有為転変

49 /四面楚歌


「あー、また私の負けだね。ヒソカ、最近強くなったよね」


ポーカーで負けたと同時にが机に散らばしたトランプを神経質に集めるヒソカを見ながら、はヒソカと自分のコップにオレンジジュースを入れ、アップルパイをかじった。



「そんなことないよ。なんだかんだ言って、最後はがちゃんと勝つもん」


「『もん』って、ヒソカ。貴方なんてかわいい発言を・・・。カセットテープに録音して良い?」


ヒソカはかき集めたトランプを、が視覚で捉えられない速さできりながら、怪訝な表情を彼女に向けた。


「あ、いや、そんな軽蔑したような目で見なくても・・・。ごめんなさい。あー、今日は天気も良いし散歩でも行こうか?」


話題を不自然に変えた彼女に対して何のツッコミもせずに、彼はトランプを机の上に置いて笑った。


「うん。最後にもう一回勝負してからね」


引いたカードの中に予めワイルドカードがあって、ゲームが進むにつれて、ダイヤの4、スペードの4、クローバーの4が、毎度順番を変えずに都合良く集まる。そして、最後にハートの4が手元に来て、勝利の鐘が鳴る。それが、『最後のゲーム』の定番. ヒソカはとても良い子だった。どんなに自分が優位に立っても、私が嫌な思いをしないように常に気を配り、最後には必ず私を勝たせてくれた。ワザと負けてくれたことに対して、へそを曲げるほど、子供ではなかった私は、それを彼の成長として見守っていた。

その分かりやすい彼の行為は、最上級の愛情表現だったのだ。
ああ、可愛かったな。ヒソカ。









不運な時に幸福な時代を思い出すことほど辛いものはない(ダンテ)



うっせーよ!











ヨークシンシティ郊外にある静かな住宅街を猛スピードで走り抜けていく車だが、普段なら目くじらを立て取り締まる警察は、どこにも見当たらない。街のパトカーや救急車、消防車のほとんどが今はオークション会場近くに出払っているのだろう。そして明日にはたくさんの使えなくなった車がレッカー車に積まれゴミ収集場に流れるのだろう。その様な光景を作り出したのは自分の隣に座っている男なのだ。


寒気がしたが、秋だからという理由で自分を納得させ、思考を止める。


私がこの世界に降り立って、一番最初に会った原作キャラはイルミ君ではなくクロロ=ルシルフルだったらしい。私のわき腹を刺した、あの子供だ。痛くて痛くてしょうがなかったことを、今でもよーく覚えている。一回り年下の子供を本気で殴ろうと思ったのはあの時が初めてだった。




彼は私がどのような経緯で今の生活を送っているのか、どうして子供の姿をしているのか根掘り葉掘り執拗に聞いてきた。プライバシーの侵害だ!なんて、言ってもそんな法律ここに存在するのかも怪しい上に、相手は犯罪者だ。法を犯すことを仕事にしている人間に法を説いても仕方が無いだろう。



小さくなってしまった体については、一時的なもので、そのうちにもとに戻ると適当なことを言った。深い質問をされても回答に困るし、自分についての身の上話をして、誤って原作知識を語ってしまったら、取り返しのつかない事態になりかねないので、ほかの質問にも当たり障りのない事実だけをさらっと簡潔に話した。彼に興味を持たれても、危険性と死亡率が高まるだけで百害あって一利なしだ。


彼は私のことを、命の恩人とか言っていたけれど、
恩返しとか、頼むから考えてくれるなよ。迷惑だから。






彼は、黙って車を動かしていた。


年齢詐称は犯罪だけれど、彼だって職歴詐称だ。
そもそも、殺人強盗の罪を犯した人間に罵られるほどのことではないと、思う。たぶん。いや、20以上さばよむのは、どうかと思うけど。うん。


ちらりと、先ほどから沈黙をつき通している男を見上げてみるが、その綺麗な顔はいまだかつて見たことないくらい歪みきっていて、おいそれと言葉をかけられるような雰囲気ではない。




それでも、私はひとつの用件を述べなければならなかった。



「その聖書、拝見してもよろしいですか」


美由紀が『冒険の書』と言っていたものは、これしか思い当たらなかった。そして、奇跡的に今その現物が目の前になるのだ。ここに今までのあらゆる事象の答えが載っているかもしれないと思うと、ははやる気持ちを抑えられなかった。



「もともと、君のものだ」


「そうですよね。じゃ、遠慮せずに」




普通の本より、重みのあるその本を膝に置いて表紙を見る。「聖書」という文字の下に、象徴的な十字があり、その下に、小さく「save file」と書いてある。



「その変な文字が読めるのか」


「ええ、まあ」


「中の内容は?」


「えーと、いや。なんと言いますか。・・・故郷に帰るための道標的な役割を果たしてくれるような、そんな内容(だと良いですよね)」




そう言って表紙を開こうとしたと同時に、クロロが本を取り上げ、それを自分の懐にいれた。



「クロロさん?」

「気が変わった」



そう言うと、彼は突然車を止めた。
急停止したため、の首はシートベルトに食い込み、「ぐえ」と蛙の鳴き声のような声を出してしまったが、そんな彼女にかまわず、彼は車をおり助手席のドアを開けてに降りるよう促した。




「は、はい」




地面はコンクリートではなく、土で、靴を履いていても感じる柔らかいその独特の感触が妙に不気味に思えた。


「・・・正直にいおう、俺は君を飼うつもりだった。」

「「買う」?」


腕を取られて、半ば強制的に歩かされたため、転びそうになる。


「ああ、ペットのように愛でて、飽きたら捨てるつもりだった」


「ああ、そっちの「飼う」ですか。・・・って、えー!?そんな、ええー!?」



一応、ポーズとして騒いでみるが、としてもだいたいは想像がついていた。「ハンス」のホテルで過ごし、一線を越えたら、それ以降の関係はそういう類のものになるのだろうとは、予想はしていた。彼女は外見上14歳で、彼は20代半ば、関係を続けるのであれば、「恋人」という言葉よりも「ペット」の方がしっくりくる。そんな関係が確立する前に、はホテルを出て行くつもりではあったし、彼とはもう二度と出会わないつもりでもいた。


一晩楽しむには、とても魅力的な彼だが、残念ながらにはロリコンと付き合う趣味はなかった。第三者が彼女の心を覗けるのであれば、彼女を「性格が悪い」を評するだろう。



「驚くな。・・・とにかく、その気は失せたんだ」

「それは良かったです」


は両手を広げて、クロロに見せた。


「あの、先ほどの本を返して頂けますか」

「必要ない」



必要あるかないかは私が決めるものであって、貴方ではない。
と、言えたら、気分がいいだろうな・・・。



「君を手放す気は毛頭ない。自覚して欲しい。君は俺の命の恩人で、とても大事な人なんだ。あの日から、君、・・・貴方の事を忘れた日はなかった」



は口を馬鹿みたいにぽかんと大きく開けて、クロロを見上げた。キラキラと輝く彼の目に映し出された自分はまるで神のようで、彼の私への評価は、明らかに誤解が含まれているようだった。



「俺は、貴方と一緒にいたい。一緒に俺と生きてくれ」



聖人かなんかと間違えているのであれば、私は彼を絶望しない程度に事実を教えなければならない。その事実に多少失望しても、良い大人なんだから乗り越えて欲しい。サンタさんがいないことを学んだ時のように。



「もし、首を横に振るなら、俺は今ここで貴方の手足を切断する」


「・・・」


いやいやいや、それが命の恩人に向かって言う台詞か。大変な読書家だそうだけれど、小難しい本ばかり読んでいないで、たまには童話でも読んでほしい。『鶴の恩返し』でも『浦島太郎』でも何でも良いから、とりあえず常識を学べ。本代払うから



「手足を切断って、冗談ですよね?」

「冗談かどうかは、首を左右に振ってみればわかる」


勿論、首は上下に振った。











廃墟と化したビルが連なるその場所は、月明かりだけを頼りに道を歩くしかなく、クロロに腕を引っ張られていなければ簡単に転んでしまっただろう。時々、瓦礫の破片が足に当たり、小さい痛みを味わうが、文句を言えるような立場にいない。






ピリリとした張り詰めた空気が辺りを包み込んでいるのが分かった。次の曲がり角の向こうに人がいることを、この時、私は何故か確信できたのだ。




「蜘蛛のメンバーは13人。運が良い。今日はその全員に会える」

・・・最悪だ。死の宣告だ。





クロロに引っ張られて重い足を動かすが、その足は角を曲がると動かなくなった。見通しの良い瓦礫の上、辺りにさえぎるものも無く、月明かりに照らされメンバー全員の存在を確認することができた。彼らは一斉にその視線をクロロに向けると、ついで私にその目を向けた。


クロロは私の肩に手を置き、ぐっと自分のほうに引き寄せた。




「紹介する。彼女は」


。39歳です。大学卒業後、ITコンサルタントに勤め、その後家政婦として4年間働きました。現在はフリーで本を書いたり、未開拓なネットのインフラを整えたり、その他色々やっています」



クロロによって、とんでもない紹介をされる前には自ら喋りだした。シルバの時の様な発言をされたら、たまったものではない。



「趣味は読書・・・ではなくて、映画鑑賞にしておきます。クロロさんとは、ちょっとした知り合・・・い、です」




頭を下げて誰とも目を合わさずに自己紹介をし終える。手にびっしょりと汗をかきながらも、最後までクロロに遮られずに言えたことに妙な達成感を抱いたが、途中クロロが私の肩を砕く勢いで掴んできたので、語尾が小さくなってしまった。

絶対、ヒビ入ったよ。

病院にいきたい。その前に警察行きたい。
いや、この際、ここ以外ならもうどこでも良いよ。






顔を上げると瓦礫の上に座っているピエロと目が合い、手を振られた。やけになって振り返したら、クロロに腕を強く掴まれた。彼は肩だけでなく腕も折るつもりらしい。見上げた恩返しだ。




「あれには絶対近づくなよ。非常に危険だ」


















言わずもがな、ここに安全な奴等いない。







グッバイ マイ ライフ



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