有為転変

34 / 四月馬鹿


神がいなくなって、秩序が崩壊した。神がいなくなって、人は罪を犯すことに抵抗がなくなった。 けれど、神は眠りについていただけで、実際には存在していた。
人はどうすべきか考えた。謝るべきか。言い訳を並べるべきか。それとも嘘をつくか。
正直に謝れば、許すだろう。言い訳を述べれば、慈悲を下さるだろう。
しかし、嘘はどうだろうか。嘘は結局ばれるだろう。何せ、相手は全知全能な神だ。
しかし、世の中には嘘をつくしか脳の無い人間もいる。
そういった人間はどうなるのだろう。神はそんな人間をどうするのだろうか。









会場がしんと静まって、まるで時が止まったように誰も動かない。目の前にいる血だらけの少女がだと、初め親父から連絡が入った時には信じられなかったが、うちの親父と対等に話し合えることができるのは、ゾルディック一家以外ではくらいだった。さらに、この少女は10年前の親父の浮気騒動のことを知っていたし、彼女を疑う余地など残されていなかった。





少女がだと知って、喜びと共に驚き、それ以上にひやりとした。 彼女がこの試験に臨んだのはヒソカと会うためだったらしいが、親父の連絡があともう少し遅れていたら、彼女は死んでいただろう。他でもない。ヒソカの手によって。

悲劇どころの話ではない。




まあ、最悪の事態は逃れたとしても、今が良い状況とは言えない。何せ、ヒソカはに刃を向けてしまったのだから。 はヒソカに対して明らかに怯えているし嫌悪感を抱いている。

当たり前だ。ヒソカが、彼女にそうさせるような態度を振る舞ったのだから。しかし、がヒソカを分からなかったように、ヒソカもを分からなかった。


彼女が死んでもう10年の歳月が流れた。ヒソカは彼女が生きていた頃よりもずいぶん大きくなったし、それには何故か知らないが小さくなっていた。

・・・と、いうよりも、基本的に死んだ人間は生き返らないのが普通だし、ヒソカみたいな化粧をしてしまえばほぼ全ての人間は同じような顔になる。

お互いに分からなくても当然のことなのだ。愛の力で分かるなんて、映画や小説の中だけの話だ。








微動だにせず、明らかな動揺をみせているヒソカを見て、俺は小さく溜息をついた。 つい先ほどまで、人の動揺を見て嘲笑っていた人物とは思えないほどの見事な狼狽っぷりだ。 ヒソカのポーカーフェイスは無関心と無情からくるものだから、 幼いころから感情を露わにしない訓練をつけてきた俺のそれとはものが違う。







今日は、彼の人生の中で最も良い日なのか、最も悪い日なのか、その判断は今後の展開に左右されると思うが、現時点では後者に軍配があがるだろう。





何せ、彼は彼の最愛の人間に、それこそ、神のように敬愛していた存在に刃を向けてしまったのだから。


勿論、それに対して、何の擁護をしなかった俺も、後ろめたさやある種の「やばさ」を感じているが、 ヒソカのそれと比べたら大したものではないだろう。

そもそも、俺は殺人狂のヒソカに対してあえて彼女を殺すのか、と質問したくらいだから、傍から見れば、どちらかというと彼女を殺すことに賛同しかねていた様に、まあ、見えなくも無い。


うん。よし、俺は彼女に危害を加えてもいないし、俺は悪くない。うん、俺は彼女に嫌われるようなことを一切していない。あ、・・・なんか、元気出てきた。



、降参しなよ。」





俺は一人納得すると、未だ状況を理解できていないに声をかけた。 まあ、ヒソカも含めこの会場にいる全員が状況を理解できていないんだろうけど。 実際、俺自身も細部までは分かっていない。何故生き返ったのかとか、何故若返っているのかとか、その他諸々。




は、ちらりとヒソカを見て不安そうに眉を寄せた。 棄権しようとすれば、ヒソカに殺されると思ったのだろう。 全てをここで話してしまっても良かったが、家庭の事情をこんな会場で暴露する必要も無ければ、 放心状態に陥る人間を無闇に増やす必要も無い。




「大丈夫だよ。殺されないから」



俺を信用したのか、彼女は軽く頷くと、試験官に対して「まいりました」と小さく言った。




「あと、キルア君の試合も放棄するので彼にハンター証を渡してあげてください」




そして、続けざまにこんなことを言うものだから、俺は一瞬反応が遅れた。



「は、何言ってるの。そんなのダメに決まってるじゃん。キルと俺の試合見てなかったの?」



「見ていなかったわけじゃないわ。見逃したのよ」



ああ、忘れていたけれど、そういえば彼女は確かこんな性格をしていたな。理論的でもなければ合理的でもなく、ただ、此方を脱力させるような、この感覚、 ・・・懐かしいというか、大人になって改めて接してみると少々腹立たしいな。



それでも、彼女の好きなようにさせてあげたのは、やはり、彼女との再会に喜びを純粋に感じていたからだろう。





判然としない状況に不満を抱いた人間もいただろうが、 それ以上に試験が無事終ったことに安堵を覚える人間の方が多かったのだろう。 試験官からの指示に従い、講習会場に向かうため試合会場を後にした。











静けさが増す試合会場には、ヒソカ、キル、そしてが残った。居心地悪そうにするの存在はきっと取るに足らない存在だったのだろうが、 ヒソカと互角に戦っているように見えた彼女に焦燥感を覚え、更に両親との繋がりがあったことに畏怖を感じたのだろう。たぶん、親父たちがを使ってキルを連れ戻そうとしたのだと思いつき、こうした人間を使って、家から逃げても捕まえられるのだと勘違いしたのだ。連れ戻される。その恐怖感に支配されたのだろう。





「え、キルア君?ちょっと、落ち着いて、あの、確かに名前は偽名だけど、でも」



「もう良い!俺、帰る」




そういって、キルアは走って会場から出て行ってしまった。まるで、青春漫画の一ページを飾りそうなシーンだ。ああ、意外かもしれないけど、俺も漫画くらいは読むよ。一応ミルキの兄貴だからね。まあ、結果至上主義で、過程は重視しないのが家の方針だから、 キルアが勝手に勘違いして諦めて自主的に帰ってくれるのは良いんだけどさ。なんか、・・・釈然としないな。



「人の話を聞かないのは、キキョウ譲りなの?」



はキルアが出て行ったドアを指差し、呆れた顔をして俺を見上げた。俺は溜息をついて、未だ硬い表情をしているヒソカを見た。ああ、気が重い。



、あのさ、は何しに此処に来たの?」


「あ、そうそう、イルミ君に聞きたかったんだ!私が昔、お世話を任されていた少年のこと覚えてる?」


、それ何の冗談。俺のこと、ど忘れの激しい馬鹿かなんかだと思ってるの?」


「いや、そうじゃなくて、イルミ君ってなんとなく薄情だから、・・・てっきり私のことも忘れていると思ってたんだよね」


「・・・薄情」


「だから、その子の事も忘れているかもしれないと思ってさ。でも、こうやって奇跡的に覚えていてくれてうれしいよ」


「・・・奇跡的」



の中での俺の位置が、だいたい読めてきたが何も言うまい。 少し、悲しい気分になったが、嘆くほどではないと思いたい。・・・。



「でね、話は戻るけれど、そのヒソカが今一体どうしているか知りたいの」



俺は少し気合を入れるために息を吸った。の小さな肩に手を乗せ、彼女が気絶しても大丈夫なように支える。




、そのことなんだけど」



口を開いたと同時に、隣にふと気配を感じそちらに視線を向ける。時間がたったからだろうか、気持ちの整理が付いたのだろうか、だいぶ落ち着きを払ったp. いつもの余裕の笑みを浮かべたヒソカがそこにいた。




「ボク、知っているよ★」


ヒソカは、の肩に置いていた俺の手を払うと、少し屈み彼女の膝裏に腕をいれ、そのまま持ち上げた。所謂、だっこの姿勢でヒソカに持ち上げられたは、目をこれ以上なく見開き、顔を青くした。俺はヒソカの発した言葉に驚いたが、彼が口を挟むな、とでもいうように会話を繋いだから、口を噤んだ。



「会いたいなら、会わせてあげるよ★」


「え、あの、えーと」


俺に助けを求め縋るような視線を向けてくるには悪いが、ヒソカとのどちらか一方だけの意向に沿わなければならない場合、俺はヒソカを優先せざるを得ない。彼はうちの「お得意様」なのだから。それに、もう彼がを殺す等という暴挙に出ることも無い。


「ゴメン。。」


心から謝罪したのは生まれて始めての経験だった。 きっと、彼女は謝罪の言葉より、もっと為になるような助言を求めていたと思うけれど、俺は残酷な言葉を紡ぐ。



「俺、実はその少年のことよく覚えてない」


明らかに嘘だ。先ほど、覚えていると公言していたのにも関わらず、それをすぐに撤回することが何を意味するのか、 彼女なりに考えてくれれば良いと思った。俺が彼女に与えられる最大のヒントだった。


いつもの癖で小首を傾けると、「可愛いからって、なんでも許されると思うなよ」と言う子供の声が聞こえた気がした。

きっと気のせいだ。













試験会場を後にする時、ヒソカのやけにうれしそうな声が耳障りだった。









毎度予測不可能な行動をする奇術師に、今回ばかりは不安を覚えた。

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