有為転変

17 / 金科玉条


ゾルディック家との出会いから2年が経ち、この世界にやってきてから3度目の春を迎えようとしていた。

私は26、ヒソカは11になった。

未だ、帰る方法は見つからず、また、無視してきた問題も山済みであった。


例えば、私が老けない謎とか、例えばイルミとヒソカの微妙に仲良くなってしまった関係とか、 例えば、そう、これはもっと深刻な問題だけれどヒソカの臓器移植についてとか、ね。



一つずつ解決していくにしても、最後の問題は私が何とかできる範囲ではない。日本の京都大学の先生が確かiPS細胞と言うものを研究していて、 日本ではいつか臓器移植をしなくても良くなる日が来るのではないかといわれていた。


その技術はHUNTERの世界では存在しないらしく、古典的でなんとも野蛮な移植と言う方法しかないらしい。

さて、此処で問題なのは一体何か。ヒソカを助けるに当たって、まず、一人死ぬ人が出ると言うことだ。だが、自分の命を永らえるために人の命を奪って良いはずが無い。



勿論、私がこう考えるのは日本教育の賜物で、実際、人に限らず全ての生命体は何かの犠牲の上に立っていることは確かで、「人を殺してはいけない」と言う観念も「人権」という観念同様、人が勝手に作り出したものだが、 それが人々の間に平和と安全をもたらすことは覆しようない事実だ。


平和や安全は、人の幸せに直結すると言っても過言ではないだろう。



私には、ヒソカの命を脅かす存在を安じるつもりは全く無い。これは、単純な理由だが、赤の他人であることが一番の要因だろう。こう考える自分は最低な人間だと思う。もし、逆の立場だったらどうだろう。もし、ヒソカがあと一ヶ月しか命がもたなくて、ドナーが見つかったり、 クローンを作って移植手術をすれば、彼が助かると言われたらどうだろう。

私は、もしかしたら、ヒソカを助けるために人を殺すかもしれない。



強者が弱者を食らう世界はどこの世でも同じ。でも決して認めてはいけない。 けれども、そこに解決策があるのならば、悪魔にも魂を売るのだと思う。 崇高な倫理観よりも大切な人を守りたいと言う思いが勝ってしまうことがある。


それが、人間だ。なんてことは言わない。それが、ただ、醜く汚い私の考えだ。



まあ、でも実際には、その状況になってみなければ分からない。博愛主義者の私は、意外とヒソカが病気にかかって臓器移植が必要になったとしても、他の誰かの命を奪ってまでヒソカを助けようとはしないかもしれない。





?聞いてるか?」



「ん?」



「やっぱり!」




思考を現実に戻した私は、冷めた紅茶を飲んで眉を寄せる。砂糖を2,3個落として、スプーンでかき混ぜながら、目の前で溜息をつくケインを見た。


お忘れの方も多いと思うので、今一度説明させていただこう。 彼の名前はケイン。ニコラの親友で、流星街でを拾った人間だ。

初対面時の丁寧な言葉遣いは、やはり素ではなかったようで、 慣れてくると本来の乱暴で汚い言葉遣いをするようになった。



「え、ああ、すみません。えーと?」



「だから!結婚してくれ!」



驚きの方も多いと思うので説明させていただこう。 このサングラス黒スーツの男。一週間前にの恋人に立候補したのだ。彼の一目ぼれで、告白するまで2年もかかってしまったと言う今時一途で健気な男だった。



健気な男だった・・・


って、いやいや。

おかしいでしょ。何でいきなり結婚?もっと階段踏もうよ。 ほら、普通さ、「付き合ってください」から始まってさ、 その次にデート行ってさ、映画を見て「趣味が同じなんだね」とか分かり合ったようなことを言ってさ、 帰りに手を繋いでさ、その次にキスしてさ、そんなこんながあって、最終的に落ち着くわけなんじゃないの?


なんで突然、結婚?


いつフラグが立った?



「物事には順序と言うものがあってですね。 それを守っていただかないと、こちらとしても困るわけなんですよ。」


「いや、本気なのを分かってもらおうと思ったんだ」



「いや、どん引きですよ。」



「そんな悠長なこと言ってどうすんだよ。そんなんだから、結婚適齢期を逃すんだ!」



いやいや、私26歳だよ。
まだまだ、売り手市場だからね?


喧嘩売ってんのか、お前。


あ、でも此処の世界では、女性は20歳が結婚適齢期らしい。なんか、こういうギャップを知ると挫かれるよね。


独身最高!ヒャッホーイ!

なんて言ってるの私くらいで、近所の若い娘さんたちは皆もう結婚しているからね。


最近ポストにお見合い写真みたいなのが、いっぱい詰め込まれているんだけど、 きっと斜め向かいにある家のおばさんが気を使ってくれているんだと思う。


ありがたがれば良いのか、怒れば良いのか判断が付かないから結局放置しているんだけどね。

そういえば、この間、ヒソカが庭でその写真燃やして焼き芋つくっていたな。 体に悪そうなものも一緒に燃えそうだけど、大丈夫なのかな。

そんな現実逃避を図りながらも、私は目を泳がして他の話題を探した。




「そういえばさ、ニコラとヒソカって、なんか似ていませんか?  雰囲気だけじゃなくて、顔とか。この間、ヒソカと一緒に昼寝したんですけど、 起きた時ニコラの顔が目の前にあると思って思いっきり引っ叩いちゃいましたよ」



「・・・。44号(ヒソカ)も苦労してんな。ってか、お前は世話係として最悪だな。」


「いやいや、本当に二人とも似ているんですって」


「そりゃ、そうだろう。本当はニコラも、44号と同じクローンなんだから」



「・・・どういうことですか?」



「ニックは大富豪の息子のクローン1号だ。失敗作で流星街に捨てられたんだけどな」


「失敗作・・・」



「クローン技術はまだまだ発展途上だ。 同じような姿かたちをしていても、臓器の形の適正や血液に含まれてる要素なんかが違うことがある。 それで、ニコラは非適合者だった。」



「ちょっと待ってください。じゃあ、その大富豪の息子さんって今おいくつなんですか?」


「ん?確か、41くらいじゃねーの?」


「息子って年じゃないじゃん!」



「金を出すのが、そいつの親なんだから息子は息子だろ。44号は貴重な適合者だから、 ヤツが、というよりも、ヤツの心臓が大人のそれと同じ大きさになるまで、世話しているわけだ。 そういう意味で、44号は流星街のやつらよりも運が良かった。」



私は眉を寄せた。


「流星街に生まれてきた不健康な子供は死ぬ。 だが、健康な連中は、俺らの研究所で解体されてパーツごとに売られていくんだ。そんな人生最悪だろ?  まあ、俺たちにとっては悪くない商売だ。 もともとゴミ捨て場にあった子供たちで資本金も先行投資も一切必要ない。最高のビジネスだ」



そういって、ケインは口の端を歪めた。 笑っているようにも、泣いているようにも見えたが、 成人男性の表情ほど読みにくいものは無いので、それ以上彼の顔を見るのはやめた。

本気で、言っているのであれば殴りたいし、怒鳴りたい。仕方が無くやっているとしても、そういう言い方はあまりにも配慮に欠けている・・・、 そう思うのは私が、未だに甘ちゃんだからだろうか?現実を受け入れてないからだろうか?

それでも、思うのだ。願うのだ。悲しみや不幸を広めてはいけない、と。

不条理な世の中で、少しでも公平な世界を実現させたいと、思い続けなければ、いつまで経っても世の中は変らない。



「改革は外からではなく内から出て来るものでなければならない。諸君は道徳を立法化することはできない。」

ジェイムスうんたらかんたらさんが言っていたような気がする。うん。


紅茶の中に浮かんでいるレモンを見ながら、小さく答えた。





「・・・ケインさん。私は貴方とは一生付き合えないと思います。あまりにも価値観が違いすぎます。」


住む世界も違う。

思考回路も違う。

倫理観も違う。

もっといえば、タイプじゃない。

(・・・あ、すみません、最後のコメントはカットしといてください)




「そう言うな。欠けているものを補い合うのが夫婦のあるべき姿だ」



ケインが机の上に置いてあったの手を取り、握り締めた。



見つめあう二人、小洒落た喫茶店、二つの影は重なり合って・・・。



「いやいや、キスしないし!それに結婚もしないよ。何この流れ、おかしいよ。」



何やら舌打ちが聞こえてきたが、聞かなかったことにして、帰る用意をする。 洗濯物を取り込んで、夕食を作らなければならない。
ヒソカは最近反抗期に入ったのかずっと不機嫌だし、 それをニコラに相談してみれば、「男にはそういう時期もあるのよ」とかよく分からないことを言い出すし、 とにかく、私はケインといつまでもお茶をしているわけにはいかないのだ。


「ケインがあの研究所を辞めない限り、私はケインと結婚なんて出来ないからね!」


眉を吊り上げてそう言い放っても、大して気分を害さなかったのか、ケインは目を見開き大きく笑い、 私を赤いスポーツカーに乗せると家まで送ってくれた。帰り際にキスをされ、一瞬目を剥いたが、 文句を言う前に「またな」と言って去って行った。











春の花々が綺麗に咲いて、庭はずいぶん明るくなった。夕焼けが花々を真っ赤に染め上げ、そよ風が木岐を揺らし、花びらが舞う。





熱が宿る頬に手を当てて、この原因は夕日が顔を照らしているせいだと、暗示をかけた。











これは、この世界に来て3年目の春の話。

私はその時、その様子を窓から見ていた子供の存在を知らなかったし、

ケインがこの3日後、町から姿を消した理由も知らなかった。













私の知らない所で、私の思想が小さな波紋を広げていったことを、私は知らなかった。


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