有為転変

48 /因果応報




、この戦いの結果は?」



「引き分けです。そのうち、イルミ君から電話が入ってきますよ。『十老頭が死んだ』と」


「そうか」



シルバとクロロさんが、さしで戦いたいと言い出したので、ゼノさんと私は観戦していることになった。時々、こっちに向かって流れてくる瓦礫をゼノさんは払ってくれるので、私は満足だった。


「ヒソカにはもう会ったか?」


「いえ、まだです。彼、戸籍がないんで探すのが難しいんですよ」


・・・奴と会っても、謝ってやるなよ。奴は、お主から謝罪の言葉も感謝の言葉も望んでない」

激戦が繰り広げられている場所のすぐ隣で、床に座り込んで世間話をしている老人と少女の姿は奇妙で不自然だったが、もし、これが公園のベンチならば、彼らの会話も普通のものに聞こえたかもしれない。教えを請う孫と諭す祖父。実際、ゼノは彼女を気に入っていたし、彼女もゾルディック家の中では一番常識のある彼を頼りにしていた。

「自信を持って良い。奴は今でもお主を慕っておる。毎年、お主の命日には、奴は我が家に不法侵入して、必ずカーネーションの花を墓に添えていった。一日も忘れたことは無かった」


「会ったら、どうすればいいんでしょうね。私にはそれすらも分かりません。御礼を言っても、謝ってもいけないなら、私は他に一体何をしてあげられますか?」


「・・・思いっきり抱きしめてやれ。それから、お主が得意なアップルパイでも作って、お茶しながら今後のことを考えろ」



「今後か・・・」



シルバの援助に回るため立ち上がったゼノを、膝に頭を乗せて見ていた。小さくなっていくゼノの後姿をじっと観察しながら、ため息をつく。過去に囚われているのは何もクラピカだけではないのだ。私は、私が考えるよりも大きな傷をヒソカに負わせてしまったのかもしれない。墓場の前に立って一人花を添えているヒソカの後姿を想像して、涙が出た。


クラピカの復讐心溢れた鋭い目を思い出す。身内の死が、純粋無垢な少年を犯罪者変えた。ましてや、ヒソカはどうだっただろう。彼は、念能力者の多い、危険地帯に住み、何度か襲われた経験があった。自身を守るために人を殺したこともあっただろう。



二コラの研究所は、私が死んだ翌週には血の海に化したらしい。あらゆるところから、恨みを買っていた組織なだけに警察も動かなかったが、現場には大量のトランプが落ちていたという。ホテルの図書館で10年前の新聞を調べていたら、たまたま見つかっただけなので、詳しいことはよくわからなかったが、あの記事を見たとき、背中に冷や水を流されたような気分に陥ったのを覚えている。


まさか、そんな、まさか、ありえない、無理だ、だって、彼はまだ当時成人にも満たない子供で、だから、そんなのまずない、そう自分に言い聞かせた。

クラピカは17歳だ。
ヒソカは当時14歳だった。

そう考えるとゾッとする。
あり得ないこと、では、ない。のかもしれないと








ヒソカがどんな人間になったかなんて、今まで、何度も想像してきた。様々な要因からある一つの結果が導き出せた。彼は、私が考えているよりずっと――――







肩を揺すられて、はっとした私は顔を上げて声の主を見た。瓦礫が広がる光景を見渡したが、既にシルバもゼノさんもいない。二人とも私を置いて帰ったようだ。薄情者め。



「これから、アジトに行く」

「あ、はい、いってらっしゃい」



が立ち上がらずに座ったままの姿勢で、手を振ると、クロロは呆れた表情で彼女を見た。



「・・・君もだ」



有無を言わさず彼女の腕を掴んだクロロは、瓦礫の下にあった小さめの茶色の鞄を取り出すと、少し叩いて中を確認した。は先程のクロロの爆弾発言を撤回してもらおうと、頭を回していたが、鞄の中から出てきたものを見て思考を停止させた。聖書だった。がこっちに持ってきたものと、非常によく似ている。



「それは・・・」


「ん、ああ、これは、命の恩人の形見だ」


「形見?」


見るも無残なレストランホールを後にし、長く暗い廊下を二人分の足音が響く。エレベーターに乗ると、クロロは地下一階のボタンを押した。



「君には、言っていなかったけど、俺は流星街出身なんだ。これから、会う仲間もそうだから、聞いてほしい」



あ、知ってます。ついでに、身の上話とかも結構なんで。漫画で少しかじったんで、本当聞きたくないです。と、頭の中では思っていても、まさか口に出すわけにはいかない。耳を塞ぐための手はクロロに握られて、どうにもならない。は、うなだれながらも大人しく彼の話を最後まで聞くことにした。


大半は、二コラたちと同じ内容だった。



手を染めなければ、生きていけなかった。
どうしようもなかった。
選択肢など無かった。




分かっている。知っている。この世界に、降りたとき、私は地獄を見た。不健康な子供たちは死んでいった。健康な子供たちはトラックに詰め込まれていった。大人は彼らを助けないどころか、利用した。救えないのは、食料がないことでも、衛生状態が悪いことでもなかった。人を思いやることを止めてしまった人間しか、いないことだった。



でも、私には救えなかった。私はそこで育った人間じゃない。所詮は幸せな環境で育った人間だから、本当の意味で彼らを理解できることは無い。私は地獄のほんの一部をフェンス越しで見ただけ、この体で経験したわけでもない。



彼らを慰める言葉も諌める適当な言葉も、思いつくはずも無いんだ。それでも、語られれば、何か言いたくなる。綺麗ごとでも、偉そうでも、口にしなくてはいけない気がしてくる。


クラピカにも、ヒソカにも、目の前にいるクロロに対しても、向けられる言葉なんてない。だって、彼らは、私と育った世界があまりにも違う。




「違う世界から、やってきた人だった。着ていた服も、持っていた鞄も、髪も肌も、瞳も綺麗で輝いていて目が奪われた。街の人間ではないと、すぐに気が付いた。」



「え?」



「・・・俺はその人に救われた」



エレベーターのほの暗い明かりの中で、クロロの表情こそは見えなかったが、彼が手に持つ聖書を愛おしそうに撫でたのは分かった。



エレベーターがついた駐車場となっている地下一階には人気がなく、閑散としている。切れかけている蛍光灯が、チカチカ光り、は嫌な感覚を覚えた。クロロは適当な車を選ぶと、窓ガラスを割り、鍵をあけ助手席にを座らせた。そして、自分も運転席に付くとバックミラーの裏から鍵を取り出しエンジンをかける。まるで、映画ワンシーンのようだった。






クロロは額の包帯を外して、に逆さ十字を見せた。




「これは『覚悟』の証だ」



「覚悟?」




「飢えていた俺は、彼女を襲った。彼女の光が欲しかった。あえて、心臓は狙わず、わき腹を一突きして、しゃべれるくらいに生かした。話してみたかったから」



車を出したクロロは、もうを見ることは無かった。そのかわり、もっと別のものに、思いを馳せているようだった。



「彼女は冷静だった。拍子抜けした俺は油断して、臓器ディーラーの男に捕まった。その時、終わったと思ったよ。あの頃はまだ俺も弱かったからね。でも」




は、ちらりと聖書の裏側を見た。金色のペンで書かれた日本語が、少し霞んで、しかしながら、読める程度に存在した。それを視覚が捕らえた。



「彼女が俺を助けた」



 




「彼女は真っ直ぐに俺を見てこう言ったんだ」




まさか、そんな、嘘。
の心臓はかつて無いほど、早鐘を打った。シートベルトをぎゅっと掴み、息を整えることを試みるが、首から流れる汗に、平常心が揺らぐ。




「『覚悟しておいた方が良い』」



次にクロロが口にする言葉をは知っていた。だから、は気づけば無意識のうちに口に出してしまっていた。




それが、どれほど威力を持った言霊か、彼女は知らなかった。









『君は君のした行いに対して、報いを必ず受けることになる』


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