有為転変

51 / 大胆不敵


「・・・冗談だろ」






ドンドンドンとドアを叩く音がして、瞑っていた目を薄く開く。
ホテルのベッド横に付けられている時計は0時を指していて、10分も寝ていなかったことを悟った。結局旅団のメンバーが集まっていた空き地の近くにあるホテルは限られており、ほとんどがマチとと同じホテルに寝泊りすることになった。マチの常識的な判断のもと、と同じ部屋を取ることは適わなかったが、俺は同じ階の部屋をしっかり押さえていた。彼女が必要としている「聖書」を持っている俺だが、が逃げないという確証はどこにもない。マチと知り合いだったことも、彼女の恩人だったことも、寝耳に水で上手く対応できなかったが、隙をみて、マチからを取り戻すつもりだ。

そんなことを考えながら、鳴り止まない騒音を止めにいこうとベッドから起き上がり、冷たい床に足を付けて立つ。素足であるため、床の温度が直に伝わり、違和感を覚えた。おかしい。軽く横になっただけだったので、靴を脱いだ覚えはなかった。そして、目線も気になった。先ほどよりも部屋がいくぶんか大きくなったように思え、自分の背の高さとちょうど同じくらいの位置にあった絵画が、頭上より上にある。明らかに背が縮んでいる。


「どういうことだ」


確認してみると手と足が小さくなっており、子供のようで、それ以上に自分に大きなショックを与えたのは男が持つはずのない胸部の膨らみだった。それを視覚に捕らえ、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けうつむくと、サラッとセミロングの黒髪が視界に入った。

ドアを叩いていた音が鳴り止むと、木材が壊されるような鈍い音がし、俺はそちらに目を向けた。やけに、慌てた風情の黒一色にその身を包んだ男が部屋に入ってきて俺の名を呼んだ。背の高い男を見上げ、俺は目を疑った。男は、俺とまったく同じ顔を持っていたのだ。


「お前は誰だ」


生き別れの双子だ、といわれたら、ちょっと信じてしまうかもしれないと思うくらいそっくりだったが、敵の念の可能性もある。むしろ、今の自分の状態をみるとそっちの可能性のほうが高いだろう。


「やっぱり、クロロさんですか」


男は、手鏡を俺に差し出し、俺はその鏡に映る自分の姿を見て、息を呑んだ。鏡に映ったのは、だったからだ。そして、冒頭の台詞に戻る。


「あー、こんなイベント望むの美由紀くらいなのに。もう、本当どうしよう」


ため息をついた男は、眉間に皺を寄せていたが、苦悩しているというよりも、スピード違反の常習犯が「また切符切られちゃったよ。今月厳しいのにな。いやー、困った。困った」と軽いのりで、その余裕は切羽詰っている俺に、精神的に大きなダメージを与えた。


「お前は誰だ」

です」


目を見開いて驚いたが、瞬時に状況を理解し冷静になる。


「・・・なるほど、俺たちは入れ替わったのか。これは貴方の念によるもの?」

「いえ、まさか。私はクロロさんと違って強化系ですから、そんな芸当はできません」

「俺の系統を知っているのか?」

「・・・。クロロさん、私、蜘蛛のメンバーの中で生きていくのが難しいほど、弱いんです。だから、危険な目に会いそうになったら、すぐ呼んでくださいね」



話題を変えられたことに気づいたが、深く追求はしなかった。今は彼女と協力して、元の体に戻ることが最優先事項だったからだ。


「安心してください。クロロさんの命は私が守りますね」


そんなことを真摯に言う自分の姿にきゅんと心臓が締め付けられるのを感じたが、その事実は、人生の汚点として記憶の奥の底に閉まっておきたいと思う。




















ヒソカが、を殺さなかったことを知ったフェイタンはいつもより苛立っていた。同じホテルの中にいるので、『円』をつかえば彼女の存在のいかんはすぐに分かった。ヒソカと一緒にいた筈の彼女は、未だ、生きており、肝心のヒソカはマチと共に屋上に行ってしまった。団長命令で彼女を殺すなと言われている。だからこそ、フェイタンはヒソカの猟奇的な行動に期待していたのだが、その期待が裏切られ、気分は最悪に落ち込んだ。

ばれないように殺すか。それは非常に難しいことだと理解はしているが、いかんせん、あの少女は気に食わない。生理的に嫌悪感を抱く相手だった。とにかく、クロロにちゃんとした根拠ある理由を述べてもらわなければ、納得がいかなかった。

すっと、音を立てずに立ち上がったフェイタンを呼び止めたのは同室のノブナガだった。そして、フェイタンの意図を読み取り、自分も立ち上がり同行すると言ったのだ。クロロの部屋に向かう途中、フィンクスも仲間に加わったため、フェイタンは、後数分で彼女がこの世から姿を消すであろうと確信した。


旅団は代表者をクロロとしているけれど、基本的には多数決の原理が使われている民主主義的な集団なのだ。

















マチが部屋に帰ってくる前に、俺たちは俺の部屋に移動していた。時計の針は1時を過ぎていたが、俺たちは寝ることなく、今後についてを話し合っていた。
メンバーの皆に素直に伝えるという選択肢を、は意外にもばっさり捨てた。ヒソカに弱みを握られるのは得策じゃないというのが、彼女の言い分だったが、俺は勿論それに納得できなかった。ヒソカの考えはなんとなく読めているし、彼が旅団に籍を置いているのも自分とさしで勝負したいが為だというのも薄々気づいている。だからこそ、万全じゃない自分に勝負を挑むとは考えにくいし、むしろ、メンバーの誰よりももとの体に戻ることに協力してくれそうだ。そう言おうと、口を開いたが直後、コンコンとドアを軽くノックする音が聞こえ、話は遮られた。は俺を安心させるように、柔らかく笑った。



「大丈夫です。全て任せてください・・・これでも昔は芝居の主役に抜擢されたこともあるんです。小学校低学年のとき」


いやいや、激しく不安になった。昔過ぎるだろ。それ

彼女は俺をベッドに座らせると自分はソファに座り足を組み、先ほどまで、俺が「俺」であった時まで、飲んでいたワインをグラスに注いだ。そして、何冊か積まれていた本の一冊を手に取ると、適当なページを開いた。



「クロロ、入るよ」

「ああ」



は、すっと目を細めて部屋に入ってきた三人を見た。俺は、ベッドの上でただその様子を伺うしかなかった。「クロロ=ルシルフル」の外見をしている彼女が、俺たちが入れ替わったことを伝えない限り、俺が会話に参加できるはずもなかった。フェイタンとノブナガ、フィンクスは、俺を一瞥した後、彼女のほうに顔を向けた。最初に口を開いたのはフェイタンだった。



「その子供、いつまで置いとくね。はっきり言って、彼女がここにいるのはおかしいね」


「クロロ、俺は強くて役に立ちゃ、子供だろうが、女だろうが、旅団のメンバーに入れていいと思うが、そいつは駄目だ。戦闘能力ゼロ。根性なしの強化系なんて話にならねぇ。」


「俺も、フェイタンとノブナガと同じ意見だ。」


全身から嫌な汗が噴出し、心臓が早鐘を鳴らす。今までに経験したことがない感覚に、憔悴を覚えた。これは、の出方次第では殺され兼ねない。そして、もう「実は俺たち、入れ替わっちゃいました。テヘ」なんて言える状況ではなくなってしまっている。
三人はの存在を消したいと考えている。その三人に、の姿である自分がそんなことを言っても、信じてもらえる可能性は限りなく低く、下手すれば簡単に殺される。ぞくりと背筋に悪寒が走り、俺は縋るような目をに向けた。彼女は俺をちらりと見て、薄く笑った。



「彼女が役に立たないと?」



さも、読みかけのように開いていた本を閉じると、彼女は三人を見据えて、くつくつと笑い始めた。相当な大根役者だ。俺は、世間一般で言う悪役かもしれないが、そこまで安っぽい悪役染みた振る舞いはしていない。俺の尊厳とか威厳とかが踏みにじられているような気がする。



「ノブナガ、俺が今の今までに、役に立たない人間をメンバー内に入れたことがあったか?」

「・・・ない。けど」

「そう、俺は彼女は利用価値があるから、置いているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」



「その子供に一体なんの利用価値があるて言うね」



はワイングラスを右手に持つと、三人にそれを薦めたが、誰もそれを手に取ることはなかった。つまらなさそうにしながらもワインをくいと喉に流しこみ、それから、俺のほうに向いた。彼女のこれから言う命運をかける説明を、俺は固唾を呑んで見守った。彼女が、安心して良いと言った。ただそれを信じればいいのだ。俺は彼女を信頼できる。なぜなら、彼女を愛しているからだ。

は口端を歪めて笑った。




「彼女はヒソカの恋人だ」



その場が、しんと静まり返った。

って、ちょっと待て。今聞き捨てならない台詞が・・・


「赤ん坊も一人いた」


おいおい、なんか、どっかで聞いた台詞だぞ。それ。

つーと、米神から顎まで汗が流れた。


「まあ、あの男の性癖をここで云々言うつもりはないが、彼女はピエロのお気に入りらしいな。蜘蛛の意思を聞かない我侭な道化を操るだけの価値が、彼女にはある」


はったりなのか、本当なのか良く分からない様子で、が言うと、クロロ以外は彼女の言葉を信じたようで、というのも、普段のヒソカの変体ぶりを見ているとどうにも信憑性が増して疑う気にもなれなく、三人は驚きながらも納得した表情を浮かべた。そして、フェイタンが些細な疑問を口にした。


「赤ん坊はどうしたね」

「もう、いない。人質は一人で十分だ。そうだろう?フェイタン」


フェイタンはに尊敬の眼差しを向けた。とんでもない嘘のつき方だが、俺が考えていたどの策よりも効果的で持続的な策だとも思えた。三人が自ら進んでヒソカに声をかけるとは思えなかったし、よしんば三人がヒソカに確認を取ったとしても、彼が嘘をついたのだ、といえばそれは済んでしまう。
ポトポトとグラスにワインを注ぎながら、は「ほら、大丈夫だったでしょ」とでもいうように俺に優しく微笑みかけてきたが、俺はとてもじゃないが、笑い返せなかった。

三人を見れば、いつも俺を見ている目よりも数倍尊敬の念がこめられていて、その目は、彼女を蜘蛛のトップとして受け入れていた。彼らの目は語る、彼が蜘蛛を率いてくれて良かったと。彼こそが蜘蛛の頭に相応しいと。



三人の様子を見ていた俺は、別の意味で不安になった。















「代えのきかない人間はいない」を、実感した日


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