キャリーバッグ片手に、流星街を三日間歩き回って、気づいたことがある。 空腹も寒さも感じない上に、朝晩寝ずに歩き回っても疲労を感じない。これは、もしかしなくとも夢なんじゃないかってキャッホーイ!良かった〜って、思い始めた。でも、違ったらしい。
わき腹から、ドクドクと流れる血と、バクバクいう心臓と、神経がすり減らされるほどの痛みが現実だと教えてくれた。
人に刺された経験なんてないし、こんなに血が出てるのを見たのも初めてだったし、 自分の体だし、頭は混乱しているし、本当どうしようと、自分を刺した人間を見て、また頭が痛くなる。
「綺麗な服着てるから、食い物か金くらい持ってるかと思ったんだけど」
自分を刺した人間は、年端も行かない子供なんだから吃驚だ。
相手が念能力者だっていうのは、なんとなく分かった。でなければ、成人済みの私が刺される訳が無い。キャリーバッグを勝手にあけて、ガサごそと漁っている男の子を横目で見た。
こんな所で生きていて、毎日がサバイバルで私の知らない苦労をいっぱいしていて、どうして叱ることができるだろう。
どうして、非難することができるだろう。 守られるべき子供たちは、この無法地帯で、 どのように生きていけば良いのか、誰にも教えられずに自身で模索し、自身で切り開いていかなければならないのだ。
しかし、しかしだ。
それが、人を刺して良いという理由に例えなったとしてもだ。
かわいそうな境遇で育ったから仕方ないで済めば、大人はいらない。
刺された相手は、刺した相手を覚えているし、恨みや憎しみは回り巡って、 結局かわいそうな境遇で育った人間に跳ね返ってくる。不幸の連鎖だ。
それを、大人が教えなければいけないんじゃないかなぁと、私は考えたりする。 道徳とか、倫理とか、そんなんじゃなくて、本人のために。 情けは人の為ならず、とは、昔の人も良いことをいう。
とかなんとか云々、考えている最中に、彼はバッグの中を探り終わったらしく、の方を向いた。
バッグの中から取り出した財布の中から何枚か紙幣を取り出し、の前に差し出す。
「・・・コレ何?どこで使えるの?」
「日本」
は顔を思い切り顰めて、少年を見上げる。わき腹の傷は血が出ているわりには深くなかったらしく、 は声を出すことも、動くことも可能だった。
「どこそこ」
「遠い所」
よくみてみれば、男の子は、推定5歳から7歳。子供に知り合いはいないが、だいたい幼稚園児くらいの大きさ。あどけない黒い目が、をじっと見る。
「お姉さんは、此処の人間じゃないんだね」
ビクリとの肩がゆれた。
「そんな綺麗な服を着ていて、目にも光が宿ってる。何もかもが、この町の人とは違う。」
「君も、私のいた所の子供とはずいぶん違う。私のいた所では子供は、少なくとも、 5歳くらいの子が大人を刺すなんて事はしないよ」
「ふーん。で、これは?」
次に男の子が興味を示したのは聖書だった。日本語と英語で書かれているその本を手に持って、首をかしげている。クリスチャンの会社の後輩にもらったものだが、開いた覚えが無い。
「聖書よ」
「こんな文字、見たこと無い」
「でしょうね」
は適当に言葉を返し、滴る自分の血を見て、彼と会話を続けるよりも先に、わき腹の傷を消毒したいと切実に思った。衛生状態最悪のこの土地で、破傷風になる確率は非常に高い。 キャリーバッグから救急セットを取り出すが、中身は風邪薬、胃腸薬、酔い止め等で、まあ、旅行用に用意したものだから仕方ないが、 役に立ちそうに無かった。一応応急処置として止血しようとタオルに手を伸ばした時、男の子が声をあげた。
「放せっ」
「大丈夫ですか?」
振り返ってみると、黒いスーツにサングラスをかけた男が、男の子の襟首をゴミでも掴むように持っていた。
「どちら様?」
目の前の男が流星街の人間でないことはすぐに分かった。
「いや、私こういうものでして」
差し出された名詞を丁寧に受け取って、目を通す。ボランティアの人のようだ。糊の利いたワイシャツから、上品な香水が鼻腔をくすぐる。だけど、これは危険な香りだ。 どう考えても、目の前の男は堅気の人間じゃない。 子供とはいえ念能力者の襟首を掴むなんて一般人に出来る筈がない。
「実は、飢餓や貧困に苦しむ子供たちを助けようとする趣旨で活動しているんですが、貴方もボランティアの人かなと思って。たまにいるんですよね。助けに来たのに、逆に襲われちゃう人。」
サングラスを外して、にっこり笑いかけてくるが、胡散臭さが残る、様な気がする。
「あ、怪我していますね。手当てをしたほうが良い。 今、仲間を呼んできます。ここで待っていてください」
男はそう言うと、男の子を縄で縛ってからその場を去った。
「クソッ、まさか、あいつらが流星町のこんな奥まで来るなんて」
男が去ると、子供が吐き捨てるようにそう言った。
は、キャリーバッグを整理しチャックを閉めてから、 近場のゴミの山の中に隠した。日本語や英語などが表記されているものを見られるのは好ましくないと思ったからだ。 機会があったらまた此処に来て掘り起こそうと考えた。どうか、土に還りませんようにと、願って。
「お姉さん、こういうのもなんだけど逃げた方が良いよ。アイツら、臓器や奴隷のディーラー。」
は、溜息をつきたくなった。 こんな小さな男の子の口から、こんな物騒な言葉が出てくるなんて、世の中間違ってる。
を刺した張本人から、そんなこと言われても信憑性もクソもないのだが、 まあ傍から見ても、あの男が危なさそうなのは明確なので、一応頷いた。
「あー、でも、この傷では、そう遠くには行けないから。」
はそう告げると、縄を解き始めた。
「縄は念で作られてるから、お姉さんには解けな・・・」
「奇術師に不可能はないんだよ。さて、君は逃げた方が良いよ。」
とりあえず、トリップしてから微妙に頑丈になった体は念能力の紐を 解くことができるようだ。何故かはしらない。 とりあえず、男の子の質問には、某漫画の変態ピエロの決め台詞を言っておく。
そして、男の子の頭を撫でると、ゴミや埃がついて乾燥した髪がパサパサ音を立てた。
その行動に不満を持ったのか、キッとを睨む。は笑った
「これだけは、覚悟しておいた方が良い。君は君のした行いに対して、報いを必ず受けることになる」
「それは、矛盾していない?お姉さんを刺したのに、お姉さんに助けられたよ」
「今日は特別だよ。次はない」
が、くるりと反対の方に向かせ、トンと背中を押すと彼はそのまま走っていった。
遠ざかる背中を見ながら、は思った。
これから、私はどうなるんだ?
是々非々:公平な立場に立ち、是と非を認めること