畑シリーズ

草鞋を脱ぐ(わらじをぬぐ):身を落ち着けること


「婚約指輪はダイヤモンドを、結婚指輪は、なるべくシンプルなものを、」


イノが、何度も繰り返し言っているが、誰も聞いていない。


「すごーい。シカマル見て、この指輪で、僕の10年分の食費が賄えるよ!」

「そりゃ、すごいな・・・って、チョウジ、お前10年でどんだけ食うつもりだよ」



指輪についている、値札を見て、シカマルが呆れたような声を出し、溜息を零す。火の国で最も高額で質の良い宝石の眠る、ブライダルジュエリーの専門店で、アスマ班は結婚指輪を物色していた。依頼人は、火の国の富豪。依頼は、センスの悪い自分に代わって結婚指輪を買ってきてほしい、というものであった。


「こういうのって、気持ちの問題だと思うんですけどね」

イノがもっともなことをいうが、任務と客は選べない。普段扱うDランク任務の、芋ほりやペット探しに比べれば、断然、此方の方が楽しいわけで、任務自体に不満は無かった。しかしながら、自分の指輪になるわけでもない指輪を見るのは、意外と退屈で、途中、イノは任務を放棄して周りの客に目を向けていた。


客よりも店員の方が多いこの店で、忍服を着ているイノたちは浮いていたが、同じくらい人の目をひきつけている男性に気づく。高そうなスーツを着こなした、長身の男が女性客からの視線を独り占めしていた。

店員と話しこんでいるからのだろうか、それとも注目されることに慣れているのだろうか、多くの視線を浴びても一向に構わない様子でいる。

イノは、その姿にサスケを重ねて、口を緩めた。私もサスケ君に、指輪とか送られたいなーと、思いに耽っていると、その夢を壊すかのように、隣にいたアスマが野太い声をあげた。


「あれ、カカシじゃねーか」


シカマルとチョウジも気づいたのか、カカシの近くにいる。店員と話し終わったのか、振り返ったカカシがアスマたちをみて、眉を寄せた。



「あれ、アスマ・・・?ああ、任務か」

「カカシ先生って、スーツ似合うんですね!」



イノが、世紀の大発見をしたかのように、酷く感心して言うと、カカシは苦笑した。


「よう、お前、何めかしこんでんだよ」


「あのね。こういう店には、正装で来るのが常識でしょーよ。」


「・・・」


アスマは、自分の服装を確認して頬を少し赤くしたが、子供たちは、さして気にもとめずにカカシの用件を聞きだした。その答えに、イノは目を輝かせた。


さんに、婚約指輪と結婚指輪をおくるんですか!?」


店内だというのに、彼女は黄色い声を上げて、自分のことのように喜んだ。シカマルとチョウジも目を合わせ、おめでとうございます、と笑みを浮かべた。

その朗報を聞いて元気を取り戻したアスマが、おい聞いてねーぞ、軽く笑い、カカシの持つ指輪に目を向けた。


「・・・値段は給料の3ヶ月分だろ。その指輪、高くないか?」


「え、アスマ、いくらもらってんの?」


「・・・同じ上忍師だよな?俺ら」


アスマとカカシが、自分の給料明細を思い出していると、他の任務も、引き受けてたんじゃないっすか?
とシカマルが口を挟んだ。

すると、大の大人が二人、手を叩いて頷いた。カカシは、今でもたまに暗部に狩出される、その差が、意外にも給料に大きく影響していたのだ。

それを理解して少し落ち込んだのは、第10班我らが先生、アスマであった。

子供たちが、アスマを宥めている間に、カカシは店員に選んでもらっていた指輪の候補を絞り、短く言葉を交わしていた。







気付けに、タバコを吸おうとして、店員に睨まれたアスマは溜息を吐いて、カカシに、とある疑問をぶつけた。



「そういえば、お前、にいつ結婚を申し込んだんだ?」


「え、まだ、だけど」


「「「「・・・」」」」


アスマ班、全員の動きがピタリと止まった。アスマがタバコを落とし、チョウジが口を金魚のようにあけ、イノが顔を引き攣らせ、シカマルが額に手を当てた。

落ちたタバコを拾ってズボンのポケットに入れると、アスマはカカシを見据えて、ゆっくり口を開いた。


「カカシ、はやまるな。」




カカシの持っている指輪を取り上げて、イノに渡す。


「そ、そうよ、カカシ先生。プロポーズしてからでも遅くはないわ」



笑みを浮かべようとして失敗したのか、口を歪ませながら、イノがその指輪をケースにしまい、隣のチョウジに渡す。


「振られたら、無駄になっちゃうじゃん。指輪って、他に使い道ないし、たべられないし。お金がもったいないと思う。」


チョウジが、いつにもなく真剣な表情で、ケースを店員に渡す。


「下手すると、質屋に入れられますよ。」


シカマルが店員の後姿を確認しながら、いう。第10班のチームワークは最高だった。その一連の様子をみて、カカシは、肩をすくめ大げさに溜息をついた。


を、悪魔かなんかと、誤解してなーい?あれでも、血の通った人間なんだよ?」


ずいぶんな言われようだが、アスマはそれに対しても眉を寄せて、友人を気遣うように言う。

「カカシ、夢を見るなとは言わない。だがな、現実もちゃんと見たほうが良い。」


つまり、何か、人間ですらないということなのか?と、ツッコミを入れたのは、二人の会話を冷静に聞いていたシカマルであった。アスマが、カカシの肩を両手で掴み諭すようにいう。


「カカシ、自分を追い詰めるな」


眉をハの字にしたカカシが、机を指さしてヘラリと笑った。


「ごめーんね。アスマ。」


アスマが机の上に目をやると、領収書が二枚置いてあった。それを見たチョウジが「僕の10年分のご飯!」と悲鳴をあげ、イノが目に涙を溜めた。


めんどくせー、とシカマルの声が店内に響いた。













カカシがそんな子供たちを一瞥し、アスマにだけ聞こえるようしゃべりだす。


「だって・・・首輪は、早めに作っておいた方が良いでしょ?」


「首輪?」


アスマがキョトンとして首を傾げると、カカシが薄く笑みを浮かべた。


「そ、『指輪』と言う名の首輪。『赤い糸』と言う名の手綱、をね。」


くくく、と喉で笑うその姿は、普段の上忍師である彼の姿とは違い、どす黒い空気をまとっていた。粟立ち脊髄を不快な何かが駆け上り、アスマはとっさにカカシの肩にかけていた手を引っ込めた。


「俺、独占欲は強いんだ。」



にやりと笑ったカカシの表情は、暗部時代の彼を髣髴とさせるものだった。













1週間後、その指輪がの薬指に嵌められているのを見た10班の子供たちは酷く安心したらしい。が、一方で、10班の上忍師は、何故か顔色を悪くしていたらしい。








その指輪は、彼女の薬指を掴んで放さない。


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