「というわけで、長期任務に出ることになったの」
カカシが任務から帰ると、は玄関で彼を迎え入れ、夕食を作って一緒に食べ、一緒に風呂に入ってやった。
いつもはカカシがどんなに頼んでも拒否するくせに、今日は様子が違い、
始終、悪意の一切無い穏やかな笑顔で、カカシに接し、その言葉にも棘が全く無かった。
むしろ、普段口にしない甘い言葉を、頬を赤く染めて紡いでいたのだ。
同棲しても、結婚しても、彼女の態度は変わらなかったし、異常なくらい普通だった。
さびしいとは思っても、もともと、それを彼女に求めていなかったから目を瞑っていた。
しかし、今日はどうだろうか、こんなサービスをしてくれたことが今までにあっただろうか。カカシは舞い上がる心を必死に自制していた。
カカシも馬鹿ではない。彼女の「至りつくせり」は必ず裏があるのは知っていたし、ただで甘い声を出す女でもないことも知っていた。
だから、彼女の「至りつくせり」後で、落ち込むことはあっても、奈落の底に落とされるような経験は無かった。
が、今回の彼女の話す内容は、最低最悪のものだった。
「いやいやいや、待て。おかしいでしょーよ。そんな任務、引き受けたわけ!?」
いつも彼女に、事後報告ばかりされている火影様の苦労が少し分かった気がした。
「夕顔が後任でしょ?が何で出しゃばるの?」
それは捨て駒の役目だ、というのを言外に含ませた。暁に偵察にいって生きて帰ったものは、いない。致死率100%の任務だった。机の上に置いた二つのマグカップにインスタントコーヒーの粉をいれながら、の背中を見る。
「彼女は私より若い、まだ可能性がある。能力においても、生命の役割においても」
はヤカンを火にかけ、まだ濡れている髪の毛をタオルで丁寧に拭く。経験値の低い夕顔は確実に死ぬ。なら死なないかもしれない。可能性を追求していくのであれば、が任務に赴くのは理にかなっていた。
でも、それは俺には関係ない。
「だって、まだまだ、これからでしょーよ」
が、何を気にしているかは分かっていた。彼女の言った「生命の役割」が指すものも知っていた。でも、それよりも気づいて欲しかった。今、彼女を必要としている俺がいることを、そして、彼女にも俺が必要だということを。
「、なんで、俺と結婚してくれたの?」
君は結局俺と一緒になることを、一番に望んだ。結婚して、ヨソで子供を作れなんて、実際無理な話で、なんだかんだ言って、結局、君は俺を求めたのだ。苗字を言い訳にして。
里に貢献できない罪悪感を覚えながらも。俺よりも、里よりも、自分の気持ちに忠実になって、俺を選んだ。なのに、今更、それはないだろう。
「、俺はお前と一緒になれて幸せだし、後悔なんて絶対しなーいよ」
カカシに後ろから抱きすくめられたは、しゅんしゅんと音をたてて蒸気を噴出す薬缶を、目を細めて見ていた。
正直言おう、カカシと結婚したことは後悔していた。私は、自分でも呆れるほどに独占欲の強い女だった。無神経で、浅はかで、救い様がない馬鹿だ。
子供を作らないということは、延々と続く命のリレーに参加できなくなることだ。家族は当の昔に皆死んだ。私の代で、家の血は途絶えるだろう。それは仕方が無い。選択肢も無いのだ。
しかし、カカシには、子供を得てもらいたい。里のため、はたけ上忍師のため、そして、カカシ自身のために。恋とか、愛とか、そんな刹那的で曖昧模糊なものよりも、確実で大切なものがある。
命の継続、未来への架け橋、希望を託す拠り所。
将棋の「玉」にあたる守るべきものだ。
カカシは、火を止めてヤカンのお湯を二つのマグカップに入れると、にその一つを渡した。
「そこまで、が子供に拘るなら、子供を作れば良い」
思いつめた表情のに、カカシはコーヒーを飲みながら言う。
「だから・・・」
「一億分の一の確率なら、一億回セックスすればいい。できないことは無い。」
あまりにもカカシが自信満々に言うので、一瞬「そっか」と頷きそうになってしまったが、すぐさま冷静さを取り戻し、首を振って否定する。
「いや、できないだろ」
その様子を見て、カカシはうれしそうに笑みを浮かべた。
「出会えた奇跡。こうして二人でいる奇跡。生きている奇跡。俺たちは数々の奇跡を起こしてきたんだ。大丈夫だーよ。また、奇跡は起こる。50を過ぎても、の生理が止まっても、お婆さんになっても、子供は生まれる!」
「いや、明らかに無理だろ。それ」
今度は即答できたと、胸を撫で下ろしていると、スッと飲みかけのマグカップを取り上げられた。カカシが、にっこり笑い、の背中に腕を回した。
「奇跡を起こす!」
「ちょ、カカ・・・」
ベッドまで抱きかかえられていき、電気が消された。カーテンがシャーと閉められ、月明かりが消える。暗闇の中、愛の言葉を紡ぎあって、体を交えて繋がって、心が満たされた。
幸せだったあの頃
まだ、夕顔の恋人が生きていて、三代目が生きていた頃
あの頃、私たちは、信じずとも、確かに祈っていたんだ。
奇跡が起こること、を。
朝起きたら、もう彼女の姿はなかった。机の上に置かれている置手紙に気づき、手に取る。紙に書かれている使い古されたフレーズに、顔をしかめた。
『実家に帰らせていただきます』
カーテンの隙間から光が差し、スポットライトのようにその白い紙を照らす。
「女房に逃げられた」
ぽつりと、言葉が零れた。
妻の実家は、戦場。