畑シリーズ




「大蛇丸が・・・?」




その日のペインの報告は、暁に大きな衝撃を与えるものだった。しんと静まり返った空気の中、ガタリと椅子の音を響かせて立ち上がったデイダラは黒いマントを翻して洞窟の奥に足を向けた。



には、オイラが言うぞ。うん」



上機嫌な声色をを聞いて、その場にいた暁のメンバーは盛大な溜息をついたのであった。


「あんま、いじめんじゃねーぞー」




飛段が遠ざかる背中に投げかけた言葉は至極適当なものであった。
















イタチが部屋を空けることが多い為、は彼の部屋に入り浸っていた。他のメンバーは、同じ木の葉の忍だから付き合いやすいのだろうと了承していたが、デイダラだけは納得していなかった。


イタチの部屋は洞窟の最奥にあり、彼女が逃亡する恐れはまったくといってなかったが、彼女に興味を抱いているデイダラにとっては酷く面白くないことだった。



デイダラにとっての存在は特異だった。

無視したくとも、無視できない。
傷つけたくとも、傷つかない。
殺したくとも、殺せない。

自分の思うがままにならないが、気に食わなかった。





知らないうちに、自分が支配されていたのだ。自分を苛立たせるのも、楽しませるのも、笑わせるのも、苦しめるのも彼女だった。それに気づいた時は愕然とした。


いつかギャフンと言わせたい。
泣いて、跪いて、自分に許しを請えばいい。
そう思っていた。




部屋の中にいるの気配を察して、乱暴にドアを開けた。






「いやん!デイダラちゃんたら野蛮!ノックしなきゃ、だ・め・だ・ぞっ」



など茶目っ気たっぷりにいうが、の視線は常に鏡にあり、デイダラに目を向ける様子が無い。その行為が一々デイダラを苛立たせるのだが、彼女は他人の感情に無頓着で、無関心だ。しかしながら、今日のデイダラは強かった。


いつもより立場だけではなく、精神的にも優位に立っていたからだ。笑い出したい感情を抑えて、ゆっくりと今入ったばかりの情報を口にした。




「大蛇丸が木の葉を潰した。」






が動きを止め鏡から目を離すと、デイダラの目をを鋭く射抜いた。眉がつり上がり、栗色の瞳がギラギラと光を放ち、湿っている筈の洞窟の空気が乾燥しだす。


デイダラはぞくぞくしだした。


の腰にてを伸ばし、顎を上に向かせると表情を隠せないようにした。そして、舌なめずりをするとゆっくり宣告する。





「火影が死んだ。」



の肩がびくりと反応し、瞳が大きく揺らいだ。白い肌が青みを増し、
唇と眉が震えている。


デイダラは酷く失望した。


身を焦がすような快感と優越感や征服欲の満悦を期待していたのに、動揺し不安を抱くを見て、襲ってきた不愉快な憎悪と嫌悪に戸惑いを感じていた。だから、その感情から逃れようと、口にする予定のないことを口走ったのだ。




「・・・面白くないことに、はたけカカシは生きているらしいがな。」




の瞳に生気が再び宿るのを見て、苛立ちを感じるのであった。









*********












「いずれにしろ、火影が死んで木の葉はもう終わりだ。うん」


火影様は死んで、カカシは生きている。様々な感情が浮き沈みし、最後に胸の鼓動が聞こえなくなった。


ゾッとした。

その考えを打ち消すように、激情に任せて私は口を開いてしまったのだ。





「はっ、これだから、里に仕えてない忍びは駄目なのよ。力があっても無知で無教養だから、力の使い方を誤る」





感情を偲ぶという初歩的なことをこなせない自分は、他人が評価するほど優秀な忍びでもなかったようだ。頭が真っ白になった。自分でも分かる、パニックを起こしたのだ。




「アンタは『組織のいろは』が、まるで分かっていない。」




誰かこの口を塞いでくれ。そう脳が叫んでる。両手で首元を押さえるが、脈拍の上昇と共に喉から声が出て行く。



「火影は、『人』じゃない。火影は『存在』。・・・だから、火影は決して死なない。・・・木の葉が存在する限り」



口から、目の前の男に言ってはいけない事があふれ出てきた。やりきれない悲しみと、行き場のない怒りと、渦巻く不安が、思考を蝕んでいく。耐えられないような精神の圧迫が、汗と涙と言葉を自分の意思とは関係なくこぼしていく。



今、洞窟には暁のメンバー全員が揃っている筈だ。デイダラとやりあって、勝てる自信も無ければ、逃げる自身も無い。



体中に嫌な汗をびっしょりかいて、目からは止め処なく涙が出て、口からは嗚咽が漏れる。手と足は小刻みに震えていた。震えを止めるために、クナイを自分の太ももに突きつけようとポーチに手を伸ばしたとき、デイダラに腕を掴まれた。






殺される覚悟はできていた。





受付嬢の仕事を受けたのは3代目を盾になってお守りするためだった。それはもう叶わない。・・・許せない。ポーチから目を離して、ゆっくり目線をあげると、青くて一つしかない目とぶつかった。


カカシ、とかすれた声が出た。


「んっ」




言葉を遮るように口の中に何かを捻じ込まれた。


一瞬、何がなんだか分からず、混乱した頭が更に収拾の付かない状況になったが、ベッドのきしむ音がして、視界に天井と金色の髪が広がって、状況を理解した。


特に抵抗する気にもならなかった。

疲労と倦怠が体を襲い、思考力も残っていなかった。





、お前が悪いんだ。お前が悪いんだ・・・うん」










・・・分かってる。






何もかも、私が悪い。











**********













木の葉崩れの情報を耳にして、混乱している里に乗じて九尾を手にしようと企み、諸道具を取りに一度基地に帰ってきたイタチは自室に入って唖然とした。



「・・・貞操観念どころか基本的なマナーが欠けている。ここは俺の部屋だぞ」




よく知る栗毛の女と金髪の男が自分のベッドの上で、寝ていたのだ。薄いシーツを巻きつけているが、二人が裸なのは明らかで、イタチはやや戸惑いながらも冷静に言葉を紡いだ。


その言葉に反応したのは、デイダラで、上半身を起こすと軽く首を振った。




「あー、今日は午後から情報収集のために草の里に行く日だった。サソリの旦那、怒ってるかなー。ゼッテー怒ってるよなー。うん。」




デイダラは頭をガシガシかきながら、シーツの下からズボンを探して履き、机の下に置いてあるペットボトルを手にとった。その水を口に含みながらイタチに目を合わせる。




「周りの奴らには黙っておけよ。うん」


「彼女と肉体関係を持ったことを、か?」


「ちげーよ。そんなことじゃねーよ」


「なら、なんだ?」



デイダラがペットボトルを机に置き、ベッドに片足をかけるとギシッとスプリングが軋む。の額にかかる髪を愛しそうに撫でて、その瞼に唇を落とした。



「わかってるくせに、聞くなよ」



何か言おうとして口を開いたイタチは、デイダラの行動を見てそのまま唇を噛んだ。眉を潜め、目を細めると、振り返ったデイダラと目が合う。



「お前のその目がオイラは大嫌いだ。うん」



そう言い放つと、ベッドの下に散らかった服を身に着け、音を立ててマントを羽織った。


「次から、をお前の部屋に入れるなよ。殺すぞ。うん。」



そう言い捨て、部屋を出て行くと、バタンと扉が乱暴に閉められる。部屋が静まり返り、デイダラの気配が遠ざかると、がムクリと起き上がった。
無表情で目の前の壁をボーと見ながら、口を弧に描く。



「なるほど、次この部屋に入ると、イタチ君は死ぬらしい」



アイツよりイタチ君の方が強い気がするけどなー、と言いながら、シーツを体に巻きつけ大きな欠伸をし、目をこすって首を鳴らした。



「・・・さん」



「ま、どちらが死のうと、木の葉にとって悪いことなんて一つもないんだから構わないけど。私を巻き込まないでね」




「巻き込まれているのは、俺の方ですよ・・・」




先ほど、デイダラが机に置いていった水をグビグビ飲みながら、は手探りで下着を探しだし、身に着けていく。



さん、俺の記憶が間違っていなければ、貴女はカカシさんの妻だったと思うんですが」



「んー、それより、木の葉の被害状況を詳しく聞きたいんだけど」


「はあ、・・・思ったよりも被害は受けてないようです。死傷者も少なくー」


「そう、死傷者が少ないのに、火影は死んだわけ」


「・・・」


「何で、誰も盾にならなかったの。何で、火影が死ぬわけ。何で、カカシは・・・。カカシは何をしていたの。」



「大蛇丸の計画的犯行を予想できた者はいませんし、カカシさんが大蛇丸に勝てるほど強くはないのもご存知でしょう?」


「私だったら、盾になれたわ」


「無駄死に、ですね」


「一矢報いることもできた」


「自己満以外の何物でもない。さん、貴女は・・・分かっているはずだ。貴女が何を許せないのか。」


「・・・」


「貴女は昔とずいぶん変わった。口調も、雰囲気も柔らかくなった。今だって、貴女の瞳からは温かみを感じる。感情を読み取れる。・・・カカシさんが、貴女を変えたんですね」

イタチは一旦そこで息をつき、それからの目をじっと見た。


「貴方が許せないのは、里を守れなかった火影でも、火影を守れなかった同僚たちでも、ましてやカカシさんでもない」







ーーーーーーーー貴女が許せないのは、あなた自身だ。



















は手で顔を覆った。
何よりも怖いものは火影の安否よりも、カカシを先に気にした自分。
里への恩を蔑ろにして、火影への忠義を忘れて、私は何を一番に考えた?

ペットボトルがグシャリと、の手の中で音を立てて潰れた。鮮やかな血と透明な水が交わってシーツを染める。髪を掻き毟って、ベッドに蹲り、唇を強く噛むと、やっと涙が頬を伝った。















それにしても、酷い話だ。と、イタチは思う。が、デイダラと一夜を過ごしたのは、きっと自分を戒めたかったからだろう。自殺志願者やリストカットする奴らと同じで、自虐的な感情でデイダラと寝た。

カカシさんを愛している自分を傷つける一番の方法かもしれない。・・・なんて身勝手で、我侭で、卑怯な人なんだろう。その行為で、一番傷つくのは誰だか分からないわけではあるまい。










「イタチさん、準備はできまし・・・た、・・・か?」





ノックをせずに入ってきた鬼鮫が、ベッドの上、下着姿で泣いている女を発見して顔を引きつらせた。それから、声を殺して泣いていると、その横に立っているイタチを交互に見て、もともと青い顔を更に青くした。


鬼鮫を見たイタチも、顔を引きつらせ、背中に嫌な汗をかく。



「おい、待て。違うぞ」



鬼鮫は、目を瞑り、手を胸に当ててから大きく深呼吸した。


「分かっています。私は、何も聞きませんから」


「いや、何も分かってないだろ。人の話を聞け」


「大丈夫です。私は、何も見ていませんから」


「何が大丈夫なんだ。実際、何も見てないだろ」


「安心してください。決して口外しませんから」


「激しく不安だ。何を口外するつもりだ」




イタチが否定の言葉を紡ごうとした瞬間、が、肩をしゃくりあげてびーびー泣き始める。しかも、初めてだったのにーと、鬼鮫の勘違いに便乗して堂々と嘘をつくものだから、遂にイタチは逃げ場を失った。


とりあえず、この部屋から出ようと鬼鮫の横を通り、乱暴にドアを開けると、ドアの後ろにいた飛段と角都に気づいた。



「よ、色男!お前も隅に置けねーなー!」


このこの、という調子で飛段がイタチのわき腹を突付き、角都は何やら胸元のポケットからマッチ箱を取り出してイタチの手に握らせた




「少々値は張るが、良い店だ。天下の暁のメンバーが、あんな女相手にするな」


「・・・」





常に冷静沈着、寡黙でクールな男、うちはイタチ。



彼が忍びに適している自分の性格を、呪ったのはこの日が初めてだった


Index ←Back Next→