9月3日午後
旅団員がウボォーギンの捜索を開始
その過程でゴンとキルアを捕まえる
9月3日PM09:00
再び地下競売場を強襲
十老頭がイルミによって暗殺され、旅団は競売品の強奪に成功
「?」
キーボードの上を忙しなく動いていた手を止め、パソコンから目を離し、
は辺りを見回した。がいる喫茶店のテラスを囲う柵の向こう側に
声の主であろう巨体の男は立っていた。ゾルディック家の次男坊、ミルキ=ゾルディックだ。
「やっぱり、じゃん!食う時まで、パソコンに向かってるんだな」
は予想外の人物に出会い一瞬呆けたが、ミルキが柵を越えて隣に座ってくるのを見て原作ではそんなに活躍していなかったが、オークションには参加していた彼を思い出した。
「ああ、そうか。キキョウ以外のゾルディックは今ヨークシンにいるんだったね」
「・・・なんで、知ってんの?やっぱ、親父とまだ関係続いていたんだ」
「いやいや、続いてないから。始まってもいないからね?」
「今更隠すことないぜ。・・・ママは怖いけど、俺、のことちゃんと守るから安心しろよ」
すっごい不安だよ。人の話はちゃんと聞きましょうって、ママは君に教えなかったんだね。とても残念だよ。まあ、キキョウ自身、人の話を聞けないのだから教えられるはずも無いのだろうが
ウボォーギンが眠りに付いた後、タクシーを呼び「親戚のおじさんが酔って眠ってしまった」と言って、
タクシーの運転手に彼を近くのモーテルの一室に運んでもらった。
後ろめたさもあって、運転手にはいつもより気持ち多めにチップを渡したら、頭を深く下げられて、一層大きな罪悪感を抱くことになった。
それから、私は一旦自分のホテルに戻り、血と汗を流す為にシャワーを浴び、怪我に消毒液を塗ったのだけど、これがまた、死ぬほど染みて、私は「クラピカの馬鹿野郎」と嘆きながらソファを涙で濡らした。ドライヤーで髪を乾かしおわった時には、もう太陽が真南からやや西よりに位置していた。
ハンスが帰って来た形跡は無く、少し寂しさを感じたが、取引が難航して時間がかかっているのかもしれない、と思い込み、
モヤモヤとした気持ちと、予期せぬ出会いで興奮気味の頭を冷やすため、テラスがかわいくて有名な喫茶店に行くことにした。徹夜だった為、瞼は重かったが、今日一日を寝て過ごす気分に慣れなかったのだ。
喫茶店の場所は、旅団が襲撃するであろうオークション現場のすぐ近くだったが、
コーヒーを飲んだらすぐ店を出るつもりだったので、原作のことは特に気にしなかった。
オークションの参加証はヨークシン行きを伝えた時にキキョウが手配してくれたので、検問を通ることはできたが、参加証を使う予定は全くなかったのだ。
いらないと突っぱねると、後が面倒になるので黙って受け取っていたが、これを使う時が来るとは思わなかった。
これから起こることを知っていて、あそこに行く奴は自殺志願者だけだ。気が狂っているとしか思えない。それでも、私がそこに行ったのは、寝不足で頭がちゃんと働いていなかった為だろう。
例え、時間帯が違かろうと、行くべきではなかったのだ。
君子、危うきに近寄るべからず、だ。
この格言を考えた人は、きっと私のように辛い経験をして、後世に言葉を残したのだろう。
教訓を生かせなかった私を許して欲しい。
こうして涼しい秋風に当たりながら喫茶店のテラスで今日の予定をタイプしていると、ミルキ君に声をかけられたのだ。
「ところで、。この辺でうまい飯屋知らない?」
「この喫茶店」
ミルキはのテーブルに備え付けられているカルテを目で追って、眉を寄せた。
「サンドウィッチしかねーじゃねーか」
「ガッツリ食べたいなら、この先にイタリアンのレストランがある筈。この間テレビで見たわ」
「よっしゃ。そこに決まり!食って食って食いまくってやる!」
「今日はどこも混んでるから待つことになると思うけど、くれぐれも癇癪を起こさないようにね」
「わかってるってば」
疑いながらも、はそれ以上のことは言わなかった。そして、重い体をゆっさゆっさ揺らしながら歩いていくミルキの後ろ姿をかわいらしいと少しでも思ってしまった自分は、
もう娑婆には戻れないのかもしれないと、不安を感じたのであった。
気づけば時間は5時を回っており、は少し焦りを覚えたが、最後の一杯と、冷めてしまったコーヒーのお代わりを頼みんだ。
それを飲み干すと会計を済ますため、テラスから店の中に入り、忙しく走り回っている店員を呼ぶ。
が、の声は隣から突如現れた女によって遮られる。
「すみませーん!すみませーん!こちらにミルキぼっちゃん、いらっしゃいますかー?」
女は店に入ってくるなり、大声で叫びだし、泣き出した。
ふんだんに白のフリルがあしらわれた黒が基調のメイド服は、かわいらしいが、全体的には重い印象を受けた。
ともかく、この喫茶店には合っていない服装で、どちらかというと大きなホテルやお屋敷にいそうな感じだ
「ミルキぼっちゃーん!掃除の時にフィギュア壊したのは超謝りまって差し上げますから、出てきて下さーい!
アタシの仕事をマジ増やさないで下さーい!奥様に怒られるのはアタシなんですよー! 私、超かわいそー」
にはその言葉遣いと声に聞き覚えがあった。
150cmに満たない体で下から彼女を観察する。
黒目黒髪、扁平な顔は、どことなく自分に似ており、よりもパッチリ開いた大きな目と、肉厚のある唇、そして特徴的な色っぽい泣き黒子には、見覚えがあった。が勤務していた会社の後輩だ。コネ入社の彼女は同期から苛めにあっていたのだが、それを偶々見かけたが、気まぐれに注意したことで
懐かれ、以来、が彼女の指導に回るようになったのであった。
取締役の娘である彼女は、非常に扱いづらい存在で会社の人間も辟易していた為、が指導に当たった時は
社員全員がに感謝した。
そして、それはにとって出世とニューヨーク行きのチケットを手に入れる一歩にもなったのであった。
が、今、問題はそこではなかった。
何故、彼女がここにいるのかが、問題だった。
「美由紀?」
「ミルキぼっ・・・」
女はを見ると大きな目を更に大きくし、中腰になってに顔をぐっと近づけた。
「せんぱい?」
彼女の言葉では確信した。これは、美由紀だ、と。
「・・・嘘、マジ先輩的な感じですか?」
そして、美由紀は涙をボロボロと零し始めた。
がハンカチを差し出すと、お約束のように鼻をかんだので、は彼女のお腹をつねった。
そして、適当な席を取り、先ほど呼んだ店員にコーヒーを2杯新たに頼んだのだった。
涙と鼻水で化粧が落ちた美由紀だったが、彼女はメイク後よりもスッピンの方が断然可愛かった。
一度、それを指摘したことがある。美由紀は可愛いんだから私のマネなんかしてないで、美由紀の良さを引き出すようなメイクをした方が良いよ、と。
そしたら、彼女は私をキッと睨み、こう言ったのだ。
「アタシは可愛くなりたいわけじゃないんです!アタシは先輩のように超なりたいんだからっ!」
美由紀のこの言葉を聞いた人間はしきりに「良い後輩ね」と言った。
でも、ちょっ、待てよ(キムタク風)
それって、私が、かわいくないのが前提じゃねーか。
自分の容姿に自信をなくした22の冬だった。
「・・・ぃ!先輩!マジ聞いてますか?」
「え?何?ごめん。・・・ちょっと、昔のしょっぱい思い出に浸ってた」
「だから、もぅ!アタシ、今ですね。なんと、あのゾルディック家でメイドとして働いているんです!」
美由紀は得意げにくるりと回りメイド服のスカートを翻して見せたが、
隣を歩いていた店員にぶつかり、服にコーヒーがかかると顔を真っ青にしてまた泣き出した。
幼稚園児か、お前。
「えっと、美由紀。ちょっと落ち着いて話をしようか」
はとりあえず、テーブルに備え付けられているありったけのティッシュを
美由紀の顔に宛がうと、話を続けた。
「なんで、貴方がここに、この世界にいるの?」
「なんでって、先輩と同じ感じですよぉ」
つまり、急にこちらの世界に飛ばされたってことか。美由紀の言葉を聞いて失望にも似た感情を抱いたは、自分が元の世界に帰れるかもしれないと
期待していたことを知り、純粋に驚いた。しかし、選択肢の無い未来ならば、何かを望むのは無駄なこと。
背を椅子にべったりつけて、はコーヒーに口をつけた。窓の外では、あちらこちらで街灯が灯り始めていた。街が明るくて空の星が見えない。
「そう。・・・今、幸せ?」
そう、問うと、美由紀は伏せていた顔をゆっくり上げ、をキラキラした目で見て綺麗に笑った。
「はい!超幸せ!アタシ、先輩に会えるなんて思ってもいませんでしたから!」
美由紀の純粋無垢な言葉を聞いてはキョトンとしたが、その後ワンテンポ遅れて顔を引きつらせた。
「あー、うん。えーと、私も美由紀と会えてうれしいよ。 えっとね、そうではなくて、今の生活は楽しいかって聞いてるの。どぅ ゆー あんだーすてんど?」
「ぱーどんみー?キャハ、英語、超久しぶりに聞いた!
アタシ医学部の中で英語の成績が超ダメだったんですよ!」
意外かも知れないが、彼女はドイツの医大大学院に飛び級で入り、しかも主席で卒業した秀才だった。専門は外科で、IT企業にコネ入社などせずとも病院からは引っ張りだこだったらしい。
一度、何故医者にならなかったのか聞いたことがある。「医療で一番大切なものは技術じゃなくて、信用なんです。信用が人を超癒すんです」
医者を信用しない患者は手術台で横になりません。手術ができない外科医は、マジ必要ありません。
いつになく真剣な表情でそう言った美由紀を思い出す。
当時は信用されないことを前提にして話を進めた彼女に驚いていたが。
信用ねぇ。信用。ハンスも似たようなことを言っていたけれど、いまいちよく分からなかった。確実なことではないから、信用が必要になるのだ。ビジネスにしても、手術にしても、成功するという保証が無いから、信用によって不安を補う。
けれども、その信用はとても曲者。なぜなら、ごまかしが効くからだ。
信用は油断を誘い、リスクヘッジを怠り、客観的な判断を損なわせる要因になりかねない。信用は思考を停止させる。そして、それは、良くない結果を生む可能性を高める。
は「信用」とか「信頼」とか、そういう言葉をあまり好んでいなかった。
世の中のいかなる物事も、
大切なのは正しい量的質的情報で、その情報に基づく判断と決定、そして覚悟だ。
これが彼女の哲学だった。これが「薄情」といわれる根本的な理由だったのだろう。
「今超楽しい!こっちの世界に来てバリ良かったですよ。キャハ!
そ・れ・に、先日ついに他のライバルを凌いで、ヒソカの唯一無二の彼女になっちゃいました!」
ガッチャンと大きな音を立てコーヒーカップがの手から落ちた。
中身が空だった為、火傷はしなかったが、割れた陶器の破片が足に当たり肌が切れる。
店員が慌てて放棄と掃除機を用意して来たが、は全く気にとめずそのままテーブルに伏した。
馬鹿だ。
この子。
救いようの無い馬鹿だ。
「ウフフ〜!羨ましいですか?超イケメンなんですよ!でも、先輩とならシェアしても良いです」
そんな物騒なもんシェアしねーよ!
「美由紀、真面目な話。今からでも良い。私が養ってあげるから荷物をまとめなさい」
「え?」
「今、この近くのホテルに泊まっているけど、今週中にはマンションかアパートを借りて 一人暮らしをする予定だったの。そこに貴方も連れて行くわ」
美由紀はよく分からないと、いうように首を傾げた。
「暗殺一家のメイドに、快楽殺人者の恋人?死に急いでるようにしか見えない」
「超良いじゃないですか!王道トリップ!目指せ逆ハー!乙女の夢!キャハ」
やばい、頭がくらくらしてきた。いや、違う。これはイライラだ。
「先輩だって幼児化トリップで、バリ王道じゃないですか!もう原作キャラと会いました?
アタシ、クロロに超会いたーい!んで、ヒソカとクロロに2股かけるのが、夢なんです!」
なんつー、どろどろした夢なんだ。
「先輩もせっかくこっちに来たんだから、夢くらいもちましょうよ」
「そうね、私の夢は二人がそのまま刺し違いになって死ぬことかな」
ふんと、鼻を鳴らして、新たに店員が用意してくれた入れたてのコーヒーを啜る。
「うわー、どろどろ」
「・・・」
「でもでも、一度言ってみたかったんですよね!『二人とも、私の為に傷つけあわないで!』って、キャハ!」
大いに傷つけ合い、そして消えてくれ。
そうすれば世界に平和が訪れると思う。
「あー、でもイルミぼっちゃんもバリ参戦して欲しぃ。できれば、シャルとクラピカも!」
ウフフ。と気味の悪い笑い方をして美由紀は頬を赤く染めた。
ピピピピという音が鳴ると彼女は赤い顔をさっと青くし、「げ。奥様からだ!」といって、ポケットから携帯を取り出して、そのままでずに切った。いいのか、それで、と思っただったが、あえて質問はしなかった。まっとうな返答が返ってきた試しがないからだ。
「あ、アタシ、もう行きますね」
「え、ちょっ」
「そんな心配しなくてもバリ大丈夫ですよ!アタシたち原作キャラには殺されないじゃないですか」
「なんで、そんなこと」
「嫌だ、先輩。そんなの『冒険の書』にも書いてあったじゃないですかぁ」
「冒険の書?」
「あれです。聖書の形した本。あー、先輩さては説明書読まない派なんですね!超意外!
あ、じゃ!ちょっとアタシ急いでるんで!」
「美由紀!」
爆弾発言を残していった彼女を追いかけようとしたが、椅子から降りる段階で滑ってこけた。
遠ざかっていく美由紀の背中が切ない。
「冒険の書」とは一体何か?その中に全ての謎が書かれているような気がした。
美由紀がゾルディック家にいるのであれば、連絡をいつでも取れるし、まあいいかとはその時思っていたのだ。ここが、どんな世界か知っていたはずなのに。
美由紀が嵐のごとく去った後、小腹がすいたは店員にサンドウィッチとオレンジジュースを頼んだ。
好奇心旺盛で明るく可愛い美由紀は魅力的な女の子だった。役員の娘と言うことで敬遠していた男もいたけれど、
社内ではそれなりにもてていた。それを僻まれることもあった。
私としてはとても心配だった。
今は上司と部下と言う関係ではなくなったが、それでも彼女が危険に晒されているのを、黙ってみていられるような性格はしていなかった。問題は彼女の意思だ。
顔なら格好いい人間なんて腐るほどいる。確かにヒソカは美形かもしれない。それに好奇心を擽る原作キャラだ。
けれども、なんであえてヒソカなんだ!他にもイケメン原作キャラはいるじゃん!
クラピカとか!年齢が低いなんて我がまま言わないで欲しい。こんな世界に来てしまったんだ。
1に保身、2に保身、34がなくて5に保身くらいの考えで生きていって欲しい
店内にクラシックの音楽が流れ始めると、後ろの席に着いたカップルの声が聞こえてきた。
「占いが得意なんだってね。えーっと誰に聞いたんだっけかな」
「うん。得意だよ。偉い人にも頼まれるもん」
まだ初々しいカップルなのだろうか。それとも、男の方がナンパをしたのだろうか。彼らの会話はどこか不自然だった。
「どのくらい当たるの?占い」
「百発百中なんだって」
ああ、美由紀も私のように、ハンスみたいな普通の人に恋すればいいのに。安全で健全なそれでいてイケメンの彼。最高じゃん。何の欠点もない。
「へぇー、すごいね!オレも占ってよ」
まあ、強いて言えば、初潮が来ていない女の子相手でも勇気を持って一歩を踏み出せる度胸が欲しかったけど。
「いいよ」
うん、贅沢は言わない。
「じゃ、紙に自分のフルネーム、生年月日、血液型、書いて」
窓の外は真っ暗で、やばいと気づいたは慌てて伝票を取り、立ち上がった。仲むつまじいカップルの横を通り過ぎ、すぐ側の会計へ向かう。男の方は背中しか見えなかったが、女の方は明るめの長髪を携えた可愛い子だった。
店員に「2956ジェニーになります」と言われ、財布から3枚の紙幣を取り出し渡す。
44ジェニーのおつりを受け取る為に片手を広げて見せるが、自分の小さい手を不安に思って
両手を差し出した。おつりは結構です、と言って立ち去るべきだったかもしれない。
いや、暗くなる前にホテルに戻るべきだったかもしれない。が、もう遅い。彼女の耳は不幸にも女の言葉を拾った。
「クロロ=ルシルフル、へぇー、26歳?」
の手が震え、店員から受け損なったおつりのコインが、チャランチャランと高い音を鳴らして床に落ちていく。そして、その中の一枚のコインがコロコロ回って二人のテーブルの方へ向かい、それに気づいた男は屈んでそのコインを拾った。
全て無視して走り出したかった。
けれども、それは適わなかった。
男と目が合ったのだ。そして、その男はの知り合いだった。
安全で健全なイケメンの彼。