暗い部屋の中、蹲って泣いている一人の男の子がいた。
燃えるような赤い髪の毛が印象的な男の子。顔を膝に伏せて泣いている。
私の名前を何度も呼んでいる。
嘘吐き、傍にいるって言ったのに、愛してるって言ったのに、どうしてしかいなかったのに。さえいれば、後は何もいらなかったのに、どうして
泣いているのが、誰か分かって、私は彼の元に駆け寄った。
けれど、どんなに走っても彼との距離は近づかない。
だから、大きな声で彼の名を呼んだのだ。
「ヒソカ!」
すると、声は彼の耳に届いたようで、彼は肩を大きく揺らして立ち上がった。背丈は、私よりも高く、成人男性のそれだったが、背中は哀愁が漂っていて小さく見えた。
私はもう一度彼の名前を呼んだ。すると、背を向けていた彼は振り返った。
「どうして、ボクを置いてったの? 」
振り返ったヒソカの顔は、白粉を塗ったピエロの顔だった。
「き、きゃあああああああああああ」
遠くの方で、アラームの音がし意識が覚醒する。
「やあ、おはよう?」
文字通り目と鼻の先にいるヒソカに目を丸くし、
近くにあった物をとりあえず投げつけて後ずさったが、状況を把握するとは口を両手で押さえた。
「人の顔を見て、悲鳴をあげるなんて失礼だよ★」
が投げ放った枕を手にしたヒソカがクックッと笑って、ベッドの上にいるの隣に座り、
寝起きで四方八方に広がっている彼女の髪の毛を手櫛で整えた。
「・・・あ、す、すみません」
「うん、朝ごはんが出来ているから、着替えてね?」
そう言って、ヒソカはに卸し立ての洋服を渡すと、の額に唇を落とし、部屋を出て行った。
は額を片手で押さえ、ヒソカが出て行った扉を見ながら小さくため息を付いた。
ハンター試験から1ヶ月たった。私とピエロは、今、天空闘技場にいる。何故か。これには、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵より深い理由がある。
気絶した私が意識を取り戻した後、彼がヒソカと会わせてあげると言って、
私をヨークシンシティに連れて行こうとしたのが、事の始まりだった。
私は全身全霊で拒否し、ヒソカをヨークシンから離れるように言ってくれと彼を説得した。彼は怪訝そうに眉を寄せたが、会えるならいつでも良いからヨークシンからは離れて欲しいと、言うと、彼は口を弧に描いて、すぐに会えなくても良いのかい、と聞いてきた。
ヒソカに会うまでピエロと行動を共にしなければならないとしたら、ヨークシンに行くくらい危険であると思い、
当然のごとくびびった私は、ヒソカの連絡先を教えて欲しいことを、ピエロの手を煩わせたくないからと言う理由を前面に出して主張した。
しかし、彼は首を横に振った。そして、私の体が幼いことを持ち出して、ヒソカとあってもヒソカは私を私だと認識できないだろう、そうならないよう自分が付いていくと言った。
全く持って、余計なお世話である。
私はヒソカに会えば、彼が彼だと分かるだろうし、彼にしたって私がどんな姿をしていても分かるだろう。
それが、愛と言うものだよ。インスピレーションで、ぐぐっと分かるものなんだ。
きっとピエロには一生分からないものかもしれないけれど。残念だね。
とはいえ、彼の意図が全く読めない。ハンター試験の時との、この態度の豹変の仕様・・・。私に一体何の利用価値があるというのだろうか。一つ考えられるのは、ミルキ君が言っていたようにヒソカがとても強くなっていて、ピエロのお眼鏡にかかってしまったことだ。
所謂、「青い果実」に認定されたのかもしれない。そして、今回ヒソカを誘き出すために私を使おうとしているのかもしれない。
うわ、なんか、クロロと戦った時と同じ展開だ!
そうだとすれば、私はヒソカのとんだ足手まといになってしまう。いずれにしろ、逃げなければ現状の問題を打破することは難しいのだろう。
窓を開けて外を見てみるが、さすが200階から落ちたら、いくら丈夫な体の私でも死は免れない。くらっと、眩暈を覚えて窓を閉める。
先ほど、ピエロに渡された服を見て、もう一度溜息を付いた。
まあ、原作では、彼、結局クロロと戦えなかったけどさ。
あー、なんていうか、毎回最後の詰めが甘いんだよね。ま、悪役って皆そんなもんか。
そんなしょうもないことを逡巡しながら服を身につけ、部屋を出ると壁に背を預けてトランプをきっていたピエロが此方を向いた。
「うん、かわいいよ」
ヒソカに渡された服は、ジーパンと小洒落たYシャツで、以前が着ていたものと同じブランドのものだった。彼から初めて服を渡された時は、思いっきり顔が引き攣ってしまったが、案外常識を兼ねそろえているようで、
他人に自分の趣味を強要させることはなかった。至って普通の服で酷く安心したのを覚えている。
ペアルックだったら、自殺を図っていたかもしれない。
朝食は広くも狭くもない個室に用意されていて、
バターと焼かれたソーセージの良い匂いが鼻をくすぐると、同時に空腹感が増す。
私の生活費は全てピエロが負担しているが、彼のお金を使うことに対して、シルバから着物をもらった時のような抵抗を感じなかった。
彼が稼いだお金は、確かにゾルディック家と同じ「人を殺して手に入れたお金」かもしれないけれど、彼が殺す相手は、彼を殺すつもりがあるのだから、正当防衛ともいえる。上手くいえないし、どちらかというと論理的ではないかもしれないが、暗殺よりフェアだと感じられるのだ。
いずれにしろ、人殺しだし、線引きは曖昧だけれど、私はそのお金なら使っても良いと、そう判断した。生死に関しての感覚が鈍感になってきているのかもしれない。
ピエロが引いてくれた少々私にとっては高い椅子に登って座ると、彼はくすくすと笑った。
小さい体になればわかるが、世の中は子供にとって非常に勝手が悪い。全てのものは大人を中心として作られている事に改めて気付かされる。
ムスッとした私に構わず、ピエロは自分の席に付き、コーヒーに角砂糖を3つ入れてスプーンでかき回すと、私にそれを差し出した。彼から渡された黒い液体を見て、毎度思うことがある。
何故彼は私がコーヒーにミルクを入れないことを知っているのだろうかとか、何故角砂糖3つだと知っているのかとか。
考えてから、背筋が寒くなって、それを紛らわすように、コーヒーを飲み込む。
奇術師には不可能がないのだろうか。
いや、ある。さっき言ったとおり、旅団編で、コイツは失敗してる。うん。
「なんで、ヨークシンはダメなんだい?」
クロワッサンにイチゴジャムを塗っていると、ピエロが唐突に聞いてきた。
「あ?」
なんか、不良みたいな聞き方になってしまったが、塗ることに集中していたため、仕方がない。ピエロは気に留めなかったようで、先ほどの質問に説明を加えた。
「は、彼にヨークシンにいて欲しくなかったようだけれど、ヨークシンで何か起こるのかい?」
千切ったクロワッサンを口に運んでいた手を止めて、私は目の前のピエロを見た。彼は一体どこまで知っているのだろう。イルミ君やヒソカは私のことをどの程度話したのだろう。異世界のこと、漫画のこと、未来のこと。全て知っているとすれば。
・・・利用価値が、私自身にあるではないか。
「あの、ピエ・・・ごほ。・・・ヒソカさんは、その、えっと、私の、ヒソカとどういったご関係なんでしょうか」
ピエロさんって言いそうになった時、すっごい目で睨まれた。ちょ、心臓もたないんだけど。いや、でも今のは私が全面的に悪かったと思う。あまりにも非常識だ。
ハゲにハゲと言ってはいけないように、
デブにデブと言ってはいけないように、
ピエロにピエロと言ってはいけないのだろう。
言葉を選ぶべき、というか、相手は選ぶべきだ。
けれど、その後の言葉を聞いて目を見開き愉快そうに笑い始めた。意味不明だ。
いずれにしろ、この話はしなくてはならないものだった。
ヒソカがまともな人間になっていない可能性は高いが、目の前にいる人間と知り合いになってしまうくらいの「悪」だったら、それは想定外だ。
「大した関係じゃないよ★ただ、友達の友達は友達だと思わないかい?」
彼の友達とはイルミ君のことを指すのだろうか。信憑性が全く無い。
「いや、赤の他人だと思いますが」
手に付いたイチゴジャムを舐め取ると、ピエロが眉を顰め、濡れた布巾を私の手に押し付ける。
「行儀悪いよ?」
ウザイ。この男とは、一つ屋根の下には暮らせない。そう思った。
「すみません」
「あと、敬語やめて良いよ★実年齢39歳だろう?ボクより年上じゃないか?」
「・・・」
はい、直視したくない現実を目の前につきつけられました。
誰だ、ばらした奴。
とりあえず・・・イルミ君とヒソカ、お前ら後で絶対シメる。
「あと、ボクのこの話し方は不愉快だと感じるかい?」
「え」
「なんで、ボクが声をかけると、いつも眉間に皺をよせるんだい?」
「いや、それは」
声とか、それ以前の問題で、私は貴方を敬遠しているんですよ。
なんて、言えない私は押し黙って俯いた。
それを彼は肯定と受け取ったようで、それ以降、彼が私に奇妙な話し方で接することは一切無くなった。
この時、私は違和感を抱いたのだ。そして、それは、次第に肥大していく。