有為転変

53 /大器晩成


10年前に発行された新聞記事が脳裏に焼きついて離れない。 真っ赤に染まる部屋、肉塊と化した人間の死体、床にばら撒かれた夥しい量のトランプ。
ホテルの部屋で見たあの光景と重なった。

勿論、原作ヒソカが、あの子でないことは分かっている。けれど、あの子が研究所を襲ったのはたぶん事実で、そして、襲わせたのは間違いなくこの私なのだ。それをあの光景を見た時、自覚した。

後悔の念が込み上げた。









「安全地帯に到着!」



にどことなく似た容姿をした女に、念能力で移動させられた俺は、今ゾルディック家の一室にいた。何が安全地帯だ。無法地帯もいいところだ。女はゾルディック家の使用人らしく、今いるこの部屋は彼女が普段使っているらしい。なるほど、道理で足の置き場がない筈だ。雑誌と化粧品が散らばった床を見ると、ここが彼女の部屋であることに疑問を持つ必要はなさそうだった。

ヒソカと残った彼女(厳密に言えば俺の体をした彼女)が心配だったので、元の場所に戻せ、といったら女は馬鹿みたいなキンキン声で騒ぎ出した。こういう時に、フェイタンがいてくれたら心強いと思う。おそらく彼がいれば、この女の首と胴体がくっついていることを許さないだろう。

女はの元後輩らしい。がゾルディック家の使用人として働いていたことに驚きを覚えるが、彼女が自己紹介のときに家政婦として働いていたと言っていたことを思い出して、納得する。が、同時に使用人に手を出したシルバを八つ裂きにしたい思いにかられてきた。安っぽい昼ドラなら、違う女でやってくれ。


女は俺とがどのような事態に陥っているのか知っており、入れ替わる前に何かしなかったかとしきりに聞いてきたが、少なくとも俺は身に覚えが無かった。



「でも、先輩がクロロの体なら、晴れてアタシと結ばれることになるよね!?ぶっちゃけノープロブレムじゃん!超ハッピーエンドじゃん!やった!!」




俺が考えこんでいると女がとんでもない言葉を放ったので、俺は死に物狂いで昨日取った行動を再確認した。

こんないかれた女に、を、というか俺の体を渡してたまるか!
ヒソカ並みに性質が悪い!

だいたい、女だろうが、ヒソカだろうが、この二つの選択肢ではどう考えても、行き着く先はバッドエンドだ。苦笑を浮かべるの顔が頭によぎる。

いかれた女、変態ピエロ、その選択肢の中に自分を加えてみる。


・・・。


が、もしかしたら、とんでもなく可哀想な一般人なのかもしれないと思い至った。
いや、大丈夫だ。俺の隣にいれば不自由はさせないし、安全も確保してやる。迷うことは無い。そもそも、迷えるほどバリエーション豊かな選択肢でもないだろう。




いうまでもなく、俺が一番まともだ。




「何を考えているか知らないが、彼女に近づくな。彼女は俺のものだ」

「あは、面白―い!その発想!クロロって、意外とお馬鹿さん?先輩が、助けなかったの忘れちゃった?」


確かにクロロがヒソカに襲われているとき、彼女は俺を助けなかった。初めは信じられなかったし、失望に似た感情を抱いたけれど、昔と違い、俺が彼女の庇護を必要とする子供ではなくなったことを同時に自覚した。彼女の守るべき対象ではなくなった事実に寂しさを感じ得ないが、しかしながら、彼女を守れる立場に回ったことを考えるとそれも些細なことのように思えた。

彼が物事を都合良く捉えていると、部屋の扉が開き、少女のような顔をした民族衣装を着た少年が中に入ってきた。




「美由紀さん、戻っていらしたんですか?」

「カルトちゃん!いやーん、今日も元気にカワユス!」


少年は美由紀に対して酷く冷たい視線を送ると、ついで俺を見て、「お義母様?」と呟いた。


ぎょっとした。


・・・おかあさま、だと?

まさか、これが例のシルバ=ゾルディックとの間にできた子供か?




確かに、黒目黒髪で雰囲気もどことなく似ている、ような気もしなくないような・・・。それに、は確かジャポンの出身、目の前にいる彼がジャポンの民族衣装を着ていることを考慮すると、・・・なるほど間違いないだろう。

彼は、の子供だ。



そう思うと、急に愛しさがこみ上げてくる。

愛人の子供と本妻の子供を同じ家においておくとは、さすが極悪非道の暗殺一家ゾルディック家だ。彼が生まれてから今の今まで、どんな苦労を強いられたのか俺には想像もできないが、けれど、安心しろ。

カルトか、良い名前だ。

お前のことは、いずれ旅団が世話することになるだろう。

の子供は俺の子供でもある。俺が一人前にしてやろう。

そう心に決めた時だった。息子(仮)が俺に近づき手を握った。勿論俺も握り返した。


「この指輪、どこで手に入れたんですか?強い念を感じますけど」


右手に嵌められていた赤い指輪がキラリと光り、「それだ!」と行き成り女が大声を出したと思ったら、彼女は俺の腕を引っ張り付けられていた指輪を外した。ぐらり、と一瞬床が揺れたように感じ、近くの壁に手をついて自身のバランスを取るが、揺れているのが自身の頭だということに気付き、手で頭を抑えたその時だった。

後頭部に強い痛みを感じ、俺は意識を放った。

「お義母様!!」と息子(仮)の叫ぶ声が最後に聞こえた。
















気がつけば、目の前に、血のついた灰皿を持って息を荒くしている美由紀がいた。


何、火サス?火曜サスペンス劇場?


私はこの場合、殺人現場に居合わせた可哀想な第三者の役なのだろうか?そう思って周囲に目を配るとカルト君を視界の端に捕らえた。同時に、後頭部に鈍い痛みを覚えて手を沿えてみると、べっとりと赤い液体が手に付いたので、自分が被害者の役であることを知った。



「な、なんじゃ、こりゃぁ」


とりあえず、某映画の名台詞を言ってみるが、痛みは引かないどころか、悪化した。頭を抱えて唸っていると、美由紀が灰皿を鈍い音を立てて落とし抱きついてきた。


「超うれしい!」


何が?
なんか、目元に涙ためてるけど、泣きたいのはこっちなんだけど!ちょっと、誰か、ハリセン持ってきて、今からこの子全力でぶっ叩くから!そう思って、カルト君にアイコンタクトを送ると、彼は小さく頷いてから部屋の中から出て行った。そう、彼はゾルディック家で唯一の空気が読める人間だった。唯一の常識人である彼が、このKY家族をぬけて将来的に旅団に入ってしまうのも頷けるような気がした。少なくとも旅団には、話の通じそうなパクノダがいる。

あ、でもパクノダはあと数日で死ぬんだっけ。あー、まともな人は死亡フラグ立ちやすいんだよね。この世界。本当碌でもない世界だ。


「バリビックリしちゃってます?先輩、もとの体に戻ったんですよ!」

「あ、そういえば、小さくなってる」


小さくなった手を胸に当てほっと息を吐く。クロロの姿をしていたからといって安全が確保できるわけではないことが分かった今、彼の体を持ち続けることは何のメリットも見出せなかったので、さっさともとの姿に戻りたいと思っていた所だった。


「あは、ウケル!先輩の胸はもともと超小さいじゃないですか!」


とりあえず、近くに落ちていた雑誌で美由紀を叩き(さすがに灰皿はやめておいた)、それから事の顛末を話してもらった。この間の続きを話して欲しいというと美由紀は頷いて、机の引き出しから『聖書』を取り出し、本の『ルール』を簡単に教えてくれた。


まず、異世界にわたる際、その世界で生きていける分だけの能力が備わるらしい。それから世界に留まる限りあらゆるトラブルが持ち主に訪れること、持ち主がその世界の知識を何らかの形で予め有していた場合、優遇処置として知っている人物・物体・事象が直接の原因で死ぬことはない(出血多量の場合は間接的原因ということで死ぬ場合がある)ということを聞いた。


美由紀自身、これが何の目的で作られ、異世界に移動できるという超常現象を起こすこの本がどのような構造になっているのか、何が秘められているかは分からないという。謎は結局謎のままだったが、『聖書』にはもとの世界への帰り方も書いてあるという。こちらに移動してくる前日に、戻れるらしい。


『聖書』を丁寧に捲りながら話を続けようとした彼女を止めて、私が首を横に振ると、彼女は頁から目を離して私を見た。それから、綺麗に、そう、とても綺麗に笑った。

「私は帰りますよ?会えなくなって超寂しい思いするのは先輩ですよ?きゃはは」

唇が少し震えていたけれど、発した言葉はいつもと同じような明るい口調だった。 美由紀は視線をまた本に戻し、先ほどよりもぞんざいに頁を捲りながら、もとの世界に戻ったら会社をやめること、医者になること、将来は紛争地域でまともな医療を受けられない人たちのために仕事をしたいとポツリポツリと話していった。


不思議なことではなかった。もともと、彼女はその道を志していたのだ。


「・・・だから、不採用にしたのに。知ってた?私が貴方の面接官を担当したのよ」

「うん、不採用通知が来た時はバリサプライズ!アタシ、取締り役の娘なのに!あの時は、パパに文句言ったよ!」

「文句言って入れるなら、うちの会社も先が無いわね」

「あは、パパ失業!」


ケタケタ笑いながら、美由紀はうつむいた。彼女の伏せられた長い睫がパチパチと動いて、頁の上にぽたぽたと水滴が落ちた。


「頑張ってね」

「・・・ィエース、世界のラブ&ピースの為、超頑張る」


顔を上げた彼女は、迷いの無い顔をしていた。自分と向き合った人間は強い。私もそろそろ、将来を見据えなければならない。そう思った。













ー!美由紀に殴られたって本当か!?アイツ今日こそぶっ殺す!って、あれ」


部屋には何も残らなかった。美由紀が『聖書』に手を添えて目を瞑ると同時に、部屋から彼女がもとの世界から持ってきたものが全て消えて、最後に彼女自身も消えていった。その場に残ったのは私と血の付いた灰皿だけだった。・・・なんか、嫌だな。これ。

ってか、あの子、クロロとかヒソカとか散々騒いでおいて、あっさりばっさり捨てて行ったよね。物事に執着しない子だとは前々から思っていたけど、ここまでくると尊敬の念を覚えられるよ。


「美由紀、医者に転職するって」

「はあ?え、マジで!?俺、ぜってー、その病院行かねー!!」



医師、看護師不足で「病院医療崩壊」とマスメディアで騒がれているとは思っていたけれど、美由紀を医者にしなくてはいけない程深刻な人材不足だったなんて、とミルキ君は現代医療のあり方に強い憤りを感じたらしく、食費の1割を来月からは寄付金に回すと言い出した。いや、寄付は良いけどさ、あまりにも美由紀に失礼だよ。ミルキ君。


「あ、そうそう。遅くなって悪かった。これ、が頼んでたヒソカの写真と、あと除念師」


ミルキ君から小さな茶封筒を受け取った私は、彼の後ろにいる人物に初めて気付いた。そして、初対面である筈の彼を誰であるか、すぐに理解できた。小さい体を戻すためミルキ君には「優秀」な除念師の手配を頼んでいたのだ。






「ありがとう、ミルキ君。はじめまして、アベンガネさん」





進まなければならない時なのだろう。


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