畑シリーズ

綿のよう:非常に疲れている様子


「受付嬢 ・・・解雇命令?・・・・・・・・クビ?」



まだ、アパートのローンが残っている。
このあいだ、衝動買いしたときの請求書も未払いだ。
老後は、年金は、どうなる。

朝目覚めて、新聞を取りに郵便受けの中を覗くと、受付嬢の解任状が郵便受けに入っていた。



今取り出したばかりの便箋を封筒の中にしまい、丁寧に封をして、また郵便受けにいれた。受け取り拒否だ。そして、郵便受けに入っていたもう真新しい便箋に手をかける。見覚えのある字に眉を顰め、裏の宛名に「はたけカカシ」と書いてあることを確認すると、顔をしかめ、封を切る。

中には婚姻届が入っていた。
見なかったことにして、郵便受けに戻す。

これも、受け取り拒否だ。



「何かの、おまじないですか?」


すぐ隣からした声に目だけ動かすと、大荷物を持った青年がペコリと頭を下げた。


さん、毎度、クロイヌヤマトです。」


知らぬ間に、宅急便のお兄さんに名前を覚えられていたらしい。
通販オタクでもないのに。甚だ、不愉快だ。


「草影様から、『君と僕の再会記念日』のプレゼントと手紙ですね。此処にサインをお願いします。」


先週は『終戦記念日』、先々週は『サラダ記念日』さらに一ヶ月前は『結婚予定記念日』のプレゼントが贈られてきた。草の里の草影は、記念日を付けさえすれば、何を送りつけてもいいと勘違いしているらしい。

ありとあらゆる記念日を、冒涜しているとしか思えない。
そもそも、なんだ、予定って。記念にならないだろう。


は青年から渡されたペンを、確認書に走らせた。青年から、封筒を受け取ると、中身の確認もせず、郵便受けに入れた。

悪いが、受け取り拒否だ。





「何かの、おまじないですか?」



青年は首をかしげ、もう一度同じ質問を口にしたのだった。

















がカカシの恋人になったと知っても、どこ吹く風と、カカシの周りに女性は次から次へと群がってくる。それは、以前の彼の身の振る舞いが所以なのだろう。待機所で任務報告書を書いていたら、腕を絡めとられた。

香水の匂いをぷんぷんさせて、就職先、間違えたんじゃないかって程の厚化粧、ま、スタイルは良いし、顔の形も悪くないから、一昔前の俺だったら声をかけていたかもしれない。


「カカシ、久しぶり。長期任務で里を出てたんだけど、あの噂、冗談よね?」


・・・一昔前に声をかけていたらしい。女が体を摺り寄せ、上目遣いにカカシを見た。昔の自分を叱咤し、溜息をつく。窓の外を見やるとゲンマとの姿を発見した。



「ごめーんね。俺ベタベタされるの嫌いなんだ。離れてくれる?」


そう、いい放つと女の腕をやんわり振り払い、すぐさま瞬身で彼らのもとに移動し、に抱きついた。


「俺が、波の国に行ってたから寂しかったでしょ?」


の髪の毛に唇を落とし、ぎゅっと腕に力を込める。瞬間、プチンと、カカシの口布が切れた音がした。


「ごめんね。私ベタベタされるの嫌いなの。死んでくれる?」


隣にいたゲンマがあわてて、の右手にあるクナイを押さえ込む。




「おい、カカシさんにあたるのは止せよ。お前の移動は仕方ないだろ」


「兎だとバレタのも、噂が広まったのも、受付をクビになったのも、全部コイツの所為よ」


「カカシさんのファンが、お前を怖がって受付に行けなくなっただけだろーが」


これは事実だった。が、兎だとばれてから受付に人が寄り付かなくなったのだ。


「それだけじゃない!コイツが、受付に来る男共を片っ端から睨みつけていたのも原因!むしろ、9割方、それが原因なの!」



これも事実であった。
ゲンマが暴れるを後ろから抱き締めるような形で押さえているのが、気に食わなかったが、このタイミングで手を離されても困るので、カカシはしぶしぶ黙認した。


「害虫を駆除しただけデショ。」

感謝されても、怒られる覚えはなーいよと、飄々というと、は、目に鋭い光が走らせ、いっそう大きい声を出して叫んだ。


「害虫はお前だ!どー、責任とってくれる!!!」


怒りに燃えて、とうとうゲンマを殴り飛ばしたは、カカシのベストの襟を掴んだ。


「勿論、責任取るよ。」


カカシはにっこり目を弧に描くと、彼女の手を取った。


「ね、今朝送った婚姻届に、もうサインはしてくれた?」


握ったの手は、震えていた。この時、カカシは、不幸にも、この手を一生離したくないと思ってしまったらしい。の回し蹴りを甘んじて、受け入れたのであった。軽い脳震盪で済んだのは運が良かったのだろう。












************













「テンゾウ、俺、と結婚することに決めた」



尊敬する御二方が結婚されるなんて夢のようですと、心にもない事を言ったのを思い出す。



僕は兎先輩に対して淡い恋心を抱いていた為、手放しで喜ぶことは出来なかった。「コピー忍者、車輪眼のカカシ、最強の上忍、里の誉れ、高給取りのエリート忍者、木の葉一の業師。女はそういうところしか見ずに、好きだ、好きだ、言ってくる・・・反吐が出る。」昔、そう零していたカカシ先輩は、どこか寂しく、何か諦めていた。


兎先輩は、そんな女たちとは違ったのだろう。違うに決まっている。彼女は、そんな類の女性ではないのだ。沼に咲く蓮のように、穢れの中にいながらも清潔さと美しさを失わない女性なんだ。

カカシ先輩が、羨ましくて、妬ましい。
こんな感情は、もう何年も抱いたことのないものだった。











火影様不在中。僕が火影室の屋根裏で待機していると、カカシ先輩と兎先輩と特上の金髪男が、入ってきた。火影室に入ると同時に、兎先輩の瞳が天上に向けられ、僕の目と合った気がした。ゾクリと背筋に戦慄が走る。


、よーく考えて。俺と結婚したら、絶対に幸せになるって」



先程までの恐怖を拭ってくれるような暢気な声を、カカシ先輩が出した。
内容は暢気なものでもなかったが


「世の中に絶対はない」


兎先輩の、高くも低くもない心地よい声が耳に届き、くすぐったく感じる。



「だーかーら、可能性を追求しよーよ。」

「カカシと結婚して、私にメリットがあると思う?」


兎先輩はカカシ先輩ではなく、隣の男に質問を投げたらしい。男の千本がビクッと揺れ、目は数秒泳いだが、カカシ先輩と目が合うと、今度はビクッと肩を揺らし、諦めたように眉をたらした。


「あー、物は経験だ。そういうのも悪くないんじゃねーか?」


カカシ先輩は男の答えに満足したのか、大きく頷いた。兎先輩の盛大な舌打ちが聞こえた。


、俺はね、コピー忍者、車輪眼のカカシ、最強の上忍、里の誉れ、高給取りのエリート忍者、木の葉一の業師なーんだよ。どこが不満なわけ。」


カカシ先輩の言葉を聞いて、僕が絶句したのは言うまでもない。


・・・、それ餌にするんですか。
それで良いんですか。
それで、靡かれたら、どうするんですか。先輩!




「カカシ、アカデミーで謙虚というものは習わなかったの?」

「謙虚って言うのは、失敗した際に、周りの奴らに詰られないための保険デショ。俺には必要ないよ」



兎先輩の溜息が聞こえ、火影室に険悪なチャクラがたちこもる。



「俺は、今年の抱かれたい男ランキング一位だったし」


「ゲンマは、旦那にしたい男ランキングで一位だったわね。この差は何だと思う?」


、頼むから、俺をいちいち持ち出さないでくれ」



男が真っ青になりながら懇願するが、兎先輩はカカシ先輩を挑戦的な目を投げつけるだけで、特に気にする様子もない。ふぅと溜息をついたカカシ先輩が、いつも18禁の小説を入れているポーチに手を突っ込んだ。



「こんなこといいたくないけど背に腹はかえられない。」



ポーチから取り出されたものを見て、僕はゴクリと息を飲んだ。


黄色い下地に木の葉マークが描かれた、縦10cm、横15cm、暑さ2mmの、木の葉の人間ならば誰もが持っている冊子





・・・貯金通帳だった。



「結婚したら、共有財産だーよね。」


さすがカカシ先輩、やることが徹底している。

そして、この上なく、えげつない。







「って、カカシさん、金で釣るつもりっすか!?って、!お前も真剣に見るな」


慌てたのは第三者の男の方で、意外にも兎先輩は興味津々に通帳の桁を確認していた。


「なんとでも、言ってよ。コピー忍者、車輪眼のカカシ、最強の上忍、里の誉れ、高給取りのエリート忍者、木の葉一の業師って言う異名も、この金だって、今までの俺の働きや業績の結果だ。それを一つでもいい、が俺と結婚する理由になってくれたら、俺はうれしいよ。」



もはや、健気なのか、傲慢なのかさえ、分からない。


「・・・すごい」

「おい、!!」


兎先輩が恍惚とした声を出し、男の悲痛な叫びが、火影室にむなしく響く。


「私と、同じ残高だわ」

「「え」」

「女買うのに金を注ぎ込んでると思っていたけど、なんだ、意外と堅実家なのね」

「そんなワケないでしょーよ。」



カカシ先輩が唖然としている間に、男が通帳を覗き込み、数字を確認したのだろうか、真っ青になって、冗談だろ、と呟いた。


「暗部歴15年なめんなよ」


「「…」」



兎先輩がニタリと笑い、二人の男の顔をみて満足そうに頷いた。重い沈黙が火影室を支配したのであった。因みに彼女の貯金の残高と同じくらい、彼女が借金をしていることは一部(暗部)では有名な話だった。










誰かこの空気をどうにかしてくれ、そう強く思ったのは、きっと、ゲンマだったのだろう。長い沈黙を破ったのは、果たして彼だった。



「カカシさんは、と結婚さえ、できればいいわけですね?」

「まず、結婚しないと何も始まらないデショ?」



いや、そこはゴールだ。と、その他の三人が思ったのは言うまでもない。呆れたためか、ゲンマは小さく溜息をつき、口に咥えていた千本をプッとゴミ箱に捨てた。そして、に近づくと何か耳打ちした。

すると、みるみるうちに、の耳が真っ赤になっていった。
その目には、パアアと光が宿り、輝きを増し、みずみずしく潤んだ。

これには、カカシも怪訝な顔をした。



「ちょっと、ゲンマ、に何吹き込んでんの」

「・・・強いて言えば、命っすかね」


先程とは打って変わり、彼はカカシに肩を掴まれても動じなくなった。ついでに、心なしか、不機嫌になった。


「は?ゲンマ、に、何言っ「カカシ、結婚しよ」


カカシは自分の耳を疑った。そして、の行動に目を剥いた。が甘えるようにカカシの背中に抱きついてきたのだ。動揺したカカシはゲンマを掴んでいた手をはなした。



「え、?」


は、はたけカカシを愛しています。世界中の誰よりも」




は目をキラキラさせながら、「タ〇チ」の名台詞をパクって言う。



「なんで、結婚する気になったの?」

「コピー忍者、車輪眼のカカシ、最強の上忍、里の誉れ、高給取りのエリート忍者、木の葉一の業師って歌われていて、財産もたっぷりある男と結婚したいって思ったの」


「・・・あ、なんか、感じ悪い。」



先程、自分が言っていたことを棚に上げて、カカシはボソリと非難の言葉を口にした。その時だった。









さん、カカシさんよりも僕の方が、財産も名誉も地位も手にしていますよ。」

火影室の扉が開かれると同時に、男の声がした。大きく「草」と書かれた笠をかぶり、白いマントを身につけた男が、颯爽たる姿で現れ、火影と並んで火影室に入る。


この男、その名を、柴野ツヨシという。つい最近草影になった男だ。草影は、火影室に入り、くるりと部屋を見渡すと天井に目を止め、薄く笑った。そして、すぐにその視線を外すと、の方に歩み寄り、満面の笑みでこう言った。






「ね、今朝送った婚姻届に、もうサインはしてくれましたか?」






誰かの重い溜息が、火影室に響いた。






護衛対象と同時に危険人物でもありえるかもしれない草影と目が合った時、僕は暗部失格ではないだろうか、と思った。この部屋で、僕が天井裏にいるということを知らないのは、あの特上だけだ。そう思うと、自分のしていることが、酷く滑稽に思えてくる。



「おはようございます。火影様。そして、草の里から遥々ようこそお越しくださいました、草影様」



兎先輩が慇懃に頭を下げると、草影は眉を顰め、火影様は頷いて奥の椅子に座った。兎先輩も火影様の傍に行き、ボールペンとバインダーを取って、窓辺に寄りかかって、何やら書き始めた。


「もしかして、立場を気にしているんですか?木の葉の4代目も、他里から結婚相手を選んだそうじゃないですか。僕達が結ばれても可笑しくはありませんよ」



「いや、可笑しいでしょーよ」とカカシ先輩の、小さく呟く声が聞こえたが、草影があまりにも自信満々にそう言うので、兎先輩の本命はこっちだったのかと思った。



「よそはよそ、うちはうち、ですから」



兎先輩がバインダーから目を離すこともなく、そう言い放つと、カカシ先輩がすごくうれしそうな顔をして「って良いお母さんになれそうだね。」といった。この言葉に草影は眉を顰めた。



「正気ですか?カカシさん、そんな甘い認識で、さんと結婚するつもりなんですか?」


この攻撃的な言い方には、カカシ先輩も頭にきたのだろう、あからさまに相手を睨んだ。金髪の男も新しい千本を挑発的に揺らしている。

尊敬するカカシ先輩になんてことをいうのだろうと感じる憤りと不満を必死に押さえたが、残念ながらミシッと床が軋んだ。特上だけは不審に思って天井を見上げただけが、そのほかは見向きもしなかった。


なんだか、切ない。



「カカシ、私に子供はできないよ」




その場の空気が固まったような気がした。カカシ先輩が豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。



「え、初耳なんだけど」

「体に毒を慣らすために、今まで幾度となく薬を投与してきた、その結果よ」


兎先輩が、紙から目を離し、カカシ先輩を見る。



「・・・医療班によれば、一億分の一の確立で出来るらしいけど」


カカシ先輩の息を飲む音が聞こえてきたように感じた。


「それって・・・」

「奇跡ね」


―――――奇跡でも起きない限り子供は生まれないの。そう言って、また紙に目を移した。



「そんなことも知らずに、結婚だなんてよく言えましたね。」


いよいよ優位に立った草影がここぞと言うばかりに、カカシ先輩を責める、虐める、蔑む。その様子は、酷く楽しそうだった。それを見兼ねて、兎先輩が口を開く。



「そういう、草影様はどなたからお聞きになったんですか?」


饒舌だった草影が一変して口を噤み、そして、火影様が小さく咳払いをした。


サラサラと、ボールペンが忙しなく動く音だけが、響いた。










、俺は子供なんかいらなーいよ?」


カカシ先輩がしょんぼりした様子で、兎先輩の元へ行き、彼女の白い手を握る。


さえ、いれば良い」


「木の葉は今、少子化が問題になっているの。子供を産む機械の数は決まってる・・・だから」

「そんな、どっかの政治家のよーなこと言わないでよ。」



兎先輩が指を絡めて、「だから、どんどん他のところで、種蒔いてきてね!!」と、言うと同時にカカシ先輩の親指を爪で切った。「いっ」小さく呻くカカシ先輩を他所に、素早くその指を紙に押し付け、そのまま火影様の机の上にバインダーごと置いた。


そして、背筋を伸ばして、息を吸い、透き通るような声で、とんでもないことを言った。





「忍者登録番号009820  


只今を持ちまして、はたけ カカシ の妻になり、


はたけ  と名乗ることの、許可を申し願います。」





「「「「!!!!!!!」」」」




予想外の発言に、その場にいた全員が耳を疑った。
先程まで悠長に構えていた草影が体を乗り出す。



「良いんですか!さん、『はたけ』なんて土臭い苗字で、それで良いんですか!!」



お前だって、『柴野』だろっ!と、思った人は少なくない。





「それが、良いんです。」



満面の笑みを返す兎先輩に草影はたじろいで、眉を八の字にする。カカシ先輩が、草影を牽制しながら、所有権を主張するかのように兎先輩の腰に手を回す。そして、金髪男に目を向けた。



「ね、ゲンマ。お前、さっき、に何言ったの?」



「・・・の昔の夢を、ちょいと思い出してもらっただけっすよ。」



カカシ先輩とは目を一切合わせずに、その男は千本を揺らしながら言った。


「・・・昔の夢、ね」


複雑な表情をして、カカシ先輩が兎先輩を見る。


「ふふ。はたけ 。良い響き。なんて、素敵な苗字なの!はたけ婦人?ふふっ、んもー、照れるー。きゃー!!」


一人、夢の世界にトリップしてしまった彼女を、戻す術を知る者はいない。





火影室に、重苦しい空気が充満する中、「父さん、ありがとう」ボソリと、そう呟くのが聞こえた。








結婚する理由が、
――――経歴や業績どころの話ではなく、苗字ですよ。
それでいいんですか。


カカシ先輩。

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