日常生活で人々がおおむね正直なことを言うのは何故か。
神様が嘘をつくことを禁じたからではない。それは第一に、嘘をつかないほうが気楽だからである。(ニーチェ)
講習会場に行く途中、ヒソカに抱き上げられたショックのため、の頭は真っ白になりそのまま気絶してしまった。彼女を抱えながら、講習会を聞いている間、周りからの視線を感じたが、注目を浴びることに普段から慣れているヒソカにとって、それは気にすることではなかった。
他人が自分をどんな人間として見ているのかは、彼は知っていたけれど、誰がどう思おうがヒソカには関係無かった。
自分のこれまでの言動から、小さい子供に性的欲求を覚えるような人間だと判断されていることは想像にやすい。それで年端もいかない少女を抱えていれば、彼らが次にどう考えるかもある程度推測できる。
もしかしたら、血だらけのは傍から見れば死んでいるようにも見えるので、ネクロフィリアだと思われているかもしれない。
変態と呼ばれるヒソカではあるが、人を殺すことに興奮を覚えはしても、性的な興奮を少女や死体を相手に覚えたことはなかった。
普段、周囲の目を気にしないヒソカだが、この時はと自分の関係をそんな陳腐なものと捉えられることには多少の抵抗を感じた。しかし、そんな瑣末なことを気にするよりも、まずの傷の手当ての方を優先すべきだと思い、近場にいたハンター協会の人間に治療道具を持ってこさせた。
看護婦を呼んだ方が早かったようにも思うが、ヒソカは「自分が」の治療をやりたいがために、そのような面倒くさい行動に出たのだった。
を殺そうとして付けた筈の傷は意外にも浅く、その事実はヒソカに安堵の溜息を付かせた。
濡れタオルで既に乾き始めている血を手から首にかけて拭っていくと、の扁平な顔にたどり着き、なんともいえない感情が湧く。
悲しみやさびしさ、喜びと安心、そして、大きな後悔。
「たら、れば」を考えたらきりが無いと人は言うけれど・・・どうしても
事前に知っていたら、と考えてしまう。
ヒソカには、の望む「ヒソカ」を上手く演じきれる自信があった。子供が母親を愛し慕うように、ヒソカもまたのことを慕っている。
できれば、彼女の期待に応えたかったし、彼女を喜ばせてあげたかった。
八つ当たりだと重々承知だが、ゾルディック家の人間を恨まざるを得なかった。
なんで、もっと早く連絡を寄越さなかったんだと、怒鳴り散らしたい。
誰よりも大切な存在だったのに、こんなのあんまりじゃないか。
彼女に怯えられて怖がられて、平気なわけが無い。
彼女を見たとき、確かにに似ていると思った。
いや、将来的にはソックリに成長するだろうくらいには感じていた。
けれど、それが、逆に腹ただしかった。まるでの生まれ変わりのような少女に、の死を突きつけられた気がした。
なんで、ボクの傍にいないの。
なんで、ボクを置いていったの。
なんで、死んだの。ずっと、傍にいるって言ったじゃないか。
悲しみが怒りに、怒りが憎しみに変わった瞬間だった。
冷静に考えれば、彼女がだと分かっただろうか。それは否。
しかし、冷静だったら、青い果実でもない彼女を執拗に構うこともなかっただろう。
死んだ者が生き返るなんてあり得ない.
けれど、現には生き返った。覆された常識に今は目を向けなければならない。
近くの窓を開け、に風を送る。
少しでも彼女の汗が引けば良いと思うが、また起きれば自分を見て、汗を流すのだろう。そう思うと、なんだかやりきれなくなって、ヒソカは視線をから外し、窓へ向けた。
「・・・ニコラ」
窓に映る自分を見て、ヒソカは自分と同じ顔を持った男を思い出した。確か、彼の念能力は・・・
「ヒソカ、花子をこちらに渡してくれないか。」
の蘇生に思考を巡らせていたヒソカに声をかけたのは、クラピカだった。
周りを見てみれば、既に講習会は終ったようで、残っている人間が少ない。
「お前のその拭き方じゃ、傷に菌が入る。
子供は簡単に破傷風にかかりやすいんだから、しっかり手当てしてやんなきゃいけねーんだよ」
クラピカの後ろから現れたレオリオは口を尖らせてそう言うと、馴れた手付きでの手当てをしていった。
不本意であったが、のためだと言われれば、ヒソカとしてはそれを拒否することはできなかった。
せっかく生き返ったと言うのに、自分が付けた傷によって破傷風になり死んでしまったなんて、救われない。
誰が?
勿論ボクが、だ。
「知り合いだと、知らなかったのか?」
レオリオが消毒液を綿に染みこませての足にそれを当てていく作業を
ヒソカがただぼーと見ていると、クラピカが口を開いた。矛盾を孕んでいる言葉だったが、将にその通りだった。
「彼女と最後にあったのは、10年前だよ★」
「・・・それでは、分からない筈だな。当時、彼女は生まれたての赤子だったんだろう?」
クラピカは言葉を慎重に選んでいるようであった。
試合中のヒソカの様子を見ていて、
何か思うところがあったのだろうか、彼はヒソカを慰めるように言葉を紡いでいった。
「花子は」
「」
「え」
「彼女の本名はだよ★」
「あ、ああ、そうか、偽名だったのだな。
・・・は、『ヒソカ』という青年にこの危険な試験を辞退させるため、
この試験を受けたと言っていた。さすがに、最初、その名を聞いた時は驚いた。
試験開始前から派手に振る舞っている男の名と同じだったからだ」
「同名かもしれない」
「空気は読めないけれど真面目で優しい子、だ、そうだ」
それが何を指すのか、ヒソカにも理解できたが、彼に話を促すため首を傾げた。
「彼女がそう言うものだから、お前ではないと思った」
クラピカは小さく溜息をつくと、ヒソカを見上げた。
「でも、やはりお前のことだったのか」
さあ、どうだろうね?と、ヒソカはククと笑ってみせたが、内心穏やかではなかった。
分かってはいたけれど、彼女の『ヒソカ像』は自分とかけ離れていることに、失望を感じざるを得ない。
「彼女をどうするつもりだ?」
「会わせるさ。『彼女が望む人』に、ね?」
ヒソカには勿論を傍に置いていたいという思いがあったが、それ以上に彼女から幻滅されたくなかった。
良い思い出のまま、彼女の中に自分が残り続ければ良いと思う。
には、自分と容姿の似ている好青年とでも会わせようと思っている。
世の中には多種多様な職業があって、金を出せば、そんな役いくらでも引き受ける奴はいる。どうせ、1日で済む用事だ。
彼女がボクに会って、何を言いたいのか、だいたい想像はつく。責任感の強い彼女のことだから、ボクを残して逝ってしまった事を謝りたいのだろう。
謝ってくれなくて良いから、共に生きてくれ。自分は、にそう言えるような人間ではない。
人を幸福にする自信が無かった。他の誰でもない、には確実に幸せになってほしかった。
と、すると、自分ができる最大限のことは、
彼女の希望を叶え、そして平和な日常を送れる環境を整えることくらいだった。
「だから、それはお前じゃないのか?」
「まさか?君はボクが『彼女の望む人』に見えるのかい?」
「けれど、それが事実だ」
ヒソカは目の前の真摯な態度で自分と向き合う少年を見て目を細めた。自分がこのような人間に成長していたら、彼女は喜んだのだろうか、そんなことが頭を過ぎった。
「おい、終ったぞ。で、ヒソカ!この子供をお前はどうする気だ!」
の手当てが済むと、振り返ったレオリオがヒソカを見て思い出したように言った。
「幸せにするんだよ★」
「は?」
ぽかんとするレオリオの横を通り、
包帯でぐるぐる巻きにされたをそっと抱き上げると、そのまま、会場の出口に向った。
レオリオとクラピカに背を向けながら、彼はいつもの薄気味悪い発音で言葉を紡いだ。
「とある国の諺にこんなものがある
『良い結果をもたらす嘘は、不幸をもたらす真実より良い』
・・・つまり、そういうことだよ★」
レオリオは、もう一度「はあ?」と、頭の悪そうな声をだした。そして、その隣にいたクラピカは、ヒソカの背中に向って、ゆっくり言葉を紡いだ。
「私が知る作家の言葉にはこんなものがある
『事実に目を瞑ったからって、事実がなくなるわけじゃない』」
正解など何処にも無い。それを知りながら、私たちは、答えを探し続ける。