有為転変

21 / 孝悌忠信


「え、ニコラ?」




驚愕の表情を浮かべる彼女はどこまでも、愚かだった。 そして、私は生まれて初めて異性を愛したのだった。









流星街でケインが拾ってきた女の名前。 黒髪黒目の扁平な顔立ちをしていて、美人でもかわいいわけでもない普通の女だった。



あの時は、丁度44号(ヒソカ)の世話係が死んだ日だったから、その補充として彼女は世話係と言う役目を負う形となったが、本来ならば、そのまま健康な臓器を取りだして売られていた筈だ。



ああ、は女だから他の使い道もあったかもしれないが、 それは研究所の人間が考えることであって、私が考えることでも決められることでもない。





彼女は不思議な女だった。彼女は字こそ読めなかったが、一般教養は備わっていたし、理解力は人一倍合ったような気がする。自分とは、相いれない人間に囲まれて、その話を聞き、言葉を返していくと言う行為は、 意外とストレスのたまるものだが、彼女は普通にやってのけたのだ。




彼女が腹を立てたら、殺せばよかった。世話係など探さなくても腐るほどいる。彼女は特別な存在だったわけではないのだ。


でも、実際彼女は私ともケインとも44号とも模範的な人間関係を結んだ。付かず離れず丁度良い距離だった。

彼女は、流星街に来る前は普通のOLで企業に勤めていたらしく、 その時に培ったストレス耐性とか、精神的タフネスとか、人間関係構築の技とかで、上手く私たちとつきあえたのかもしれないと言っていたが、それこそ、おかしな話だった。




普通のOLが、流星街に何をしに来たのか。平和な生活を手放して、何が目的で流星街に来たのか。疑問に思わないわけも無く、彼女の素性は調べてみたのだ。

彼女に関する情報は一切無かった。


曲がりなりにも、私が勤めている研究所は大きく、裏の世界に大きな影響力を持つ組織だ。その組織の力を借りても、彼女に関する情報が一切出てこなかったのだ。





それは、異常だった。




警戒こそはしたものの、それでも、彼女を生かしておいたのは、やはり、彼女を気に入っていたからなのだろう。

そんなことを考えながら、ヒソカと彼女の今後について話していると、彼女から抗議の声が上がった。


「そんな急すぎるわ!」



「だって、仕方が無いじゃない。相手だって、ヒソカの心臓がなくちゃ、余命1週間なのよ?かわいそうだと思わない?」


「思わない!」



「そう?ま、が、どう思おうと関係はないんだけどね。ヒソカは、ちゃんと覚悟はできているでしょう?」


「うん」


「良い子ねー」



部屋の端でトランプタワーを作っていたヒソカは、さも当然と言うように頷いた。 が世話係を解約されることもあいまって、彼女について思いを馳せていたが、 私は、今日ヒソカの臓器移植が今週末行われることが決定されたことを伝えに来ただけだった。



「でも、ヒソカはまだ子供よ!」


「でも、心臓はもう十分育ったわ。大人の大きさと同じくらいよ?もう待つ必要が無いの」


が、悔しそうに唇を噛んで、今にも溢れそうな涙を抑えている。 ポケットに手を突っ込みハンカチを取り出そうとしたが、その前にヒソカがの頬に手を添えた。



「泣かないで、



ヒソカはと同じ身長だが、椅子に座っているは、立っているヒソカよりも小さく見えた、最近逞しくなったヒソカの腕に抱かれるは「女」に見えた。


守ってあげたいと、柄にも無く思うくらいだった。

ヒソカは、ちらりと私を見て言った。



「僕のことはどうでも良いけど、・・・ニコラ、は、どうなるの?」


「普通の生活に戻れるよう支援はするつもりよ。・・・それで良いかしら?」



ヒソカは、もともと「生」に執着しない子だった。

逃げようと思えば、彼の力を持ってすれば難なくこなせただろうし、 も、私も彼の力の前では無力な筈だ。同じ念能力者でもその力の差は歴然としている。



では、何故、逃げないのか。

何故、死ぬことを受け入れるのか。

その答えは簡単。



生きることに意義を見出さないからだ。





ヒソカの場合、殺されるわけではないのだ。彼が自分を殺すことを決めたのだ。




が来て、彼の生活は変わった。 生きることに、意義を見出すようなそんな生活を送るようになった。 最初は微笑ましかったが、そのうち私は不安を抱くようになった。 反旗を翻すのではないかとか、彼女と一緒に逃げてしまうのではないのかとか、でも、実際彼が行動を起こすことは無かった。




彼は、と彼が「違う人間」だということを、どこかで分かっていたのかもしれない。 決して、相いれない、そんな類の人間だと、無意識に線引きしていたのかもしれない。




「・・・どうでも良いって、どういうことよ」



は目に涙を溜めてヒソカを睨むようにしてみたが、ヒソカは私をじっと見ていた。そして、一言こう言ったのだ。


を、幸せにして」


「・・・ええ、最善を尽くすわ」



の涙が零れて頬を伝い、ヒソカの手に落ちた。











なんて憐れな子羊だろうか。 大切な人を愛することも、幸せにすることも知らない。祈るしか脳のない子羊に与えられるのは、無慈悲な現実のみ。


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