そうですか?」
テンゾウは反射的にと間合いを取った。先ほど、自分がいたところにはクナイが刺さっている。の琥珀色の目を見ると言い知れぬ恐怖が足先から背筋を通って脳天まで這い上がってくる。気がつけば、テンゾウは印を組んでいて、は彼が放った木のツルに肢体を縛られていた。
「もう、言い逃れはできねーな?」
そう問われて、テンゾウは深い溜息をついた。
「実は、カカシさんに頼まれてたんです。黙っていてすみませんでした」
「子供を殺してくれってか?見上げたボランティア精神だな。給料は出るのか?」
「逆らえなかったんです」
状況的には、テンゾウのほうが圧倒的に有利なのに、何故か、声が大きくなっていくに反比例するかのように声を小さくしていく。
「なあ、お前が暗部に入ってきて、一番最初に声をかけてやったのは誰だ?」
「先輩です」
「一番面倒を見てやったのは?」
「先輩です」
「いつも死にそうになっているお前を助けてやっていたのは?」
「先輩です」
「恩を仇で返すつもりか?」
「・・・でも、僕はカカシ先輩のことも尊敬しているんです」
「兎先輩のことは好きです。でも、カカシ先輩のことはもーと好きですってかぁ?(某宅配便のCM風)」
「はい」
「舐めてんのか、お前」
背中を丸め俯いて反省している彼の姿は、猫背のカカシを髣髴させた。
「テンゾウ、一度だけチャンスをやる。私に付け」
テンゾウの術によって体の自由が全く利かないにも関わらず、は偉そうに言う。テンゾウは首を力なく横に振った。
「産婆に子供を取り出してもらい、僕が始末します」
「お前がカカシのことを信用していようとも、アイツはお前のこと信用してない。だから、アイツはここに来た」
「ボランティアですから、見返りは求めていません」
「ほー?・・・カカシは良い後輩を持ったなぁ?」
の顔を見ないように、素早く印を組み、人一人が入れるような棺桶のような箱を作り出す。
嫌な脂汗が米神から顎にかけて伝うのを感じた。どうも、今日は調子が悪い。ぽつり、ぽつりと振り出した雨が額に落ち、くらりと眩暈が襲う。同時に胃液が這い上がるような吐き気を覚える。鬱蒼とした森に精気をとられているかのように、力が抜けていく。木で固定されている筈のが揺れて見え、テンゾウは場違いにも彼女の安否を確認する。
「先輩、大丈夫ですか?」
「お前こそ、大丈夫か?」
の心配そうな声が聞こえてきて、テンゾウは痛みを訴える頭を抑える。体の不調なんて生易しいものじゃない。死に至るような、そんな重大な何かが体の中で起こっている。昨夜の任務で受けた敵の術か、もしくはもっと昔に受けた術式が今になって表面化したか、判然としないが、明らかにこれは作為的な何かが働いている。
全身が訴える激しい痛みの所為で、俺は膝を地面に付け、その拍子に先輩を捕らえていたツタが緩んだ。自由になった彼女は俺のほうにすぐさまかけよってきて、俺の額に手を置いた。白くて冷たい細い手が、あまりにも幻影的で神秘的に見えた。 そして、先輩はこんなにも優しい人なのに、俺は一体何をやっているのだろうか、と後悔の念が押し寄せる。
いつもの癖で「大丈夫です」と返事を返すが、手が、指が震えてきた。やはり意識が朦朧とする。ぐっと膝に力を入れて立ち上がろうとするが、全身の関節が悲鳴を上げる。
「無理はするな」
先輩の言葉が脳内で木霊し、頭がかち割れるような痛みを覚えて呻くと、彼女は僕の頭を優しく撫でた。
「実は、コーヒーにちょっとした毒を入れておいたんだ。黙っていて悪かった」
薄れ行く意識の中、先輩が満足そうに笑ったのが分かった。
「一体どういうことですの!?」
ツヨシが言っていた重要な会議というのは毎日行われている朝礼のようなもので、10分程度の情報交換で終わった。会議から出てきたツヨシの腕を引っ張って外に連れ出したのはアンだった。
「んー、どういうことって言われてもですね」
「ちゃんと、納得いくようご説明して頂かない限り、私はここを動きません!」
「それは迷惑ですよ」
「ならば、おっしゃって下さい。草影様のお考えを!今すぐ!この場で!」
「だって、あれは、僕以外の子ですからね。不必要じゃないですか」
「は?」
「それに、さんも自分の子を殺した男を許すような人ではないですからね。子供と夫両方失ったさんを優しく慰めて、そのまま上手くいけば、僕のものになると思ったんですよ」
「何考えてんですかーーーー!?」
「いや、だから、今僕言ったよね?」
「最低!!!最低ですわ!!!」
アンは、その場一帯に聞こえるような大きな声で叫び続けた。
彼女がヒステリーを起こしギャンギャン喚くのは日常の一部だったので、誰も気に留めなかったのだが、偶々、報告書を出しに草影に会いに来たカインは暴れている姉を見ると、慌てて止めに入った。
涙を流しながら支離滅裂なことを言う姉に辟易しながらも、そこは兄弟、慣れた風に宥める。
「草影様、本当すみません。姉は生まれつき情緒不安定で」
冗談とも付かない言葉を発するカインにツヨシは苦笑し、首をふる。
「いや、エネルギッシュで見てる分には楽しいですよ」
ツヨシのその言葉を聞いて、カインも苦笑する。
「報告書を提出に参りました。異常ありませんでした」
「お疲れ様です。貴方の血継限界によって、この里の検閲はずいぶん負担が軽減されました。本当に感謝していますよ」
「お役に立てて光栄です」
「忍具や危険物の携帯の確認も円滑に行えますし、何よりも、チャクラの波動によって、血縁者や出身地まで察知できる能力は本当に素晴らしい」
尊敬するツヨシから賞賛されたカインは顔を真っ赤にして照れ、それを誤魔化すように頭をガシガシかいた。
「あ、あの血縁者といえば、今朝、センセーの旦那が来ましたよね」
「ええ、カカシさんですよね」
「俺、名前聞かなくてもすぐに分かりましたよ」
「ほう」
「センセーのガキと波長が似てたから」
「へえ」
「血縁者だ、って気付きました」
人差し指をピンと天井に向け、カインはニシシと悪戯っ子のように笑った。
その隣で、床に伏していた彼の姉はゆっくり起き上がって、ツヨシを見た。
「一体どういうことですの?」
「何が?」
「精密検査の結果では、はたけカカシの子ではなかったと、そうおっしゃっていたじゃありませんか!」
「あれは、嘘ですよ」
「え?・・・じ、じゃあ、彼が殺そうとしているのは」
「自分の息子ということになりますね」
アンが、口をパクパクしながら、再び涙で頬を濡らした。
「親が子供を殺すことなんて、よくあることじゃないですか、一体何を驚いているんです?」
ツヨシは呆れたように笑った。