復讐は神に所属する(旧約聖書)
100年の恋も冷めた。
というか一気に氷河期突入だ。カムバック温暖化!
先ほどまで、美由紀のことを説教していた自分を恥じてみる。
彼女とやっていることが変わらないどころか、相手がどこの誰だか認識すらしていなかったのだから最悪だ。
「、なんでここに・・・」
気まずい空気が二人の間を流れた。
それを払拭したのは、クロロのとなりにいたネオン=ノストラードだった。
「わー、可愛い!クロロさんの子供?」
口をあからさまに引きつらせたクロロにネオンは慌てて言葉を繕った。
「冗談よ!冗談。クロロさんって意外と真面目なんだね。
妹さんか、なんかだよね。えっとお名前は?私はネオンっていうの」
「と、申します」
「へー、ちゃんか。私も妹欲しい」
このとき、二人がネオンに対して訂正を入れなかったのは、予想外の出来事に頭の回転が鈍っていたこと、今後どのような行動を取るべきかということに焦点を置いていたからだ。単に面倒だったという理由もあったが。
「えっと、クロロさん?」
が言いづらそうに『ハンス』ではなく本名で呼ぶと、クロロは少し口元を緩めた。偽名で呼ばれるよりも、本名で呼ばれたほうがしっくりくるのはどんな人間でも同じだろう。
この時、彼はに謝らなかった。何故なら『ハンス』という名前はが勝手につけたのものであり、クロロには一切非がないからである。
それは自身承知していた。
なぜ、クロロの本名を聞かなかったか。
それは、そこまで彼に惚れ込んでいなかったからだ。
好きな人のことは何でも知りたいというのが、乙女の恋心というのであれば、のそれはずいぶんとずれていた。
クロロは確かにのストライクゾーンだったが、彼女は彼と付き合うつもりはなかった。恋人になるつもりはさらさらなかったのだ。
所謂、大人の付き合いを求めていた。
だから、本名にそこまで関心を寄せていなかった。普段からこんな腐った考え方をしているから、後でしっぺ返しがくるのだ。
それを今回は痛感した。
「このオークションに参加するのか?」
クロロからの質問には首を横にふった。
「まさか!」
「え?」
「・・・いえ、私はこの喫茶店でお茶しようと来ただけですから、すぐにお暇します」
は財布に、クロロが拾ってくれたコインを入れて、帰る仕度をした。
それを見たクロロは、安堵のため息をついた。
「そうか。それなら早くホテルに戻ったほうが良い。もう遅い時間だ。今、タクシーを呼ぼう」
「あ、ありがとうござい」
二人の流れるような会話によって、この偶然がおこした喜劇は幕を閉じる予定だったのだ。
が、劇には常に登場人物を困らせる展開に進む。
第三者の登場によって。
「えー!もったいない!ここには入れたって事はオークションの参加証を持っているって事でしょ?
なんで帰っちゃうの?一緒に行こうよ」
ネオンの言葉を聴いて、
とクロロはぎょっとして、互いの視線を交わした。
は一刻も早くこの場を後にして、荷造りしホテルから去ろうと決心していたし、
クロロにしてもをこの危険な場所に留めようという気はさらさらなかったのだ。
しかし、ネオンはそんな空気をまったく読まずに話を続けた。
「何か、ほかに用でもあるの?」
「ええ、まあ」
「何?」
「え?えーと、そうでした。ホテルに帰って『くいず・へきさごん』を見なければ」
「あーあれ、面白いよね!」
「はい。そうなんです。なので、失礼します」
「大丈夫。私録画してあるから」
「・・・」
「彼女はまだ子供だ。オークションに参加するのは5年早い」
口を噤んでしまったに、クロロはすかさずフォローを入れたが、
次に発せられたネオンの言葉の前に彼もひれ伏すことになる。
「えー、ちゃんが来てくれないなら、クロロさんの占わないよ?」
いたずらっ子のように笑うノストラードの娘のしぐさは、非常に可愛かったが、目の前の二人にとって、特に
にとっては悪魔の微笑にしか見えなかった。
全身の血の気が引いていくのを、このとき彼女は感じた。
クロロは一瞬方眉を上げて、隣のをちらりと見ると、咳払いした。
「、少しくらい大丈夫だろ?」
これで首を横に振ったら最後、その首を持っていかれるのではないかと危惧したはおとなしく頷いた。
ネオンが紙に何かを記している間、クロロは真剣な表情でネオンの念を見ていたが、
は彼の隣でオレンジジュースを啜りながら、どうやって生き延びるかを考えていた。白い紙が彼女のペンによって黒く染められていき、最後に彼女の手の動きが止まる。
「ハイ!できたよ」
クロロに渡された紙の内容をも横目で見る。
クロロ自身にその紙を隠そうとはしなかった。
まあ、普通の人が見ても、その内容はちんぷんかんぷんであろう。
内容を確認してみると原作とまったく同じことが書いてあり、はほっと胸を撫で下ろした。
はウボォーギンの未来を変えてしまったのだ。それが原作の未来に影響したら、たまったもんじゃない。
は責任感が人一倍あった。だからこそ責任を負うのが嫌いだった。
後始末を、全て、完璧に、自分が、しなければならないような気がしてくるのだ。
そんな重い荷を背負うのは真っ平ごめんだった。
文章を最後まで読み終わったクロロは涙を零した。
ネオンは目を大きくして見入っていっていたが、
はさもどうでも良いようにテーブルに肘をついてストローに口を付けた。
泣くぐらいなら、最初から人殺しなんてしなきゃいいのに
恨みを買うようなことしかしてないんだから、当然こういう結末だって覚悟していた筈。彼女の頭の中ではそんな言葉が交差した。
一方でこうも思っていた。
人の思いとは複雑で、例え覚悟していたからといって、受け入れられないものがある。
知っていたからって、分かっていたからって、感情はついていかない。
唯一無二の親友を亡くしたと思えば、悲しむに決まっている。当然だ。
「?」
袖で自身の涙を拭いた後、クロロはを見て、驚いた表情をした。
「私の顔に何かついてますか?」
怪訝に思っては自分の顔に触れた。
「・・・もらい泣きですかね」
頬が濡れていたのだ。
彼らが、もし流星街ではなく、もっと一般的な家庭に生まれていたら、もし、人から奪わなくても生きていけるような環境に生まれていたら、
もっと違う人生を歩めたかもしれない。
そんなことを考えても、時間の無駄にしか過ぎないと、
分かっているけれど、理解はしているけれど、悲しい。やりきれない。
たちはオークション会場に向かうため、喫茶店を出て、警備員が配置されている大通り歩き始めた。ネオンもクロロも自分たちが追われている身だと理解していないのだろうか、顔を隠さず大胆に行動する。
その隣で、は息を潜めて歩いていた。
クロロが犯罪者だとばれて、一騒動起きれば、自分にも間違いなく火の粉がふりかかる。
クロロが警備員を殺す際に一緒に殺される可能性もあれば、クロロの仲間として警備員に殺される可能性もある。
最悪だ。
は緊張のために背中から大量の汗を流した。
隣で、二人が死後の世界を信じるかどうかなどと、オカルトチックな会話している間、
は一言も話さなかった。ただ、いつどこで、クロロがネオンを気絶させるかだけを、思い出そう必死に頭を回転させていた。
オークション会場の北側に位置するエレベーターホールに差し掛かったとき、ネオンがガクッと膝から崩れ落ちた。
が悲鳴をあげる前に、彼女の腰をクロロが支え、近くにいる警備員に対して怒鳴りだした。
「ふざけんじゃねぇぞ!素人が下手に動かして危ねぇ病気だったらどうするんだ!?ああ!?
ノストラードファミリーボスの娘さんだぞ、テメェ責任取れんのか」
名演技だった。盗賊なんかやめて、俳優になれば良いのに。絶対売れる。うん。ぽかんとしていたに対して、クロロは罰の悪そうな顔をして、それから常人には見えない速さで手を振り上げた。
女に手を上げるなんて最低の行為だと、は薄れ行く意識の中で思ったのだった。
「・・・!
!」
「ムガ!」
名前を呼ばれて勢いよく起き上がったら、頭を打ってしまった。痛―いと、悲鳴をあげて頭を抑えていると、隣から「大丈夫か?クラピカ」という声が聞こえてきて、意識を戻す。
私がいるベッドの横で、床にうずくまり頭を抱えている少年を見て目を剥いた。
「クラピカさん!?なんで貴方が!?」
クラピカは目尻に涙を浮かべながらも状況を説明してくれた。
ネオンと私のどちらがノストラードの娘か分からなかった警備員が、二人を501号室に連れてきたらしい。そして、彼は今ノストラードに雇われてここにいるということだ。
「前にも言ったが、私の一族は蜘蛛に殺された。そいつらが今日このオークションに現れるんだ」
何か決心したように彼は拳を強く固めて私にそういった。
彼の中では、もうすでに人一人殺してことになっている。それはきっと彼の人生の中でも大きい出来事だったに違いない。
後には引けない。そう考えたのだろう。先日あったときよりも、ずいぶん目つきが鋭くなっていた。
「復讐ですか」
「ああ」
クラピカの迷いのない目を見て、
は唇を噛み、ふとんを強く握り締めた。
「私は、復讐は最大の自己犠牲だと思います。
誰かのために、自分の手を汚しそれに快感を覚える。
誰かのために何かを成す自分に酔う。ナルシストが好むものです」
「君に何が分かる!?」
クラピカは目を赤くして、
に怒鳴った。
こんなことを言って、相手が気を悪くしない訳がない。けれども、はクラピカの目を見て話し続けた。
「クラピカさん。私は幸せな人間です。
貴方のような境遇の人にとって、耳を貸すに値しない人物に思えるかもしれません。 貴方は私よりずいぶん苦労したし、辛い目にあった。私が知らない深い絶望も知っている。
でも、私は貴方が無視し続けているものが見えています」
彼がどんな思いで今まで生きてきたか、推し量ることはできない。彼が今までどんな努力をして、復讐を果たそうとしているかも、想像の範囲でしか分からない。けれども、だからって彼の行為を見逃す理由にはならなかった。
「ゴン君やキルア君、レオリオさんは、お元気ですか?」
彼には愛したものがいた。それは心無い人たちによって、ある日突然奪われた。
怒り、恨み、憎むのは当然のことだろう。けれども、それに囚われて今ある時間を無駄に費やす必要などないのだ。彼には、大切だと思える人がいる。大切にしたいと思える生きている人間がいる。彼らのことをもっと考えてほしい。
「『復讐の味は甘い』こんな諺があります。毒性が強く、人を狂わす。そして狂った人たちの心に残るのはむなしさだけです」
偉そうなことを言ってごめん、とは心の中で零した。
けれども、大人として彼に言わなければいけないことがある。気づいてもらわなければいけないものがある。
大切なものに優先順位を付けて、ちゃんと管理することを教えなければいけない。
さもなければ、今ある大切なものも失うことになりかねない。
クラピカは頭にきたのだろうか。そのままドアを乱暴に開いて部屋の外に行ってしまった。
部屋が静まり返ると、ネオンが咳き込んで起き上がった。彼女の父親に水の用意を頼まれ、は最上階にあるレストランに行くため、その場を後にした。
ディナーの時間だからだろうか。連絡がつかなかったらしい。クラピカと重い話をした後だったので、少し疲れていたこともあり、深く考えずにエレベーターのボタンを押した。
最上階はかなり高い位置にあるので、その分圧力もかかる。頭だけでなく体も重くなっていく気がして、は大きくため息をついた。あんな風に、話すつもりはなかったのだ。もっと上手くクラピカに伝えたかった。
チ―ンと、小気味良い音が響いてエレベーターを降りてみるが、廊下が薄暗いため当たりがよく見えない。
。雰囲気作りのためとはいえ、暗すぎじゃないだろうか、と思いつつ長い廊下を歩いていく。静かで落ち着いた雰囲気をかもし出しているのかもしれないが、一歩間違えれば廃墟だ。
最上階ということもあって、窓の外の景色はそれはもう素晴らしいが、なんだかさっきから床が揺れている気がする。
自分は高所恐怖症ではなかった筈だけれど、ああいうのは後天性のものだから、
もしかしたらそういう体質になってしまったのかもしれない。などとくだらないことを考えながら、
先ほどのことを忘れようとしている自分に嫌気がさす。
突き当たりにある大きな扉を発見して、
手をかけるが緊張のため力を入れすぎてしまったのだろうか、ドアノブが外れてしまった。久しぶりのその失態に口を引きつらせたが、気を取り直して今度はドアノブがなくなったドアを押して開けた。
しかし、肩で開けたため、勢いがつきすぎ、転んで地面とキスするはめになった。
踏んだりけったりだ。
が、ジーパンを軽くはたいて顔をあげたとき、彼女はそれ以上に最悪な状況を目の当たりにすることになった。
レストランホールにしては嫌に静かだなって思った。
やけに証明落としすぎじゃないかなとも思った。
さっきから振動が激しいなとも思った。
そうだよ。なんで気づかなかったの。自分。
長いウェーブかかった銀髪を携える中年
白髪をきれいにバックに流す背の低い老人
頭に鉢巻をまいた黒髪の青年。
三人とも傷だらけの姿だったが、を見て三者三様の表情を浮かべた。
一人は猫目を見開き
一人は髭で覆われた口端を上げ
一人は顔を青くした。
そして、三人は声を合わせて彼女の名前を口に出した。
わお、息がぴったり。
と恐怖心も忘れ感動を覚えた、だったが、シルバの低い声にすぐに現実に戻される。
「どういう関係だ?」
「俺は・・・彼女の恋人だ。そっちこそ、どういう関係だ」
相手側の動揺を誘おうとしたのだろうか、クロロはさわやかに笑って見せた。
が、人生経験は向こうのほうが、圧倒的に上だった。
「彼女はシルバの愛人だ」
ゼノは手を後ろに組みながら、飄々と爆弾発言を言ってのけた。続いてシルバからのトドメの一撃があった。
「子供も1人いる」
さすが親子である。見事なコンビネーションだ。クロロは、一瞬何を言われたのか分からなくて、静止した後、の顔を伺った。
彼女は口を引きつらせていただけだが、クロロはこれを肯定ととり、顔色を悪くした。
意外と彼は表情豊かだった。
「俺の愛人に手を出したからには、ただで帰れると思うなよ」
もともと帰すつもりもなかったくせに、と呟くを無視してホールには熱気が漂い始める。
クロロも何かふっきれたのか、それとも本来の仕事を思い出したのか、ベンズナイフを構えた。
「俺も、一度手にした女を、そう易々と手離す気にはならないな」
結局最後までやんなかったじゃん、この嘘つき、意気地なし、の中ではそんな罵詈雑言が駆け巡ったが、口にはしなかった。
命は大切にするべきだ。
「ふむ、シルバもなかなかじゃな。その年で女を取り合うなんて、うらやましい限りじゃ」
シルバとクロロは構えの姿勢をとり、二人の間にはぴりぴりとした空気ができあがる。
「、どうじゃ。お主のために男二人が命をかけて戦っているのは」
違うから!あれ、シルバは絶対遊んでるし、
クロロにしても相手を動揺させようとしていった言葉だったし!(逆に動揺させられたけど)
そういう誤解しないでくれる!マジで!
鋭く厳しく大きくツッコミを入れたかった。
しかし、ゼノさんが期待に満ちた目でこちらを伺っていたので、彼の期待に沿えるような発言をしなければいけないという
無意味な使命感にかられた私は、二人を睨み付け地を這うような声でこう言ったのだ。
「二人とも、私の為に傷つけあわないで」
美由紀、色々とごめん。