兎シリーズ

月の兎 :「月に兎がいる」という伝承にまつわる伝説


「えーーーーーーーーーーーーーー!俺もう草むしりなんて飽きたってばよー!!」

そう受付所で叫んだのは意外性ナンバーワンのドタバタ忍者ナルトだった。 いつもは諌め役に回るサクラも、なにかとナルトを馬鹿にするサスケも沈黙を守っている。 きっと、同じことをおもっているのだろう。 これに対して、困ったような顔をするのはカカシで、怒った顔をするのはイルカであった。 そして、我らが木の葉の受付嬢、彼女がした表情はそのどちらでもなかった。



「そうねっ、、ナルト君の気持ちよーく分かる!」


うんうんと首を縦に振り、頷くは、果たしてナルトに好印象を植えつけることに成功するが、逆にイルカの怒りを買うことになった。


「おい、、それは受付任務に飽きたっていう事か?」

「きゃっ、イルカ中忍!の心中、覗いちゃった系?いやん、エッチ!」

「ばか者―――――――!いいか、お前らよーく聞け、任務に貴賎上下など無いんだ!!全て等しく大事な仕事なんだぞ! それをお前らときたら、ナルト、お前は草むしりで花の芽を抜いてしまうわ、、お前は書類整理サボって惰眠を貪るわ、責任感が足りないぞ!!」



ぜぇぜぇ息を荒くしながらイルカが怒鳴るが、ナルトは受付にあるCランクの書類をパラパラと捲って目ぼしい任務を探しており、で我関せずというように大きな欠伸をしていた。 そんな二人の頭にイルカの拳骨が落ちたのは言うまでもない。



「だってーだってー俺、もっと忍者らしい任務したってばよー」

「ふむ、そうじゃな。」

「うわっ火影の爺ちゃん、急に現れるなってばよ!」

「カカシ班には草の国へ密書を送り届けて欲しい。」



ナルトの後ろから現れた火影がに濃緑の巻物を渡す。


、草影が個人的にお主と会いたいらしいぞ。ついでだから付いてゆけ」

「・・・」


一忍びのが、「何のついでですか」と火影に問える筈も無い。 は笑顔を引きつらせながらもその巻物を受け取った。 火影の言葉に敏感に反応したのは今までイチャパラを読みふけっていたカカシであった。


「どうして、ちゃんが草影様に呼ばれんのよ。」

「草影候補だったツヨシも今や立派な草影じゃ。カカシ、お主だって、この間ツヨシが木の葉に訪れたのを知っておろう。その時にコヤツは見初められたのじゃよ。」

「「ええええええええええええええええええええ!!!」」


告げられた言葉にサクラとナルトが悲鳴を上げた。


「って、さんの一人勝ち?さんがシンデレラ!??何それ、ずるーい!!!」

「草影の兄ちゃん、趣味悪いってばよ!!」

「あれから毎週贈り物が木の葉に届いておる。送られてくる物は全て貴重な物で荷物検査に毎回ひっかかってのう、検査員が四苦八苦しておったわ。」

「さっそく貢物!?草隠れの装飾品なんて綺麗で有名なのよね!!さん、今度家に行くから見せてね!」

「・・・え、あー、んー」


は目を不自然に動かし、サクラとは目を合わせない。


「ほっほっほっ、それは無理じゃよ。サクラ。草影からの贈り物が見たいのなら、の家に行くのではなく、質屋に行ったほうが早いぞ。」

「「「「「・・・」」」」」

沈黙がその場を支配する。 に一同の視線が集まった。

「テヘ。下忍の給料って安いのよねっ。、超困っちゃう」


失礼ながらも、一里の長である草影に同情してしまう7班とイルカであった。






*****








上忍ならば半日、下忍の足を考慮しても一日で目的地に着くと思っていたの予想は果たして大きく外れた。



「じゃあ、今日はこの宿に泊まるか」

「うれしー!!野宿じゃないのね!」

「旅館だってばよ!」

「フッ」

「・・・」

「何、ちゃん疲れちゃったーの?」

「受付任務ばかりやっていたから体が鈍っていただけだろ。さっさといくぞ、カカシ」

「あのねー。サスケ、年上に向かってそういう言い方ないでしょーよ・・・って、ナルト!受付を通ってから中に入りなさーいよ」



あり得ない。 丸一日かけて草隠れの里までの道のりの半分も進まなかった。

なんて、ノロマなの。

この人たちは亀だったの?

私、昼寝してもいいですか?


「もしもし亀よ、亀さんよー、世界で一番お前ほど、歩みののろいものない。どうしてそんなにのろいのか ―」

私が歌うのを聞いて、サクラが隣で怪訝な顔をしていたが無視した。



こうして、草隠れの里にやっとのことで着いたのは三日後のことであった。






*****






「やぁ、さん!!お久しぶりです。僕が送った贈り物は気に入ってくれましたか?」

「とってもっ」



満面の笑みを返すに、気持ち半歩、後ずさりしたカカシ班の四人であった。


「会いたかったです。この日をどんなに僕が待ち望んでいたか分かりますか?」


草影がを抱擁しようと手を広げるが、それを遮るようにカカシがの目の前にズイッと出た。



「草影様、こちらが例の密書となります。どうぞお手に取りお確かめ下さい」

「・・・カカシさん、無粋ですよ。」

「任務を疎かにしては火影様に申し訳が立ちませんので」


カカシと草影の間で激しい火花が散る。 その間は窓際に立ち草隠れの里を観察していた。 今の草影がどのように里に受け入れられているのか、里の経済力、人々の活気や生活は窓越しからも見て取れる。 得ようとするかしないかの問題だけで情報はどこにでも落ちているものだ。

草影室に入る際、二人の門番がいて、今も天井裏には三人の忍びがこちらを見ている。少しでも不審な態度を取れば私も7班も木の葉には生きて戻れないだろう。 厳重な警備からこの新しい草影の重要性が分かる。次の草影が出るまでの使い捨てではないことは明らかだった。 窓の外に見える町並みを眺める。商店街だからだろうか、人ごみが出来ている。草影には里の者たちをひっぱっていく力があるのだろう。そうでなければ、里にこう活気はあふれない。


「火影様に報告するようなものはありましたか?」


窓が鏡代わりをして草影の姿を写した。 窓を通して目が合う。は頷く代わりに綺麗に微笑みを返した。 それをみた草影は何を思ったのか


「キスしていいですか」


の肩に手を置き自分のほうへ振り向かせた。 「きゃー」とサクラの黄色い声が上がるが

「良いわけないでしょーよ。変態。」

と、自分のことを棚にあげて、カカシが二人の体を離した。

そして、いつも寝ぼけた顔を引き締めて草影にお辞儀をした。




「それでは、確かに草隠れの密書お預かり致しました。三日後には火影様にお渡し意できると思います」



カカシの手には橙色の巻物が握られている。

密書の遣り取りなど頻繁に行うべきものでもないが、就任したばかりの彼にとってはそのようなコネクション作りも大事なものなのだろう。





「もっと、ゆるりと寛いで下さっていても良いのですよ?滞在許可証なら僕がいくらでも出せますし」



「いえ、我々も任務がありますので失礼致します」



カカシは半ば引っ張るようにの腕を掴み、草影室を出ようとした。



何がなんだかわからない子供たちも険悪な空気を嗅ぎ取って、焦りながらも黙ってついていく。


扉を閉める際、草影が言葉を発したため、カカシがドアノブに掛けた手を止める。




さん、火影様から大体の話は伺いましたよ。

僕はあの時、決着を付けることができました。貴方は------------------」

















バタンと扉はによって勢いよく閉められた。


手を挟みそうになったカカシが非難の声を上げようとするが、の蒼白な表情を見て、口を噤んだ。首筋の汗が太陽により光っていた。



彼女の行動にカカシだけでなく子供たちも怪訝な表情を浮かべたが、がスタスタと歩き始めると、任務を思い出し帰路に着いた。












『―――――――いつになったら決着を付けるのですか?』




草影の言った言葉がの頭を支配していた。

心なしか頭痛もしてきたし、吐き気もする。


姉ちゃん、顔色悪いけど大丈夫だってばよ?」


「カカシ先生、あそこの店で少し休憩を取った方が良いんじゃありませんか
・・・って、カカシ先生!」


「おい、カカシ、本が上下逆になってるぞ。読めるのかそれ」



「え、ああ」



カカシもまた先程の草影の言葉に捕らわれていた。


父親のことやアカデミーでのこと、のことを今まで全く知らなった自分、まだまだ

には自分の知らない何かあるのかもしれない。



そして、それを、あの草影は知っている。



そう考えて、カカシは嫉妬したのだ。

苛立ちを抑えようとし、冷静に振る舞ってみるが、その動揺は下忍のサスケにも隠せないほど酷いらしい。







だから、



といったら忍び失格なのかも知れない。






サクラが悲鳴を上げるまで全く気づけなかった。




敵が近づいてきたことに。








*****













「やいやいやい!お前誰だってばよ!サクラちゃんを離しやがれ!!」



サクラを人質にとられて、意気込むナルトはクナイを取り出し相手を威嚇した。



「キャー、サスケ君!」


「そりゃないってばよ、サクラちゃん」


サスケに助けをもとめるサクラ。項垂れるナルト。噴出しそうになっただが、そうもいかないと敵のレベルを見て思う。



「黙れ!おい、そこの男!写輪眼のカカシと見受ける。この子供の命が惜しければ、密書を渡せ」



密書には草隠れの禁術が記されているらしい。そのため、たちを狙ったと言うことだ。


カカシと真っ向勝負をするつもりはまったく無いらしく、大人しく渡さなければ一般人も巻き込むことになるぞ等と周囲の人間まで人質にとった。

使えるものは何でも使う性格らしい。




「卑怯だってばよ!!正々堂々勝負しろー!!」




ナルトがサルのように喚くが、相手の言い分はもっともなことであり、ことに忍ぶことを生業としている忍者が正々堂々としていたら甚だおかしな話である。カカシがどのような下忍指導を行っているが知らないが、は頭が更に痛くなるのを感じた。敵のレベルは木の葉の特別上忍レベル。


巻物を渡さなければ犠牲者が何人出るかも分からない。
周囲に目をやるが、夕刻だからだろうか買い物客がかごを下げて往来を行き来している。チラチラとこちらを見てはいるが、ただの物取りか誘拐とでも思っているのだろうか、治安の悪いこの当たりでは頻繁にみられる光景なのだろうか、人々はさして気に求めず歩き続けていた。

避けてくれれば考えようもあるものの、これではお手上げだ。
カカシもそう思ったのか、懐から巻物を取り出した。



「これが巻物だ」



「くくく、物分りが良くて助かるぜ。写輪眼さんよ」



「カカシ先生っ!駄目だってばよ!!」



「カカシ、渡すつもりか?」



「仲間の命を第一優先に考えろ」



「くくく、竹島山の頂上に100人程の抜け忍が集まった隠れ蓑がある。明朝までには出て行くが、取り返しにきたきゃきてもいーぜ。生きては帰れないがな。」





はその様子をただ傍観していた。仲間を第一優先に考えて死んだ先生とカカシの姿が重なった。




吐き気がした。







敵は巻物を手に入れると瞬身で消えていき、その場には煙と木の葉だけしか残らなかった。





*****














近くの雑貨店で、はトイレをかりて吐いていた。久しぶりに殺気を当てられて、怖かったのだろうと勝手に解釈した7班。店の外でサクラは顔を伏せカカシに何度も頭を下げていた。



「カカシ先生ごめんなさい。私の所為で密書が・・・」

「いや、敵の気配に気づけなかった俺も悪かった。すまん。怖い思いをさせたな。」



カカシの大きな手がサクラのピンク色の髪の毛を宥めるようになでた。








もう、胃液しか出なくなった所では口を濯ぐと洗面所から出て、雑貨店の店主に礼を言い、申し訳程度に小物を幾つか買った。濃い桃色に染まったツツジが満開だ。蜂や蝶が我先にと群がっている。穏やかな風が、気分を幾分か和らげてくれる。




帰ったら、カカシはどうなるのだろうか。


隊長として責任を問われるだろうか。


木の葉の業師と言われたカカシが、たかだか特別上忍程度の忍びに巻物を渡したことは笑って許されることではないだろう。巻物が奪われたことで草隠れの信用は一気に失った。




さて、彼も父親と同じ末路を辿るのだろうか。





の口が自嘲的な笑みを浮かべた。気づけば頬が濡れていた。




「くだらないな」





流れるそれを袖で拭い、カカシたちがいる方に足を運んだ。


















カカシの周りを囲むように、下忍たちがいて、不満があるのか抗議のためかきゃんきゃん吠えていた。


「カカシ先生!俺、納得できないってばよ!」


「取られたものは取り返すべきだ。任務失敗は許されない」


「で、でもサスケ君、向こうは100人もの忍びを抱えているのよ?下忍の私たちが太刀打ちできるわけないわ!」



「サクラの言うと−り。どのくらいのレベルの忍びがいるかは分からないが、隠れ蓑を教えるくらいだ、自信があるんでしょーよ。・・・お前らを危険にさらすことはできなーいよ」



カカシの銀髪を眩しく感じた。

自分はいつから目を細めるしか能のない人間になったのだろう。
手を伸ばそうとしても、諦観する心が自分を臆病者にする。



あの任務放棄の一件以来、私は先生を忍びとして認めていない。

先生は所詮人間だった。そして、私は所詮忍であった。




そして、カカシにも、また同じことが言える。

サクラは里にとって、家柄も能力も普通の枠を超えない、さして重要でもない存在だった。

巻物とサクラの命を天秤に掛けた場合、巻物の方が遥かに重きを成している。


それなのに彼は里の威厳を失うことよりも部下の命を優先した。隊長としてその判断を下した。



もう、カカシを同じ忍びとして見る事は二度とないであろう。



カカシも所詮人間であった。そして、私は所詮忍びであった。




「あ、ちゃん、大丈夫だった?」


「てへ、全部ゲロッたから、もうピンピン!」



「・・・あ、そう。でも無理しないでね。とりあえず、こいつらと一緒に里に帰ってちょーだいね?」



「え?」




自声を上げ、目を見開いた。

カカシと目が合う。

息が出来ない。





「俺は、竹島山の頂上にいく」



さん!カカシ先生を止めて!一人でなんて死にに行くようなもんよ!応援を待つべきだわ!」


「明朝には移動すると言っていたでしょーよ。応援を今から呼んでも間に合わなーいよ」


「カカシ、あんたが凄い忍びだって言うのは噂で聞いているが、確実に死ぬぞ」






手が小刻みに震えた。



これは恐怖からか




それとも






「それでも、俺は忍びだから、今生きている忍びにも英雄になった忍びにも敬意を表して、戦場に赴かなければならない。」







・・・歓喜からだろうか






忍びであるから覚悟しておかなければいけないのだ。無駄死にという、最後も。

この言葉は誰の台詞だったか。





無意識のうちにカカシの腕を掴んでいた。



ちゃん?止めないで、こんなことになっちゃって、ごめーんね。」


「行く」



カカシの腕を掴む力を強めた。


「君の能力では絶対に死んでしまーうの。俺は庇うことが出来ないの。わかってね?」











私はもう決して、頷かない。



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