畑シリーズ

草莽の臣(そうもうのしん):無位無官の者


「家政婦が必要だ」


そうリーダー格であるペインが、暁の本部の汚さを見て、言ったのがきっかけだった。


「鬼鮫お前が連れて来い」


「なんで、私が・・・」


「他の奴らが拉致って来ると、女の趣味丸出しになるだろ。どうせ、指示を仰ぐのもお前の役目になるんだから、お前が見繕ってこい」


希望の家政婦リストまで持たされたが、乗り気はしない。家事など分担して各々がやればいいものを、何故外部委託しなければならないのだ。ましてや、自分たちはS級犯罪者。犯罪者が家政婦を持つなど未だ嘗て聞いたことが無い。はぁと溜息を出し、リストを眺める。


「金のかからない女、芸術的な女、信仰に厚い女、・・・」


個人的な趣味嗜好が全面的に出ている。紙をクシャリと丸めて、捨てる。

町に出て、適当な女でも見繕おう。そう思った。







*********






町につくと、いつも使っている蕎麦屋の暖簾をくぐり、窓際に座る。道行く女を物色する。若い女の店員が来て、注文をとる。いちいち選ぶのも面倒だったので、目ぼしい人間がいなければ彼女で良い、そう思った。


長い黒髪を揺らして、厨房に入っていく女の後姿をみながら、欠伸をする。しかし、果たして、一般人があの暁に入って、生きていくことが出来るだろうか?自分が家政婦を調達しに町に出るなんて事、今後一切あっては欲しくないことだ。


自分が監視するのだから、逃げられはしないだろうが、怯えられるのは困る。恐怖に脅かされて、家事に専念できません、なんて言われても困る。恨みを多く買っている暁の場合、奇襲も多い、その時、簡単に殺されてしまっても困る。さて、困ったことだらけだ。


香水の甘い匂いと共に人の気配がして、目を向ける。




「お客様、店の方が混雑してまいりましたので、申し訳ありませんが、御相席でもよろしいでしょうか」


先程の店員が眉毛をハの字にさせて、謝ってきた。周囲を見てみると、なるほど、昼時だからだろう、人が込み入っていた。


「構いませんよ」


そう言うと、店員の後ろからぴょこんと、二十代前半と思われる女性が顔を出した。ふわりと柔らかそうな栗毛に、シミ一つない綺麗な白い肌、丸くて大きな瞳が印象的だった。

彼女と視線が絡み合い、なんとなく恥ずかしくなり目を逸らそうとした時、彼女が優しく柔らかく笑った。


天使は、実在していたのか、そう思った。

喉が異常に渇いてコップに入った水を、一気に飲み下す。 その女は私の隣に座り、口を開いた。







「きゃっ、超良い人!、バリ感動っ!」

「ブッ」


その言葉を聞いて、私は思いっきりむせた。涙が出そうだ。全ての幻想をぶっ壊してくれた女の声、しゃべり方、台詞に、愕然とした。言葉遣いというものが、人の印象をこうまで変えるとは、知らなかった。














「くのいち、なんですか?」


「うん!こんなにキュートだから信じられないかもだけど、は木の葉の下忍なのっ!その辺のチカンなら退治できちゃうんだからっ」


勝手に自己紹介をし、勝手に話し始めたので、いい加減に相槌を打っていた。女は身振り手振りを付けて、先程から自分の里のことをベラベラしゃべりだしていた。そして、この年で下忍だということは恥ずべきことなのに、全くそんな素振りも見せず、むしろ自慢するように言ってくる。



とてつもない馬鹿だ。


しかし、丁度良いかもしれない。下忍であれば、忍びにも慣れているだろうし、色々と面倒がない。そう思った。








蕎麦屋から出て、彼女を騙して暁の基地に連れて行くことは、赤子の手を捻るよりも簡単なことだった。事情を分かりやすく説明すると、ワンワン泣き出されたが、ここはもう腹をくくってもらうしかない。

彼女の命は私の手中にある。


「あなたに拒否権はありません」



そう、言い放つと、一層大きな声で泣き喚いた。




同情すべきなのか、罵るべきなのか迷い、とりあえず、軽蔑した。










**********










まさか、堂々とこの中を歩くことが出来るとは思っていなかった



この数週間、盗聴していたが、まるで目ぼしい情報は入ってこなかった。ツーマンセルをくまれて遠出をするから、戦闘にも立ちあえず、彼らの攻撃や守備の特徴を抑えることも出来なかった。果たして、ペインと言う男が、家政婦の案を出したのは、こちらに有利に働いた。



それにしても、家政婦付きの犯罪集団なんて聞いたことが無い。自分の世話くらい自分でしろよ。実は、鬼鮫と全く同じ感想を抱いていただった。



こうして、とんとん拍子に、話が進み、は難なく暁の中に入ることができた。も、最初こそ警戒したが、報告書に記してあった情報を思い出して納得した。

彼らは自信があるのだ。が例え木の葉一のくのいちであろうと、彼らには殺せる自信があるのだ。

だけではない、暁の各々がお互いを信用していないため、彼らは仲間同士でもあると同時に、敵同士でもあるのだ。いつでも臨戦態勢に入れる用意をしている。今更、怪しい者が一人増えた所で、彼らにはなんら関係ないことなのだろう。





洞窟に入ると、腐臭と鉄の匂いが充満していた。ペインと名乗る男を紹介され、奥に進む。




鼻をつまんで、くさーい、非難の声をあげるが、鬼鮫が、あなたの香水の匂いよりずいぶんマシでしょう、と呆れたように言う。自分の能力への過信か妄信のためか、または、に対する軽蔑のためか、彼はに完全に警戒を解いていた。今ここで、ガチンコ勝負をすれば、間違いなくが勝つ、そんな状況だった。



勿論、鬼鮫が死んでも、彼の後ろを歩くペインにが殺されれば本末転倒なわけで、そのようなマネはしないが、隙あれば一人か二人処分しようと、彼女は考えていた。それは任務内容と反するが、里の方針に背いているわけでもないし、厄介者はさっさと始末するのが良いと判断したのだ。




洞窟の中央に入ると、何故かそこは先程よりも空気が澄んでいて、あの嫌なにおいもしなかった。三人が入ってきたのを感じたのか、黒字に雲の描かれたマントを羽織った人間たちがゾロゾロ集まってくる。

報告書に書かれていた人数よりも少ないので、全員ではないのだろう。




が、こんにちわーと、体操のお兄さん風に挨拶すると、美人が良かった、色気が無い、馬鹿そうだ、などと各々が勝手な感想を言い、を下から上まで無遠慮に観察した。







**********







「では、さっそくですが、自己紹介をしてもらいましょうか」


女は馬鹿なのに限る。




こいつらは、そんな基本的なことも知らないのだろうか。まさか、私の趣味だと思われたのだろうか、それは心外だ。周りの反応をみて、鬼鮫はを拉致したことを、早速後悔していた。


しかしながら、後戻りはできない。もう、連れてきてしまったのだ。また女を捜しに行く手間は掛けたくない。全員が気に入らずとも、不愉快に思わない程度の女であるよう、鬼鮫は祈るような気持ちで、に自己紹介を促した。


そんな鬼鮫の思いが伝わったのであろうか、は、あどけない丸い目を鬼鮫に向け、かわいく微笑んだ。



「はじめまして、はたけ でーす。『はたけさん』って呼んでねっ。」



暁の人間は怯えられると、興奮する、興奮すると殺したくなる。だから、には怯えてもらっては困る。が、仮にもビンゴブックに乗っている連中を前に、あまりにも快活に臆することも無く、しゃべりだした彼女に、不安を抱いた。


そう、此処に来て始めて彼女に対して警戒したのだ。


この間、始末した木の葉の間者の後任ではないだろうか。そんなことが頭を一瞬よぎった。

が、「年はピッチピチの18でーすっ」と、高々と言い張る彼女を見て、思い過ごしだと知る。潜入任務で疑われないためには、嘘を最小限に抑えることが大切だ。これは万里共通の鉄則だ。なのに、彼女はしょっぱなから嘘をついた。


しかも、年齢をだ。素人以下だ。


「いや、どうみても成人しているだろ。」


すかさず、ツッコミを入れたのは、角都だった。


「ヤダッ、夢がなーいっ」


が、頬に手を当て悲鳴をあげると、皆の鋭い視線が鬼鮫に集中する。



「おい、鬼鮫、誰が馬鹿な女を連れて来いって言った?誰の要望だ?」


そう、剣呑なチャクラをもらして言うのは、ゼツで、残念ながら、は『美味しそうな女』には該当しなかったらしい。喧嘩一触発の雰囲気の中、は我関せずと、自己紹介を続けた。



木の葉ではくのいちに、空気の読み方を教えないらしい。このような馬鹿女を野放しにしておくとは、恐ろしい里だ。



「職業は、下忍でーすっ。の好きなものは男で、嫌いなものは女っ。趣味は男の人と甘い夜を過ごすことかな?てへっ。将来の夢はジュエリーデザイナー!きゃっ、言っちゃった。」




ツッコミどころ満載なそれに、開いた口が閉まらない。



「いや、お前、なんで忍びになったんだよ。うん?」


眉を顰めたデイダラが、至極もっともなことを言う。


「結婚までの、こしかけ?みたいな?」


一々、語尾に疑問符を付けるところは、馬鹿の頂点を極めた女のしゃべり方に相応しかった。




「って、結婚?デザイナーになるんじゃないのか?うん」


「えー、夢見すぎー。現実見きゃ、ダメダメだぞっ」




そういって、はデイダラの鼻の頭を人差し指で小突いた。


「な、コイツ殺しても良いか?うん?」




デイダラが、他のメンバーに同意を求め、他のメンバーたちが迷い唸る。サソリとゼツが静かに首を縦に振った。緊迫した空気の中、「冗談きっつーい」とは黄色い声を上げる。

この危機感の無さは致命的だ。よく下忍になれたものだ。



「いや、次の家政婦が見つかるまでは生かしておいたほうが良い。」


リーダーであるペインが、汚れた部屋を見ながら、至極真面目な面持ちで言ったので、他の者は頷く以外に何も出来なかった。



「きゃっ、ペイン様ってば、素敵っ!」



の笑い声が洞窟に響き渡る。





殺す時は自分が手を下そう。
この時、この場にいた暁のメンバー全員がそう思ったらしい。

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