有為転変

24 / 千載一遇


人は誰しも守られた経験がある筈だ。庇護を受けたことのない人間はいない。親に、友人に、仲間に、そして社会に。あらゆる恩恵を受けて人は今日生きている。






私にとっては、それは流星街であり、クロロたちであった。親はいなかったし、社会は腐っていたけれど、それでも、私はこの流星街でクロロたちと出会い、生きてきたことに誇りを持っていた。私は彼らを産んでくれた世界に少なからず感謝していたのだ。 それが、いかに馬鹿らしいことだかは、分かっていたけれど。








「助けてくれ!金ならいくらでもやる!!この子だけは殺さないでくれ!」





男の悲痛な声が大きな屋敷の中に木霊した。今日の仕事は、この家の地下にある「真実を映す鏡」を盗むことだった。 その鏡はその人が本当に大切にしている物しか写さないそうだ。

そんなメルへンティックな鏡を盗んでどうすると言いたい所だが、団長の命令は絶対で、私が逆らえる筈もない(いや、一応拒否権はあるか)。 そして「曰く付」の物が大好きな彼にとってこの不思議で胡散臭い鏡は何よりも魅力的なのだろう。





目の前の死体と化した男とその息子を見て、溜息を付く。これで、屋敷の全員が死んだ筈だ。





「地下にあったよ、例の鏡★」




後ろから声がして振り返ると、窓から射す月明かりを全身に浴びる男がいた。ああ、そうか一人生きている奴がいたね。つい最近入団した変態ピエロだ。


白粉を塗りたくった顔には涙と星のマークが描かれ、人の神経を逆なでするような声を出し、狂ったような言動をする。




「でも、この鏡、ボクが覗いても何も映らなかったよ。僕すらね★」




肩を諌める男の顔をチラリと見て、男が持っている鏡に目を向ける。映ったのは自分の服と念糸だけだった。角度を変えても、自分の顔がその鏡に映ることはなかったし、それ以外の物が映ることもなかった。




「何か見えたかい?」




男の問いかけには答えず、鏡をタオルに包み、用意しておいたバックの中に入れ近くの窓を開ける。冷たい風が部屋に入ってきて、空気を良くした。




「つれないねぇ?ま、そんな所も可愛いけど★マチ、この後暇だよね、一緒にディナーでもどうだい?」






ピエロの言葉を無視して、私は窓の縁を蹴って屋敷の2階から飛び降り、急ぎ足でアジトへと向った。

鏡を入れたバックを強く握る。これは本物だ。

「大事なものを映す鏡」であれば、今着ている服もこの念糸も自分が一番大切にしているものだからだ。 流星街で初めて高熱を出した時、私を助けてくれた人が置いていったものだった。





誰かにこの感動を伝えたかった。 できれば仲間たちに、できれば気持ちを共有してくれそうな人たちに、だから一目散に走った。




アジトに付くと、クロロが驚いたように私を見て、「そんなに急がなくても良かったのに」と言い、なんとなく腹が立った私はその言葉に対して「べ、別に団長の為に急いだわけじゃないから」と、なんだか、ツンデレのような発言を返してしまった。





とりあえず、カバンからタオルに包まれた鏡を丁寧に取り出し、クロロに見せた。しかし、何も映らなかったようだ。落胆した私はそのまま自分の部屋に行き、ベッドに沈んだ。













後日、クロロが私の部屋に訪ねてきた。風呂あがりに、もう一度鏡を見たら自分の額にある「十字」だけが映っていて、試しに自分が大切だと思っている「聖書」を鏡の前に持っていったら、それも映ったということを話してくれた。



私も何度かクロロが大切そうに眺めている姿を目撃したことがあるので、 その「聖書」が彼にとって特別なものであるのは知っていた。


例え、その内容が解読できないような文字の羅列であろうとも、その「聖書」の表紙に描かれている「十字」の意味が分からなくとも、彼がそれに価値を見出していることは知っていた。


私が、ヨーヨーをモチーフにしたように、彼の念能力が、その「聖書」をモチーフにしていることも知っていた。




「『聖書』」


「ああ、俺の命の恩人が置いていったものだ」



どこかで、聞いたことのあるような台詞だなと思った。



「大切な物と改めて認識すると、くすぐったいものだな」

そういうクロロを見て、私は素直に頷いた。








助けて欲しいと願った時に、現れたヒーローは、他の誰よりも特別な存在になったんだ。



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