少しのきまじめさは恋愛においては結構だ。
しかしあまり真面目すぎては困る。それは重荷であり、快楽でなくなる。
(ロマン・ロラン)
ノブナガ、フェイタン、フィンクスが部屋から出て行った後、机端に置いてあった『聖書』をクロロの目を偲んで懐に入れると、この不可解な出来事についてゾルディック家の知恵を借りたいから電話してくると、クロロに断りを入れて屋上に向かった。室内の電波が悪いことが、幸いした。
できれば、ラウンジで用をたしたかったのだが、旅団メンバーと会うのは避けたかった。屋上ならば他人を気にせず電話ができるし、集中して本も読むことができる。そう思っていたのだ。
が、先客がいた。
「やあ、クロロ★」
壁に頭を打ち付けたい衝動にかられたが、変態の代名詞のような彼から「変態」の称号を与えられかねないので、やめておいた。
「ひ、ヒソカ、どどど、どうして、ここに」
どもった。うわ、クロロの声がどもった。なんか、すっごいショックだ。中学生のとき、尊敬していた3年の先輩が高校生の前で縮こまっているのを見た時の、あのなんともいえない感情を思い出す。
「マチと逢引していたんだよ★」
クスクスクスと笑うピエロに、ゾッと鳥肌が立つが、自分の身体でないためか、いつもより拒絶反応が薄くて安堵のため息が零れる。
よし、落ち着け自分。びくびくする必要はない。
なんといっても、こっちは原作でメチャクチャ贔屓されている特殊系!更に、クロロである私は「スキルハンター」がある!向かうところ、敵なし。最強だ。
私はすました顔をして、スキルハンターを具現化した。ピエロは一瞬目を見開いたが、そのままこちらの様子を伺っているようだった。
ふ、手始めに、ピエロの念を全て奪ってしまうのも良いかもしれない。犯罪者たちの念を無力化してしまうなんて、社会貢献度抜群の念の利用法だ。世のため、人のため、(ここ最近の虐げられるだけだった生活の鬱憤を晴らすため)私は戦場に赴こう。
えーっと、念能力を盗む手順って確か・・・。
? 相手の念能力を実際に見る
? 相手に念に関して質問し、相手がそれに答える
? 本の表紙の手形と相手の掌とを合わせる
? 1〜3を1時間以内に行う
って、あれ・・・これ無理じゃない?実際問題、無理だよね?結構厳しい、どころの話じゃなくて、実現不可能だよね。特に?!念能力者だったら、普通怪しむよね。
・・・。
えっと、私が知っているクロロの念でヒソカ相手に使えそうなの、『密室遊魚・インドアフィッシュ』しかないんだけど、ここ、屋上だから使えないし、今更ネオンさんの占いをやってもちょっと回避できなさそうだ。
むしろ
「満天の星のもと偽りの卯月が貴方の前に現れる。
貴方は狭い空間で2択を迫られる。
自殺か他殺かしか答えはないだろう。
死神が貴方のそばに佇む限り。」
とか、書かれそうだよね。
いやいやいや、そんなことない。ネオンさんの占いはもっと人の心に優しくてオブラートに包んでくれるようなものだったはずだ。典型的な占いで、こう、大事な所をぼかして、どうとでも解釈できるようにしてあるから、間違っても3行目のような二択は書かれないはずだ。「誇りか屈辱しか答えはないだろう」的な文章になる筈だ。うん。おいおい、使えないな。スキルハンター。
・・・どうしよう。
スキルハンターを出したものの、何の技を使えば良いのか考えあぐねいている私に、ピエロは声をかけてきた。
「クロロ、今日はそういう気分じゃないんだ★君の事は、今度ゆっくり味わいたいな」
そういうと、彼は頭を抱えて悩んでいた私を置いて、さっさと階段を降りていってしまった。おい、そういうことはもっと早く言ってくれ!あ、勝手に勝負しようとしたのは私か。
気を取り直して、ミルキ君に電話をかけると、夜中の2時だというのに彼はすぐに出てくれた。そして、クロロと私の身体が入れ替わってしまったことを聞くと驚いていたが、それについてはすぐに調べてみるという返事をくれ、美由紀が今どうしているかを聞くと彼女が行方不明であることを知らせてくれた。
「で、なんで、その行方不明の美由紀ちゃんがここにいるのかな?」
「きゃー!!本当に、生クロロだ!しかも、なにげに私の名前知ってる!?」
ミルキ君との電話を切った直後、パラシュートで上から人が降ってきて、お約束のように私は下敷きになった。人が散々心配したっていうのにヘラヘラ笑って、会うなり「アタシ、貴方に会うためにここに来たんだよ!超愛してる!付き合って!」と言ってきた彼女を、私は持っていたスキルハンターで殴った。彼女に冷静になってもらえるよう、私は今の状況を事細かに説明し、自分がクロロ本人でないことを伝えた。
「わー!!!先輩、すっごーい!!トリップ、幼児化、そして、入れ替わり!あらゆるイベントをこなしていますね!もう、夢のベテラン、マスターですね!」
「なんのマスター?不幸を集めるマスター?アンハッピー・ゲットだぜ!みたいな?」
「外がクロロで中身が先輩なら理想です。結婚し「ないから」
口を膨らまして、拗ね始めた美由紀を宥めて、安全な所に非難させようとするが、一度クロロと話してみたいと言ってきかない美由紀を「クロロと会話をしたらすぐに帰る」という約束をして結局部屋に連れて行くことになった。今は自分がクロロの身体を持っているので、彼が美由紀に危害を加える可能性は低かったし、彼の性格上、自身の手で無駄な殺生を行うような人間でもないので、特に問題はないだろうと判断したのだ。
暗い階段を降りて長い廊下をゴツゴツと仰々しいブーツをならしながら歩くと、クロロの部屋がみえてくる。何度もつまづきそうになっている美由紀の腕をとって、安否を確認する。扉を開け、クロロのことだから、もう既にこの超常現象に対する解決策を見出しているかもしれないと、希望的観測をもとに声をかける。
「何か、分かりましたか?」
が、部屋の中にいたのは彼だけではなく、そこにはピエロがおり、そして、ピエロはあろうことかクロロを組み敷いていた。
「あ、失礼しました」
反射的にドアを閉めた私に美由紀が怪訝そうな顔をして、私の顔をのぞいてきた。
「先輩、どうしたんですか?」
「・・・取り込み中だった・・・」
「え!?私のクロロが!?どこの馬の骨ですか!?」
「ピエロ」
知らなかった。あの二人本当にできてたんだ。そうか、そうだったのか。ヒソカとクロロができている。そう仮定すると、今までの数々のヒソカの奇行が納得でき・・・いや、できないな。
「うわー!BLですか!?ヒソクロですか?クロヒソですか?」
「ごめん。何の話をしているのか分からない」
「もう、じらさないで下さいよ!どっちが攻めだったんですか!?」
「え、私が押し倒されていたから、ヒソカが・・・」
ちょっ、そういえばその体、私のじゃん!
クロロさん、人の体つかって何しちゃってんですか!?
・・・だからといって、この扉の向こうに行く気は起きない。確実にピエロに殺されそうだ。ここは、おとなしく体を提供させておいたほうが無難かもしれない。少なくとも、私は死なないし、自分が経験するわけでもないのだから嫌な思い出が残るわけでもない、失うのは大学時代に捨てたはずの処女膜くらいだ。うん。見てみぬ振りしよう。そうしよう。
そんなことを思っていたら美由紀が堂々とノックして入っていった。
「お邪魔しマース!」
いやいや、本当にお邪魔だよ!二人の愛の間にお邪魔しちゃったら、命もってかれるって!美由紀!
美由紀は口を膨らませって、ヒソカを睨んだ。
「ヒソカっち!浮気なんて超酷いっ!」
クロロ追いかけてここまで来たお前が言うな!と私が思ったのと同時に美由紀の喉もとにトランプのカードが走り、とっさにそれを手で掴んだ。クロロの体、すげーと感動していると、彼が睨みつけてきた。
「見ての通り、取り込み中なんだけど、出てってくれないかな?」
「よせ、やめろ!触るな!」
あ、私の身体をしたクロロさんが必死に抵抗している。
「が悪いんだよ★クロロの部屋にいるんだもん」
服が乱れ、胸元を大きくはだけさせた少女が、ピエロの下に組み敷かれていた。いわずもがな、それは私の体ではあるが、それでも息をきらし、頬を赤くして目を湿らせているその表情は別人のように色っぽかった。ヒソカに抵抗しようと足をばたつかせているその動作、少女が身じろぐと共に黒髪が舞い、とても官能的で、クロロの体の下半身に熱が溜まってしまうのではないかと危惧した私は、二人からすぐに目を逸らした。
自分に欲情したら、さすがに救われないよ。自己嫌悪で、生きていく自信が無くなりそうだった
トランプを投げつけられたくらいじゃ、めげない美由紀は果敢にもヒソカとの会話を試みた。廊下で待ってるから、と、いえる雰囲気ではなかったし、美由紀が殺されそうになっているのに、逃げるわけにも行かず、私もその場に留まった。
「『』?」
「美由紀、彼女がだよ★知り合いかい?」
「あー!そういえば、先輩の下の名前って、でしたね!なるほどね!状況理解できた!」
なぜか知らないけれど納得した美由紀は私を見た。
「で、クロロと先輩の関係は?」
「恋人」
少女が即答すると、美由紀はボロボロ涙を流しギャンギャンわめき始めた。
「ひどーい!先輩って、いっつもそうなんだ!そうやって、興味ない素振りしていて、ちゃっかりいいとこ持って行っちゃうんだ!皆が騒いでた人事のイケメン課長の時も、新入社員が噂していたハーバード大卒のやり手営業マンの島田さんの時も、いつのまにか先輩がすました顔して恋人になっちゃったりしていましたよね!」
ピーピー泣いて、顔を私の、つまりクロロの胸に押し付けてくる美由紀を軽く抱きとめながら、二人の様子を見ると、ピエロがクロロを、クロロが私を見て、顔を引き攣らせていた。
一番最初に正気に戻ったのは、クロロで、彼はピエロの鳩尾に拳を入れると、私の横まで走ってきた。不意打ちで、強化系の拳を食らったピエロは、壁までふっとんだが、ゆらりと立ち上がり、こちらをギロリと睨んできた。自分の肉体の時ほどではないが、ゾワリと神経を逆撫でされるような感覚を抱き、私は眉を寄せた。が、クロロは、耐えられず数歩後ずさっていた。
あれ、クロロさん、もしかしなくても、ビビッていらっしゃる?
いや、まさか、そんなはずはない。あのクロロ=ルシルフルだ。蜘蛛の頭だ。まさか、変態ピエロに恐れおののく筈はない。
「クロロ、をこっちに渡してくれないかな?」
不愉快な事が起きたら、とりあえず本能に従って周りの人間を殺していくあのピエロが、交渉しようとしている!奇跡だ!
その奇跡に乗じて、私は隣にいるクロロをずずいと前に出した。とりあえず、ここは穏便に済ませたい。大丈夫。クロロさん、最初は痛いかもしれないけど、いや、ピエロが相手だから常に痛い思いを強いられるかもしれないけど、耐えられなくはない、筈。女性なら皆が通る道だし、何事も経験だと思う。うん。別に、生贄とか、そんな風に思ってないから。
少女が目を大きく見開いて、信じられないとでも言うように口をぱくぱくさせているが、涙を呑んでピエロに差し出す。ピエロと対決になったら、美由紀は完璧死ぬ。死人はどうしても出したくなかった。それに、クロロさん、命を守るという約束はしたけど、貞操を守るという約束はしていなかったよね。私、約束破ってないよ。
「えー!!嫌だ!先輩!さっきは文句ばっかり言っちゃったけど、アタシ先輩のこと、超好きで、この際だからカミングアウトしちゃいますけど、アタシ、バイなんです!前から先輩のこと好きでした!」
えええええええええ!ちょ、美由紀、何言っちゃってんの!え、バイだったの!?っつーか、私のこと好きだったの?ってか、ついこの間、ピエロをシェアしようとかどうとかって言っていなかったっけ?いやいやいや、それ以前にタイミング読んで!空気よんで!今、言う必要なかったよね!
「だから、先輩の清い体が、ヒソカっちの穢れた手にかかるのは超抵抗ある!」
ピエロがあきらかな殺気を美由紀に向けたため、彼女が膝から崩れ落ちそうになったので右腕で支える。そして、ピエロと私は睨み合った。
「クロロ、そっちの子も渡してくれない?」
「断る」
美由紀は、私が守るべき対象だ。おいそれと渡すわけにはいかない。
「へえ」
ピエロと私の間に嫌な沈黙が流れ、ピリッとした空気が覆う。
「二人とも、私の為に傷つけあわないで」
・・・何、この子、どさくさにまぎれて、自分の夢を叶えたよ。
なんか、悦に浸っている顔をしているけど、こっちが必死に守っているというのに、なんでそんな余裕なんだ。羨ましいほどの神経の図太さ!どうでもいいけど、私がこの体を所有している限りは、彼と対決して刺し違えるなんて馬鹿なことしないからね。
世の中の平和のためだろうと、犠牲にできないものがある。それは、自分。本当にに大切なものは多数決の原理じゃ決められない。そんな風に腐った哲学を心の中で豪語していると、ピエロが片眉をあげて目を細めた。
「・・・美由紀、君の念能力でを連れて、逃げれるかい?」
「え?」
「囲まれてる、そして、ボクは今、最高に気が立っているんだ★」
「きゃっ、超怖―いっ。」
そういうと、同時に美由紀はクロロを、つまり私の体をぎゅっと抱きしめて煙と共に消えた。え、ってか、美由紀、念能力者だったの?しかも、そんなテレポートとかいう一番便利なものを扱えちゃったりしてたの?・・・先に言えよ!なんか色々と作戦立てられたでしょうに!!
そんなことを考えていると、急にバリバリと轟音がなり壁を突き破って黒装束の人間たちがわらわらとピエロと私の前に現れた。ちょっと、ちょっと、どちら様ですか。あ、20億ジェニーの賞金に釣られていらした方々ですか。それはご苦労様です。でもね、この部屋をとったのは私で、いや、厳密に言えばクロロだけど、貴方たち不法侵入ですよ。ポリスマン呼びますよ。つーか、私、今、クロロなんで向かうところ敵なしだからね。そんなことをグダグダ考えている間に、隣にいたヒソカが大量のトランプを具現化し、それが宙に舞った。
一瞬で視界が真っ赤に染まった。
クロロの体だったから全てを視覚で捕らえることができてしまい、私は気絶することもできず、ただ黙ってそれを見守るしかなかった。耳につく肉の切れる音、強烈な鉄の臭い、真っ赤に染まった白い壁紙。今まで人だったものがただの肉塊になる。
それでも、足が震えることも、汗を流すことも、息がつまることもなかった。クロロの心臓音は穏やかだった。
「の目の前で食事をしちゃ駄目だよ?彼女は一般人だから、こんな光景を見た日にはきっとショックで死んじゃうからね★」
くっくっくっと喉を鳴らして笑うピエロの姿は、どこか寂しげで歪だった。
「クロロ、に手を出さないで欲しいな★ボクが嫉妬して、彼女を傷つけてしまうのは、君も本意ではないだろう?」
彼が部屋の窓を開けると、夜風が室内に吹き込み、鉄の臭いと篭った重い空気が多少薄くなった。けれど、私の緊張がほぐれることはなかった。ヒソカが窓の外に顔を向けていたのでその表情はまったく読めなかったが、その声が酷く自信なさげで、彼に似合わず誠実そうで私は違和感を抱いた。
「今後。もし、あなたが、いかなる意味でも、再度彼女に手を出したら、ボクは蜘蛛をあらゆる手段を使って壊滅に導くよ」
頭の隅で警報が鳴り始めて、だんだんと音量が大きくなっていく。と同時に今まで、不思議なくらい落ち着いていた心臓がバクバク音を立て始めた。
「彼女はボクにとって、唯一大事な存在なんだ」
とても小さな声で、彼から放たれた言葉は私を縛り付けるのには十分なものだった。